24

「場所、変えようか?」
何から言えば良いのか俯いたまま立ち尽くす悠里に夏は声をかけると歩き出す。
部屋の前を通り過ぎ尚も歩く夏に着いていくだけの悠里は向かっている場所から見えてきた小さな森に気づく。
「・・・・・ここって・・・・・」
「昼間は結構涼しそうな木陰だったんだけど、夜は結構暗いな・・・・・」
「・・・・・伊藤?」
「ほら、丁度俺らの部屋の真下なんだよ。だから、気づいた。連絡通路じゃないか?・・・・・・反対側からも行けるみたいだし」
上を指差しながら、答える夏に悠里は頬を撫でる風に混じる潮の香りに目を細める。
「月も綺麗だし、カメラ持ってくるんだった。」
そのまま、上を見上げていた夏の小さな呟きに笑みを零した悠里は、小さな木々の集まりを見て、そこが歩達のいた場所だと気づく。
少しだけ道から逸れた場所にいれば、この暗闇なのだから、気づかれない事の方が多かったのかもしれない。
見上げた夜空に浮かんだ月は薄っすらと雲がかかっていてぼやけて見える。
「月、雲かかってるけど?」
「・・・・・それでも、家から見上げるよりは綺麗だろ。・・・・・どう、少しは落ち着いた?」
真っ直ぐに見つめてくる夏の視線に気づいた悠里は笑みを浮かべ、渇いていた唇を舐めると深く息を吸い込んだ。

「・・・・・夕方、ここで・・・・・河合を見かけた。」
「は?」
「偶然見かけて、後を追いかけたんだけど、一度は見失ったんだ。・・・・・諦めて帰ろうとした時、ここで見かけた。言い合いしていたはずの「おじさん」と河合を・・・・・」
「滝沢?」
悠里は夏へと向けた視線を再び上へと向ける。少しずつかかっていた雲が風に揺られ流れて行き、浮かび上がる月を見上げた頭の隅に月の光に浮かび上がった光景が思い出される。
「恋人同士みたい、だった。・・・・・俺の恋人は同性だけど、他人のソレは見た事なくて、逃げ出したから後の事は分からないけど、河合は多分まだ「おじさん」といるかもしれない。」
「・・・・・そっか、それで。・・・・・様子おかしかったんだ。」
「見ないフリはしたけど、気にはなってたから。・・・・・でも、関わらない方が良い気はするんだけど・・・・・」
「気になる?」
問いかけに何も言わずにただこくり、と頷く悠里に夏もそれ以上は何も聞いてこなかった。ただ、二人暫くの間、夜風に吹かれたままぼんやりと月を見上げていた。
楽しい、それだけが記憶に刻まれるはずの気軽な旅行だったのに、その日、歩は部屋にはついに戻って来なかった。


*****


「伊藤、どこへ?」
「決まってるだろ、「おじさん」の所に行ってみる。滝沢が河合を見た時は「おじさん」と一緒だったんだろ?なら、まだ「おじさん」と一緒なのか一応確かめないと、だろ?」
団体行動なのに迷惑かける河合が悪い、と手早く身支度を済ませると部屋を出ようとする夏を悠里は慌てて引き止める。
「俺も行く!・・・・・5分で支度するから、待ってて!!」
告げると同時に服を着替え出す悠里に夏は溜息を吐くと窓の外を見上げた。
見上げた空は雲ひとつない青空でこれから先に何が起こるのかも分からなかった。
「待ってください!!」
ホテル中を探し回りやっと見かけた後姿に夏と悠里は顔を見合わせると近寄りながら声をかける。振り向いた男が同じ制服を着てはいたけれど人違いなのに落胆しながらも夏は一歩進み出ると近づいて来た二人に眉を顰める男へとゆっくり、と頭を下げる。
「・・・・・ホテルで働いている方なんですが、京梧さんは今日はお休みですか?どこを探しても見当たらなくて・・・・・」
「京梧、って・・・・・河合京梧?あいつなら、今日は非番のはずだけど、伝言?」
「・・・・・長年音信不通だったんだけど、僕は京梧さんの身内で、ここにいるって事は聞いていたから彼に会いたかったんですが・・・・・」
困ったな、と呟く夏に従業員の男は笑みを浮かべると丁寧に自宅の住所を手持ちのメモに書くと夏へと差し出した。
「家に居るのか分からないけど・・・・・これ、河合の自宅。下は携番と家電。」
「・・・・・良いんですか?」
「本当はまずいけど、身内なら良いんじゃないかな?」
笑みを浮かべ答える男に夏は深く頭を下げると笑顔を浮かべる。その横に黙った立っていた悠里はあまりに流暢に嘘を平然といってのける夏に内心大きな溜息を漏らした。

「凄いね、伊藤・・・・・演技派だったよ!」
「・・・・・ばーか。ほら、とっとと行くぞ!・・・・・昼になるともっと暑くなる!」
かなり遠くに見える先程の従業員の背を見送りながら呟く悠里に夏は先に立ったすたすたと歩きだした。
空調設備の整っているホテルから一歩外に出ると襲ってくる暑い熱気に眉を顰めながらも夏はさっさと入り口に止めてあるタクシーに乗り込むと、まだ呆けている悠里の名を大声で叫ぶ。
「ここへ、お願いします。」
先ほど渡されたメモの住所を見せると座席にふんぞり返る夏の横、悠里は緊張で早まる胸をそっと抑える。
「家にいるかな?」
「さぁ・・・・・いなきゃお手上げだけどな。」
そのまま会話も続かず動き出した車の中、夏は帽子を目深に被り目を閉じるから悠里はぼんやり、と流れる景色を窓から眺めていた。色取り取りの花が咲く、緑の多い楽園はまさに南国の別世界だった。
「・・・・・すげーっ!・・・・・一軒屋だよ・・・・・」
降ろされた場所から少し奥まった所に立った二人は目の前に見える小さなログハウスを見上げる。
海がすぐ傍にあり、ホテルからは車で15分の場所に建てられたログハウスは手作り感が浮き出ている。
自給自足の生活に南国を選ぶ人もいるほど、土地は都会に比べると安いのだから、手作りのログハウスがあってもおかしくない。心配なのは、電気が通っているのか、とか水道が通っているのか、住んでいる人に失礼な事を思いながら見上げる悠里に構う事なく夏は歩き出す。
「待ってよ、伊藤!」
「ぼーっとしていると置いて行くぞ。・・・・・さて、河合、いると思うか?」
「・・・・・さぁ?」
問いかけに首を捻りながらも先に歩き出す夏を追いながら悠里は更に高鳴る胸を抑える。


*****


連絡一つしないままここまで来た。チャイムを探し、見つけた夏が手を伸ばしかけたその時、辺りを見回していた悠里が「あ」と声を上げる。
「・・・・・どうかした?」
「あれ、「おじさん」じゃないかな?」
海を見つめた悠里の視線の先にいるのは、探し人の一人である「おじさん」こと歩の言う「京梧さん」だった。
南国に住んでるからなのか趣味はサーフィンなのだろう、ウインドスーツにボードを片手に歩いてくる彼が片手を上げた先には手を振る髪の長い女の人が座っていた。近づき笑顔を交わす二人はどこの誰が見ても「恋人同士」のソレで夏は悠里と顔を見合わせるとそのまま海へと歩いていく。
近づいてくる二人に気づいたのか、顔を上げる京梧の眉が少し顰められるのに不思議そうな顔で視線を向けてくる彼女がゆっくりと首を傾げる。
「どこの子かしら、京梧、知り合い?」
「・・・・・歩の・・・・・」
問いかけに呟く京梧に更に首を傾げる彼女の髪が風に煽られさらさらと揺れる。
「まともに顔を合わせるのはこれが二度目ですよね、河合の友人、伊藤夏と言います。・・・・・こっちは滝沢悠里。・・・・・河合京梧さんに聞きたい事がありまして。」
軽く頭を下げ笑みを浮かべる夏の横、悠里は何も言わずにただ頭を下げる。
濡れた髪を掻きあげた京梧は黙って二人を見つめると息を吐き彼女へと視線を向ける。
「早紀、俺ちょっと、この子達と話があるから、奴らに遅くなるって伝えといて。」
「・・・・・京梧?」
「後で行くから、早紀は奴らと行っといて良いから。」
「・・・・・わかった。絶対に来てね!」
告げると仲間だろう人達の方へと向かう彼女の後姿を見送った京梧は手に持つボードを砂浜へと置くと夏と悠里へと向き直る。

「俺に聞きたい事とは?」
「河合・・・・・歩の事です。どこに行ったのか知りませんか?・・・・・・昨日から部屋に戻ってないんです。」
「・・・・・悪いけど、知らないよ。歩とは昨日の夕方別れたきりだし、あいつ、行方不明なわけ?」
肩を竦め答える京梧に黙り込む夏の横、悠里は真っ直ぐに京梧を見つめる。
「本当に知りませんか?・・・・・河合とはどこで別れたんですか?」
「ホテルだけど。・・・・・まさか、家には呼ばないよ。」
問いかけに微かに笑みを浮かべる京梧に夏は「そうですか、失礼しました」と殊勝に頭を下げると来た道を戻りだす。
「彼女がいるのに、河合にも手をだしたんですか?・・・・・河合が誘ったから?」
歩き出した夏を追いかけようとした悠里はまだ、その場に立っていた京梧へと顔を向けると口を開く。顔色を変える京梧から目を逸らすと悠里は先に歩き出した夏の背を追いかける。
「待って!・・・・・ホテルで別れたのは本当だ。・・・・・だけど、歩は・・・・・」
足を止め、振り向く夏と悠里の視線に京梧は唇を噛み締めると、砂浜に置いたボードを持ち直すと近づいて来る。
「行き先には心当たりはほとんど無い・・・・・けど、一つだけ。もしかしたら、って所がひとつだけあるんだ。」
夏と悠里の前に立ち、呟いた京梧は「待ってろ!」と言い置き家へと走り出した。
呆然と顔を見合す夏と悠里を家に戻った京梧が大きな声で呼ぶから二人はログハウスへと歩きだした。


収拾つかなくなってきている気がするのですが。
楽しい旅行は暗雲たちこめ、ラブはどこにもありません!・・・・・・しまった・・・・・;

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