通り過ぎたはずの道を走り出して数分。暫くしてから悠里は一向に追いつかない二人を完全に見失った事にやっと気づき足を止めた。見回した広い吹きぬけの広場は静まりかえって、更に日もすっかり暮れているからこそ、いっそう不気味な雰囲気を醸し出す。
「・・・・・っん・・・・・ふっぁ・・・・・」
微かな風に乗って聞こえてきた声にびくり、と一人肩を揺らした悠里はこくり、と息を飲み込むと音の聞こえた場所へと足を向けた。
「んっ、あぁ・・・・・・・・・・さ、ん・・・・・」
再び聞こえた声は茂みの向こう側、静かに屈んだ悠里はそっと覗き見る。 草が顔に辺りちくちく痛むのに眉を顰めながら、暗がりに目を凝らして見るけれど、暗闇の中では人がいるぐらいしか認識は出来なかった。 悪趣味な覗きをしている、と自覚はしていても漏れ聞こえる声が気になり、悠里はもう一度目を向ける。 雲の隙間からタイミング良く現れた月の光、映し出された姿に目を疑い何度も擦って見るけれど変わらない光景がそこにはあった。 大きな木に凭れ、微かに声を漏らしていたのは探していた歩、その人だった。
「・・・・ご、さん・・・・・っあ、んんっ・・・・・京梧さん・・・・・」
小さく呟く歩の声に悠里はそっと立ち上がると、気づかれない様に元の道を歩き出した。 顔こそ見えなかったけれど、歩の呼んでいた名前は確かにさっき押し問答をしていたはずの叔父の名前だった。 何がどうなっているのか分からないまま歩き出した悠里の頭の中では「所詮、他人事だろ」口癖の様に呟いた夏の声だけが響いていた。
「おーっ、お帰り・・・・・どこまで行ってたんだよ。」
「伊藤・・・・・他人事だよね、それ正解だよ・・・・・」
疲れた声で渇いた笑みを浮かべながらベッドへとそのままダイブする悠里に夏は首を傾げたまま眉を顰める。
「滝沢〜ごはん、どうする?・・・・・俺は行くけど・・・・・」
「・・・・・後にするから、いい。」
「そうですか。」
ご飯を誘いに来た友人の応対に出ていた夏の声に、あれからベッドに横になったまま移動しない悠里は頭を振ると断りの言葉を呟く。 一瞬何か言いかけたのか、言葉に詰まった夏はそのまま返事を返しただけで部屋を出て行く。 重い扉がばたり、と閉まる音が静かな部屋にやけに響くから悠里は一人になった部屋の中、やっと身を起こした。 暗くて、顔どころか細かい表情なんて微かに灯る月明かりだけでは判断できなかったけれど、確かにあれは歩だった。 諍いをしていたはずの相手とどうしてああなったのかも分からない。ただの「叔父さん」と「甥」じゃない二人の関係は知らない方が良かったのだと一人後悔する悠里は尽きない溜息をまた零した。
*****
ぐるぐると悩みすぎてくらくらする頭に響いてきたのは携帯の着信音、それも聞き覚えのある曲で悠里はベッドから降りると、テーブルに置きっぱなしのままの携帯へと手を伸ばした。 確かめる画面に映った名前を見ただけで、悩みなんか消えそうな笑みが浮かんでくる。
「もしもし、泰隆さん?・・・・・うん、元気、だよ。」
『・・・・・悠里、何かあった?』
「え?・・・・・ナニも無いよ・・・・・嫌だな。」
『本当?・・・・・声に覇気が無い気がするけど、暑さにばててる?』
「ばててない、けど・・・・・なんか、ずっと会ってない気がするよね。」
しみじみと呟く悠里の声に電話越し、吹き出す音の後、堪えきれなかったのか笑い声が聞こえてくる。
「・・・・・泰隆さん!」
『ごめん、たかが二日だろ?・・・・・帰るのは明後日だよな・・・・・お土産の星の砂は見つけられた?』
「あー、まだ。」
『・・・・・悠里?』
「大丈夫!お土産はちゃんと持っていくから、じゃあ、あの・・・・・おやすみ!!」
『悠里??』
中途半端な切り方で、泰隆は不審に思うかもしれない、だけど会話を続ける事は出来なかった。携帯を片手にそろそろと振り返った悠里の視線の先には「食事に行く」と部屋を出たはずの夏が呆然とした顔で立っていた。
「・・・・・食事、に行ったんじゃ・・・・・・」
「電話の相手って・・・・・誰?」
「えっと、友達?」
「友達って・・・・・名前・・・・・・あのさ、前に年上の好きな人がいるって言ってなかった?」
「・・・・・・多分、想像している人で合ってるから、先まで言うな!」
ゆっくり、と近づきながら話しかける夏に悠里は携帯を握り締める手とは逆の手も握り締めたまま唇を噛み締める。微かに息を吐いた悠里は夏を真っ直ぐに見つめる。
「・・・・・メル友なだけじゃなかったんだ。」
「聞きたいなら、過去から現在まで話すけど、俺一人の話じゃないから、待って!」
「・・・・・深くは聞かないけど、言いたい時で良いから・・・・・ご飯、誘いに来たんだけど、どうする?」
肩を竦め、笑みを浮かべる夏の言葉に、悠里は笑みを返すと財布を手に取ると立ち上がった。
「行くよ、そういえば、河合はいるの?」
「いや、何で?・・・・・あいつ、部屋にも帰ってないらしいけど、俺らも昼に会ったきりだろ、それともどこかで見かけた?」
「・・・・・ううん。部屋に帰ってないんだ・・・・・」
「そう。・・・・・同室の砂原(さはら)は見てないってさ。」
「そう、なんだ。」
まだ、「おじさん」といるのか少し気になりながらも、悠里はそれには触れず、先に歩き出した夏の後を追いだした。
*****
「滝沢、具合はどう?」
「具合?」
「そう、夏が調子悪いみたいだって、言ってたけど・・・・・平気?」
夏に続いて顔を出した悠里は、席に着くと同時に隣りに座っていた馨に問いかけられ返事を濁しながら曖昧な笑みを浮かべる。食事に来なかった悠里の事を聞かれた夏の答えが「具合が悪い」なら話は合わせておくに限るから、下手にややこしくはしたくなかった。 曖昧な返答に馨は少し眉を顰めるけれど、突っ込んで聞く事もなく食事はその後海での話しに切り替わりながら和やかムードのまま続いた。
「そういや、砂原、河合の携帯に繋がった?」
「・・・・・いや、ルス電。歩、何してるんだか。」
少し離れた席で歩と同室の砂原と哲也が話す声が聞こえてきて、悠里は内心びくびくしながら顔を上げる。
「俺と滝沢は昼間に会ったけど、別に普通だったぞ。」
「・・・・・おじさんの所かな?・・・・・朝もおじさんとこ行くんで早くに出かけたし、まぁそれなら、大丈夫かな?」
夏の言葉に砂原は携帯をテーブルに置くと笑みを浮かべ呟いた。周りに座っている他の友人達が「心配しずぎ!」と囃し立てるのにただ笑みを返した砂原は食事を再開したから、悠里は目の前の食事へとそっと視線を向き直した。
「・・・・・滝沢、何か知ってる?」
友人達と別れ、夏と二人きり部屋へと戻る廊下でぼそり、と問いかけられ悠里は思わず足を止める。
「伊藤?」
「・・・・・何か、隠してないか?」
「何で?」
「うーんと、ただの勘だけど、気のせいならそれで良い。」
そのまま歩き出す夏の背を眺めたまま悠里は深く息を吸い込むと吐き出した。
「伊藤!・・・・・ちょっと、言いたい事があるんだ」
足を止め振り向いた夏の顔を見つめたまま悠里は唇を噛み締めると、緊張で汗ばむ手をただ握り締めた。
何か凄いあやふやに話が進んでいってますが、ラブはどこ? 続きは、頑張ります。
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