「暑ーーーいっ!!・・・・・何か、もうだめ・・・・・」
「夏!だらしねーぞ、お前。炎天下の中、野球をしてる奴らに申し訳ないだろ!」
「・・・・・いや、あいつらは好きでやってるんだろ?」
「伊藤、これは、いる?」
「おーーっ・・・・・まじに生き返る!」
泳ぎから戻ってもまだパラソルの中、一人篭ったままの夏を無理矢理起こした悠里達は腹ごしらえの為に売店に来ていた。 傍から見るとほとんど漫才に見える掛け合いを始めた夏と哲也に悠里と馨は顔を見合すと話しを逸らすために夏と哲也にほぼ同時にカキ氷を渡した。 奇声を発する夏の前で哲也は少しだけ眉を顰めたまま無言でいる。
「匂坂?」
「滝沢、平気だから。ただ虫歯もどきに響いただけだよ。」
問いかける悠里へと馨が柔らかな笑みを浮かべさらり、と答えてくる。夏と顔を見合わせた悠里は虫歯があると知っていながら哲也に無言でアイスを渡す馨もかなりの性格をしているのだと改めて気づきただ顔を見合わせ笑みを浮かべた。
「ところで、午後はどうする?・・・・・俺と哲はもう少し泳いでくるけど。」
「俺はパス!・・・・・ホテルに戻るわ。」
「・・・・・じゃあ、俺も。ホテルに行くよ、って伊藤、寝る気?」
「いや、冷房きいてる場所で涼むだけだよ。・・・・・ホテルのプールとかにも行こうぜ。」
「・・・・・わかったよ。」
じゃあ、ここで、と哲也と馨と別れた二人はすぐ目の前にあるホテルに一足先に戻る為に身支度を済ませると歩き出した。
「伊藤、写真は?」
「うーん、そんな気になれないから、とりあえず夜にでも涼みながら夜景でも撮るわ。」
「何だよ、それ。・・・・・意味なーい!」
「夏は駄目なんだよ、まじで頭くらくらするし・・・・・」
言いながらもかなりふらつく夏の足元はおぼつかない。悠里は何も返さないで肩を竦めるとただ笑みを浮かべた。
「待ってよ!・・・・・京梧(きょうご)さん!!」
「・・・・・お前には関係ないだろ?いい加減にしてくれよ・・・・・もう、うんざりなんだよ!」
追いすがる腕を払いのけ歩き去る後姿をじっと見送る姿。不味いところに居合わせたと夏を見ると悠里へと顔を向けてきた夏もまた眉を顰め曖昧な笑みを返してくる。 炎天下の中、立ち尽くしたまま固まって動かない人が他人であったらどれだけ良かったのか互いの目で確認しながらも足を進める悠里達のアスファルトにサンダルが擦れる音に気づいた彼が顔を上げる。
「・・・・・え、っと夏と・・・・・」
「滝沢悠里です、よろしく。」
悠里たちの姿を認め明らかに泣いていただろう顔を乱暴に腕で擦り河合歩は笑みを向けると悠里と夏へと真っ直ぐに視線を向けて来る。だから空気を読めないわけじゃないけれど悠里は簡単に名前を告げると軽く頭を下げる。
「河合、今の人・・・・・「おじさん」じゃねーの?」
話を変える意味での自己紹介を簡単に崩し問題をあっさりと問いかける夏の言葉に歩はびくり、と肩を奮わせ曖昧な笑みを浮かべてきた。
*****
外の喧騒なんて知らない静かなピアノの曲がゆっくりと流れるホテルの中に作られた喫茶店。ガラス張りの天井を見上げた悠里は夜はバーになるのに一人納得する。今、差し込むのは日の光だけど、夜は月の光と一面の星が見えそうだとぼんやり思いながら目の前に置いてあるすでに水滴が幾つもついたコップを手にとりこくり、と一口飲み込む。口の中、喉の奥染みこむ冷たい液体に悠里は目を細めた。
「おじさん・・・・・京梧さんは俺の父親の義理の弟なんだ。父さんとは15の年の差があるから、今年28歳になるのかな?」
沈黙を破る様にやっと呟いた小さな歩の声に悠里と夏は歩へと顔を向ける。見つめる視線に居心地悪そうにしながら自分のカップを何度も触り歩は瞬きを繰り返すと深く息を吸い込んだ。
「ここに来たのは大学卒業と同時。・・・・・それから、祖母ちゃんが亡くなった時以来実家には一度も帰ってきてない・・・・・」
「だから、会いに来た?」
「・・・・・口実を作らないと会いに来れなくて・・・・・ごめん、利用したみたいで。」
端的に問いかける夏に頷くと歩は俯いたままぼそぼそと話す。
「利用された、だなんて思ってないから、格安でホテルにも泊まれてるし、来て良かったよ!」
悠里の声に顔を上げた歩はゆっくり、と笑みを浮かべるとずっと思っていた罪の意識が少しは晴れたのか肩を竦め大きく息を吐いた。
「で、ずっと会ってなかった叔父さんとの険悪なあの、やりとりは?・・・・・迎えに来てくれた時は普通だったよな?」
「・・・・・それは・・・・・」
「俺達には言えない?」
気を取り直すかの様に咳払いをしてからやっぱり率直に問いかける夏に歩は少しだけ浮かべた笑みを引き攣らせる。真剣な目を向け尚も問いかける夏に歩は何度も逡巡しながらやっと口を開いた。
「心配してるって、親父達の話もしたんだ、そしたら・・・・・京梧さん、いきなり怒りだして・・・・・」
「いきなり、って酷くない?・・・・・河合は真実を告げただけなのに・・・・・」
「しょうがない。親父にとって京梧さんは弟というより息子みたいな扱いだから昔からかなり口うるさかったらしいし。それに・・・・・社交辞令も身についてる大人だから、友達も見ている前じゃ良い顔ぐらいするよ。・・・・・僕は、京梧さんには嫌われてるし。」
寂しそうな笑みを浮かべる歩の話に黙り込む夏の横、つい悠里は身を乗り出した。
「嫌われてる、ってどうして?・・・・・だって格安旅行はその「おじさん」に連絡したおかげじゃないの?」
「・・・・・友達と一緒だから、お願いしますって親父にお願いしてもらった。僕だけじゃ断られてたよ。」
悠里の問いかけにも歩は微かに笑みを浮かべながら答えてくれる。でも、その笑みが泣きそうに感じられて悠里はそれ以上は聞く事もできずに黙り込んだ。
「・・・・・楽しみに水差す様な所、見せてごめんね。僕は大丈夫だし、京梧さんにはいつもあんな態度を取られてるから、気にしないでよ。」
黙り込む夏と悠里に慌てた様につけたした歩は「じゃあ、僕用があるから、先に行くね?」と少しだけ首を傾げて声をかけると立ち上がり一人歩きさって行く。 その背を見送りながら、悠里はホテルに向かう車中、嬉しそうな顔で運転席の京梧に声をかけていた歩を思い出すとそっと溜息を零した。
「・・・・・嬉しそうだったのにな・・・・・。」
夏が外にはもう出たくないとごねるから、悠里は夏を連れて室内プールへ移動した。一人、ぷかぷかと水の中、浮かびながらぼんやり呟いた悠里は溜息を吐く。
「何が〜?」
「・・・・・ああ、河合の事だよ、車の中ですごく嬉しそうにおじさんと会話してたのに。特に嫌ってる感じ、しなかったよね?」
室内だからか、外にいた時より顔色も良い夏が悠里へと近づき問いかけてくるから、つい考えを口に出して問いかけていた。
「俺は見てないから、何とも。・・・・・まぁ、人それぞれ悩みはあるんじゃないでしょうか?」
「・・・・・ちょっと、それ冷たくないか?」
「所詮他人事なんで、それに・・・・・河合さ、義理の叔父だって言ってただろ?・・・・・少し、あれが引っかかるんだよな。」
「・・・・・伊藤、推理モノとか好き?」
「何、いきなり。・・・・・好きですよ、結構母と一緒に殺人事件のドラマとか見てますよ!」
「あ、ちょっと、どこ行くの?」
「泳いでくる!!」
夏は言うと素早く悠里から離れていく。所詮他人事、確かにそうかと思い直した悠里は頭を振ると夏を追う為に泳ぎだした。
*****
「待ってよ!・・・・・ちゃんと話がしたいんだ。」
「・・・・・話す事なんて無いよ。言っただろ、もう俺の事には構わないでくれって、義兄さんにも伝えてくれて構わないから。・・・・・旅行に来たなら、俺に関わる暇なんてないだろ?俺は仕事中なんだよ、だから歩は邪魔なんだよ!」
「京梧さん!・・・・・なら、いつなら良い?・・・・・僕は京梧さんと話がしたいんだよ!」
一度ある事は二度ある、そんな言葉が頭に浮かんだ悠里は壁に凭れかかりそのままずるずると座りこむ。 次第に声が遠ざかるのは二人が移動しているからで、一度目よりも歩は諦める事なく京梧へと何度も話しかけている。 微かに聞こえる程度になってから、やっと息を吐いた悠里は壁に縋りながらも立ち上がる。 他人事だと、昼間夏に言われた言葉が頭の中に浮かんだけれど、当事者ではないけれど、関わってしまったのだと思う。一度なら偶然聞いてしまった、で済むけれど、これが二度目だ。 見ないフリも知らないフリも悠里にはもう出来そうも無かった。 呆れた顔で肩を竦める夏の姿が思い浮かぶ、同時に今は隣にいない恋人の困った顔が思い浮かぶ。 それでも、泰隆なら、その後、悠里のしたい事をさせてくれるはずだと確信できるから、壁から離れた悠里は一歩を踏み出す。 この旅行を実現してくれた、歩が少しでも旅行に来れて良かったと思ってくれる、それが、集団旅行の醍醐味だと思うから。誰か一人でも沈んだ気持ちで家に帰りつく、それは悠里の中の団体行動とは少し違っていたから、だから他人事だけど、そうじゃない。 そう、言いきかせながら、悠里は後を追う為に廊下を走り出した。
長いそして、ラブの無い夏休み編、どんどん話が大きく・・・・・。ではまた次回です。
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