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飛行機の座席に座って人心地ついてから悠里はそういえば、と思った事がひとつ。今更だけれど、飛行機に乗るのは人生でこれが初めての経験だった。
両親の実家に行くのに、飛行機を活用した事は物心ついてからは一度も無い。
いつも電車か車、そんな交通機関で行ける距離にあったから、わざわざ飛行機に乗るなんて事は一度も無かった。
ちらり、と隣りに座る夏へと目を向け、周囲に座る友人にも目を向けるけれど、悠里の様に落ち着かない心境でいるのは誰もいない気がする。
皆、パンフレットを見たり、持ち込んだ雑誌を見たりと堂に入っているというか、あきらかに慣れている集団だった。
「どうした、滝沢?」
「・・・・・いや、別に・・・・・」
「その割に・・・・・・もしかして、初めて?」
「・・・・・何が?」
「飛行機。」
夏の問いかけに言葉を無くし俯く悠里に内心図星かよ、と思いながらも夏は悠里へと心持ち身を寄せる。
「そんなに硬くならないでも平気だから、それに移動するのは国内だぜ?」
「すぐ、着く?」
「まぁ、そこそこには。それに滅多に墜ちたりしないから、平気だって。」
ポンポン、と肩を叩きながら耳元へと呟く夏に悠里は口を開きかけ入る放送にびくり、と肩を震わせる。
浮上するからシートベルトをしろ、とか、幾つかの注意事項を神妙に聞いている悠里の初々しい反応に笑いを堪える為に何も言わずに俯いた。
妙に体が浮き上がるような浮遊感、飛び立つ時の音なんてもちろんしない機内の中で、悠里は耳の奥が痛くなるのを感じ、唇を噛み締めた。

もう夕方に近いのに、真夏の気温。立っているだけで湿ってくるシャツ、肌を突き刺す太陽、ジリジリと熱気が溢れだす同じ日本だというのに、まさに異国、吹いている風に混じる潮の匂いを感じながら悠里は隣りに立っている友人、夏へと視線を向ける。
「平気?」
「・・・・・死にそう。」
空港に降りたち、飛行機からやっと解放された悠里達を迎えたのはかなり年季の入った中型のバスだった。
「おじさん!!」
「おおーっ、良く来たな。暑いだろ、とりあえず、早く乗りな!」
真っ黒に日焼けした男が車から降りて来るのと同時にここへの旅を勧めた友人河合歩(かわいあゆむ)が前へと進み出る。
「おじさん」には見えない20代後半だろう男は白い歯を見せて笑みを浮かべ歩の頭を撫でながらドアを開いた車の中へと皆を進めた。
バスの中は冷房が適度にきいていて、一気に寛ぎだした友人達と話ながら悠里は外を流れる景色を眺めだした。

今回の旅行の主催者である歩が助手席で運転席の男へと嬉しそうに話をしている顔がちらちらと見えるけれど、悠里の場所からは会話までは聞こえなかった。ただ普段はあまり表情を変える事のない友人の笑顔、それだけが妙に印象的だった。
「伊藤、平気?」
「あぁ、何とかな。予想以上に暑いんだけど・・・・・海までの距離が遠かったら俺は室内に篭るから。」
「・・・・・何だよ、少しは夏に慣れろよ!!」
「完全に名前負けだよな。」
真剣に告げる夏の声が耳に入ったのか身を乗り出し抗議してくる友人にも首を動かさない頑固な夏に悠里は苦笑を浮かべる。
昼間というより今は日も落ちかけている、それなのに、照りつける太陽は肌へと突き刺さる様だった。昼間の太陽を想像すると悠里だって、眉を顰めたくなるのだから、暑さに弱い夏らしいといえばそうなのだけど、仲間達から責められだした夏を見た悠里はその輪の中へと少しだけ身を寄せる。
「沖縄の海は綺麗だっていうじゃん!いい記念になるし、俺を誘ったのは伊藤だろ?」
「・・・・・だけど、暑いのは本当に苦手なんだよ!」
「水の中にいれば忘れる、だろ?」
旅行の話をしていた時に呟いた夏の言葉を返すと夏は眉を顰める。そのまま黙り込む夏に仲間達は悠里を見てくるからただ笑みを返した。一人ならまだしも、団体行動なのに、一人だけ外れるそんなのは誰も望まない。「楽しかった」そう思える旅行にしたかったから。


*****


「伊藤。海、かなり近くにあるみたいだよ?」
部屋に辿り着いた足で荷物をそのまま窓に駆け寄った悠里の言葉に早々にベッドへと横になっていた夏が身を起こした。
「歩いて、近そう?」
「うん、目の前だよ。・・・・・自分で確認してみれば?」
「・・・・・・ああ。」
隣りへと立ち窓の外を眺める夏が少しだけ安堵の息を吐くのに笑みを返した悠里は窓の外へともう一度視線を向ける。
ホテルの入り口とほぼ隣接するように見える砂浜。目の前に広がる海は今はオレンジ色の空に包まれオレンジだ。
「綺麗、だよね。」
「・・・・・ああ、そうだ、写真撮らないと!」
ベッドの傍へと置いていた荷物の場所へと戻りながら告げる夏に悠里は目を見開く。夏が入っている部活は確か運動部のはずだ。カメラが趣味なんて話は一度も聞いた事が無かったのに、彼が取り出したカメラは年季の入ったフィルムタイプのカメラだった。
「・・・・・カメラ、趣味だったの?」
「いや、お袋が是非撮ってこいって渡してきた。でも、いまどきフィルム式って古くない?」
重いし、嵩張るし、とぼやきながらもカメラを構えた夏に悠里は「待って!」と声をかけ、窓の鍵を開けると窓を開ける。
生温い風が入り込み眉を顰める夏に悠里は笑みを返す。
「ガラス越しより、無い方が良くない?」
「そうか?」
首を捻りながらも、もう一度カメラを構え景色を撮りだした夏から背を向けた悠里は鞄の中から携帯を取り出すと、窓の傍へと携帯を向ける。
かしゃり、と映った景色を一度確かめてからメールに添付する。
件名>着いたよ!
本文>ホテルから見える海だよ、綺麗でしょ? 悠里
手早く打ち込むと送信を押した悠里に夏が顔を向けてくる。
「メール、誰に送ったのかな?」
「内緒です!・・・・・写真もいいけど、明日も持って行くの、それ。」
「もちろん、滝沢も撮ってやろうか?」
「・・・・・今は良いや。でも、風も温いね。」
開いた窓から入り込んでくる風に目を細める悠里に夏は笑みを返すとカメラをテーブルの上へと置いた。同時に携帯が振動して悠里は携帯を開きメールを確認する。
件名>絶景!
本文>写真ありがとう。だけどはめは外すなよ!
保護者の様な文に吹き出した悠里は夏の視線を感じて笑みを返すと立ち上がる。
「夕飯は下に集合だっけ?」
「そう。もう、行くか?」
「うん、俺、お土産とかもチェックしときたいんだよね。」
「それ、俺もだわ。」
携帯と財布をポケットへと押し込み歩き出した悠里に夏も財布と携帯を手に部屋を出て行く。

バイキング形式の夕飯に見た事はあってもあまり食べない肉や魚や野菜が出てきて、珍しい物好きで好奇心旺盛な高校生の若者達はテーブルいっぱいに広がったおかずを次々と平らげていく。当たり前だけど、夏の部活仲間がほとんどだから食欲だってそれなりなのだ。
「何か、ビールとか旨そうだよな。」
「未成年だろ、俺ら!」
「保護者同伴だったら、良いのか?」
食べながらも動く口、話しながらも皿の中身は確実に減っていく。仲間達の話に混じりながらも悠里は辺りを見回す。
夏休みだから、さすがに高校生の集団は自分達だけど、少しだけ年上の女性のグループが少し多い。三人とか五人とか奇数が多いのはどうしてなんだろう?と思いながら、家族連れよりもカップルや自分達の様な同性グループが多いのに気づく。
「どうした?」
「うん、家族連れとか少ないよね?」
「ピークは夏休み入ってすぐ、が多いんじゃないか?」
「なるほどね。」
ちらちらと刺さる視線が少し年上の女性陣からのだと気づいて悠里は眉を顰める。ほぼ運動部のむさい、だけど若さだけは溢れている集団の中にめぼしいお目当てでも見つけたのだろう。
厄介事が起きないように硬くなった肉を噛みながら、それだけを悠里は思っていた。


*****


「海で見る女の人は幻想だよ、夢、幻だーーっ!!」
「声、でかいよ!」
「恥ずかしいから、やめろ!!」
目の前を通り過ぎるビキニ姿の女性達をぼんやり眺める友人の背後で叫ぶ一人を止めながら騒ぎだす彼らを眺めた悠里は隣りで横になっている友人、夏へと視線を向ける。
「伊藤、泳がない?」
「うーん、もう少ししてからにする。」
暑さに参った体でそれでも海まで引きづりだされた夏はパラソルの下でタオルを被り横になったままだ。篭ったその声に笑みを浮かべると悠里は立ち上がる。
「滝沢ーっ、泳ぎに行くなら俺も行くよ!!」
「あっ、俺も!!」
海へと向かいだした悠里の背に声をかけ近づいて来たのは、匂坂哲也(さぎさかてつや)と間宮馨(まみやかおる)だ。
クラスメートだから知っている二人は唯一伊藤の他に悠里の話した事のある人達だった。
「夏は何しに来たんだか、真面目にあいつ名前負けだよな。」
歩きながら話しかけてくる哲也に悠里は笑みを返した。
「それにしても、海の旅行が沖縄とは思わなかったよ。」
「本当、河合様、様だよ。」
話しだす哲也と馨に悠里は頷きながら、そういえばあそこにいなかった歩を思い出す。
「そういえば、河合は?・・・・・いなかったよね?」
「ああ。「おじさん」といたぜ。あそこで手伝いしてるらしいよ。」
「そうなんだ。俺らだけ遊んでて良いの?」
「おじさんには遊んでこいっていわれてたんだけど、河合はおじさんに会いたかったらしいよ。」
へー、と頷きかけ悠里は呟いた馨へと顔を向ける。
「あの、それって・・・・・」
「旅行が河合の良い機会になったらしいよ。あのおじさん、滅多に実家に帰らないらしいから。」
「そう、なんだ。」
きっと何気ない言葉なんだろうけれど、深く感じる悠里には同性の恋人がいるせいなのだろうか。「おじさん」へと笑みを向けていた車の中での歩を思い出した悠里はそっと溜息を零した。
楽しいはずの旅がどうもただ楽しいだけでは終わらない、そんな予感がしていた。


何かほのぼのしています。
泰隆さん元気なんでしょうか?・・・・・ではではまた次回♪
日を置いていますが、すいません微妙に訂正してみました!

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