20

見上げる空は青く、白い雲がふわふわと形のない形を作っては消え、風に任せ緩やかに流れている。
手を額に翳したまま空を見上げ照りつける眩しい日から目を逸らすと、悠里は鞄の中から携帯を取り出し時間を確認する。まだ、日の高いうちに終わった塾の抗議の後はいつもなら真っ直ぐ恋人である泰隆の部屋に直行するのだけど、炎天下の中、立っているのには理由があった。
「滝沢?・・・・・遅くなった?」
名を呼ばれ振り向く悠里の前で、夏は半分ばてた顔で手を上げ、近づいて来る。
「・・・・・ううん、俺も今来たとこ。どっか移動する?」
「当たり前!・・・・・ここにいつまでも立ってたら、俺は間違いなく茹りそう。」
額に滲みでてきた汗を拭うと肩にかけた鞄を持ち直し、ふらふらと歩き出す夏の後姿に苦笑を浮かべた悠里は取り出した帽子を目深に被ると、見失わない様に夏を目で確認すると歩き出した。

「ふぁーーっ!!生き返る!」
冷房のきいた近くにあるファミレスへと入ると、ごくごくと出されたコップの水を半分程一気に流し込み夏はやっと息を吐く。そうして椅子へと深く座り背もたれへと体重をかけながらやっと声を発した。
「・・・・・・大丈夫かよ。だから、最初からファミレスにしとけば良いのに、って忠告はしたのに。」
「猛暑だろ、今年は!・・・・・本当にやばいから。」
「塾は・・・・・冷房きいてるだろ?」
「何か、エコがどうとかで、あんまり涼しくないんだよ。滝沢の所は?」
冷房費けちってないか?と真剣に聞いてくる夏に悠里は曖昧な笑みを浮かべると、寒いぐらいに冷房をきかせた塾の教室を頭に思い浮かべた。
「けちってないのか。・・・・・やっぱ、俺もそっちにすれば良かった!」
「・・・・・でも、駅から離れているから行き帰りは歩くよ?」
「涼しいのが待ってるならそれでも良い!!本当に乗り換えたいよ・・・・・」
頼んだメニューを運んできたから話は中断したけれど、夏はテーブルにぐったり、と身を預け体が少しづつ冷房に慣らされ冷えていくまで届いたメニューにも手をつけようとしなかった。

「そんなんで、海とか平気なの?」
「・・・・・普通に歩いて暑いよりはまし!だって、海に入ってれば気持ち良いじゃんか。」
「そうですか。」
妙にこじつけみたいな言い方に呆れる悠里の苦笑に夏は視線を逸らす。
「で。場所は決まったの?」
「うん。泊まり付きだし、友達の知り合いが働いているので格安可能なホテルが宿泊先です、ほら、これ!」
鞄の中からがさがさと取り出したパンフレットを目の前に出してくれるから悠里は少しだけソレに顔を近づけた。
「・・・・・近場で済ませるって、言ってなかった?」
「やっぱり、綺麗な海に行きたいだろ?」
青い海、青い空、とりあえず国内だけど、そこは異国の匂いがする場所だった。「沖縄」パンフレットには大きくそう書かれていたからだ。もちろん悠里は行った経験も無ければ、テレビの中でしか想像できないここなんて比にならない暑い場所だという認識しか無かった。
「暑いよ、かなり・・・・・平気?」
「・・・・・何とか、なるだろ?」
眉を顰め問いかける悠里の前で夏は引き攣った笑みを浮かべ、心もとない声を漏らした。


*****


「沖縄?・・・・・高校生、豪華な海の旅だな?」
「僕もそう思う、けど、宿泊費いらないし、その分助かるんだけど。」
「まぁ、国内だし、学割でチケットも安く取れるんじゃないか?」
「それも知り合いのツテで普通よりも安くなるらしいよ。・・・・・お土産、期待しといてよ!」
「・・・・・俺もどこか行こうかな?」
目の前に今日の夕飯を並べながら呟く泰隆に悠里は苦笑を浮かべる。どうせなら、友人達とではなく、知らない場所なら尚更目の前の人と一番最初に行きたかったと少々乙女な考えが浮かび思わず頭を振る。
「何?」
「何でも、ありません!・・・・・あっ、これおいしそうだね。」
少しだけ顔を赤く染めながらも話を逸らした悠里に泰隆は小さな頭を撫でると目の前の席へと座りこむ。

「で、沖縄のどの辺?」
「どの辺って、確か・・・・・ホテルのパンフレットに住所書いてなかったかな?」
パンフレットを端から端まで見つめた悠里は小さく書かれた住所を見つける。
「宮古島かな?」
「宮古島?・・・・・なら星の砂探して来いよ、観光土産じゃなくて、実際の海岸でよろしく!」
「何、それーー?」
以外なモノの名を出され、眉を顰める悠里に泰隆は苦笑を返すと、手に持っていたパンフレットをテーブルの上へと投げ捨てた。
「泰隆さん?」
「暫く置いていかれる、彼氏は大人しく待ってるから、たっぷりサービスしろよ。」
顔を覗きこみ笑みを浮かべる泰隆に悠里は背筋に悪寒が走り、ぶるり、と震える。そんな悠里へと泰隆は苦笑を浮かべたまま顔を近づけてくる。熱い唇に飲み込まれる様な深いキス同時に体重をかけてくる泰隆に悠里はその背へと手をのばしながらも、皮張りのソファーの上に押し倒される。


*****


ぎらぎらと照りつける太陽は日を越える毎に更に熱を溜めている様な気がする。
目の前にある噴水の定期的に吹き出してくる水さえも冷たいというより温い感じがする。
そして見上げた先の眩しい日に悠里は更に深く帽子を被ると来ない待ち人の姿を探す。
「滝沢、伊藤、来た?」
「いや、まだこっちには見えないけど、そっちはどう?」
「見えないな。どっかでぶっ倒れてないかな?・・・・・夏のあいつは完全に名前負けしてるからな。」
笑みを浮かべ夏の顔を思い出す友人に悠里は釣られて笑みを浮かべる。
ききっ、と目の前で車が止まったのはそれから更に30分後。炎天下の中、待ち合わせの噴水の水で遊んでいた4,5人の集団は反射的に車へと目を遣る。
助手席のドアが開き、ふらふらと中から出てきたのは予想通り待っていた友人夏の姿だった。
「伊藤、遅い!!」
「遅いよ、お前」
夏の傍へと駆け寄る仲間達が口々に告げる文句に夏は深く頭を下げると低い声で「ごめん」と呟く。
散々夏をもみくちゃにした仲間達は駅へと歩き出し、夏は車へと片手を上げると降ろした荷物を持ち歩き出した。

「今の人、あれだけでいいの?」
「おーっ、滝沢おはよう。・・・・・良いんだよ、あれ身内だし。」
「お兄さん?」
「そう。最初は母親が送ってくれるって言ってたんだけどさ、あいつ、ほぼニートだから、使わないと。」
「ニートって、酷くないか?」
「酷くない。いい年した大人が働かないのはニートだろ。それ以外の言葉は無いね。」
辛辣な夏の言葉に悠里は何も返せずに苦笑を零すと、先に行く仲間達に追いつきながら、先の見えない旅行に少しだけ興奮している自分に気づき、ひっそりと微かな笑みを浮かべた。


夏休みなので壁紙も変えてみました。
ではまた次回♪

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