「同じ様にあんな触れ合いかたをするつもりじゃなかったのは本当だけど、止まらなかった。あまりに世間を知らないウブな体に俺が溺れるのははっきり予想外だったけど・・・・・だけど、初めて触れた時やばいとは思ったよ。何も知らない体に俺の、俺だけの証をつけるのがあれほど興奮するとは思わなかった。」
淡々と話しながらも、頭の中で少しづつ整理しているのか、泰隆は掌を握ったり開いたりとしながら話しだした。
「だけど、俺はそこまで人に執着する性格じゃなかったし、本当にずっと長い事、認められなかった。・・・・・最初は心のどこかで俺を否定していた悠里の気持ちが俺に傾けば傾くほど、怖くなったのは認めてしまったその先だった。」
そこまで話した泰隆はやっと悠里へと顔を向ける。視線が合って思わず顔を逸らす悠里に口元を少しだけ歪めた泰隆はひっそりと息を吐くと頭を振りそのまま再び口を開いた。
「・・・・・真剣に取り組むなんていままで本当に一度もなかったんだよ。なのに、年下でしかも同性に溺れた自分を認める事もずっと出来なかった。あげくに不誠実な行動で、君を傷つけた俺は本当に最低だったと今は思う。でも俺は、」
「過去の出来事で現在進行形じゃない、そうでしょう、先生?・・・・・今更謝られても何を言われても、俺は困るんです。」
いきなり立ち上がり泰隆の言葉を途切れさせた悠里は真っ直ぐに彼へと視線を向けるときっぱりと告げる。
「・・・・・悠里、話は最後まで・・・・・」
「聞きたくないんです!・・・・・あの頃の自分を忘れたいのに、相手の気持ちなんて知りたくない。」
泰隆の声に頭を大きく何度も振りながら悠里は否定の言葉を呟く。
「もう、話なんて結構です。帰っていいですか?」
「・・・・・待てよ、最後まで話を聞いてくれる、そう言っただろ?」
「聞いて俺はあなたを許すんですか?・・・・・認めるんですか?・・・・・あの頃の俺を消したいのに、失くしたい自分への思いを聞かされても俺は困るんです。」
後ずさりしながら今にでもドアから出て行きそうな悠里の腕を反射的に掴み取り泰隆は戸惑うように言葉を繋ぐ。 ただ頭を振り否定する悠里は捕まれた腕を必死に離そうともがき、少しでも泰隆から離れようとしながら叫ぶ。語尾が鼻を啜りだしたからなのか少し濁って聞こえだし泰隆は掴んだ腕をそのままひっそり、と溜息を吐いた。
「逃がさないって、俺は言わなかった?・・・・・二度とその背を見送る気は無いって!」
力まかせにあいている腕をも掴み取り、泰隆はただ否定を繰り返す悠里を引き寄せるとゆっくりと言い聞かせるように呟いたけれど当の本人はただ頭を振りひたすら暴れるだけで話を聞いているとも思えなかった。
「嫌だ!・・・・・・っ、離して!!」
「大人しく最後まで聞いてくれ!・・・・・そうしたら、離してあげるから。」
掴んだ腕を引き寄せ暴れる体を押さえ込むように腕の中抱え込む泰隆に怯えたように叫ぶ悠里の声は胸元で篭る。それでもその腕を緩めることなく逆に強めた泰隆は耳元へとゆっくりと囁く。 びくびくと震える体を抱きこんだまま泰隆は何も言わずにただ悠里を更にきつく抱きしめた。
*****
「・・・・・認めたくない感情はそのまま奥に仕舞いこんでいつしかお前の事もその他大勢の一人だと思えるはずだった。・・・・・悠里に再会するまでは、再会するためにこの職を選んだのかもしれないけど・・・・・・」
強く腕の中へと抱きこんだ悠里の耳元で泰隆は話を続ける。 聞こえてくる声に耳を塞ぎたくても自由にならない体を持て余し悠里はひたすら頭を振り続けている。
「再会して初めての会話の時から俺には会いたくなかったんだとすぐに分かったよ。それなのに、俺は会えて嬉しかったし、本当に即物的にその体に触れたくて堪らなかった。」
びくり、と身動ぐ悠里の体を強く抱きしめ直すと泰隆は大きく息を吐く。 生温い息がかかり、更に身動ぐ悠里の頭を抱きこんだ泰隆は彼の背をゆっくりと撫でる。
「・・・・・単純に確かめたかったのもある。俺がいない間に悠里が誰とも触れ合っていないか、とか。身勝手な言い分だけど、それだけを気にしてた。だから、触れて確かめて、俺しか知らない体のままでいる事に気づいたら、認めたくなかった感情が一気に溢れ出てた。これから先、誰にも触れさせない為に俺に出来る事。・・・・・それは、放さない事だって。」
きつく抱きしめられた腕の中、長い泰隆の独白に悠里は唇を噛み締める。 絶えず鳴り続ける、警鐘。こんなにも過去に囚われ二度と同じ轍は踏まないと強く思っているのに、あまりに居心地の良い腕の中、悠里は懸命に頭を振り続ける。もう二度とあんな思いは繰り返さない、固めた意思ががらがらと崩れ落ちそうなのを必死で支えている自分の姿を思い浮かべ、悠里は更にきつく唇を噛んだ。
「・・・・・認めれば以外と簡単にこの執着にも納得できた。俺は悠里が・・・・・好き、なんだと。」
一番聞きたくない言葉が頭の上で紡がれて、悠里はそろそろと顔を上げる。 真っ直ぐに見つめてくる視線から今すぐにでも逃げてしまいたいのに、抱え込まれた体は思った様に動く事すら出来ない。見上げた先で笑みを返す泰隆に悠里は噛み締めた唇を解き口を開いた。
「・・・・・離して、くれませんか?」
小さな呟きに泰隆はゆっくりと拘束していた腕を解いた。 包まれていた温もりが消え、悠里は自由な体で大きく息を吸う。逃げるのは簡単で、約束は果たしたのだからこのまま帰っても良かったのだけど、鳴り続ける警鐘に頭を軽く振ると悠里はもう一度大きく息を吸い込んだ。
「悠里?」
「・・・・・俺はもう好きじゃないです。もう・・・・・好きじゃない。」
掌をぎゅっときつく握り締め、まるで自分に言い聞かせる様に呟く悠里に泰隆は何も言わずに頷く。
「分かってるから、この先は悠里が決めていいから。」
「・・・・・俺は。」
「でも、弄んだつもりじゃないんだ。それだけは分かって欲しかった。・・・・・無理強いだったのは、否定しない・・・けど。」
再会してからの自分の行動を思い出したのか言い惑う泰隆から顔を背け悠里は更にきつく手を握り締める。 柔らかい部分に食い込む爪の痛みがまるで自分のこれからを戒めている様に感じたままきつく唇を噛み締める。 長い沈黙が静かな室内に訪れる。微かに聞こえる外からの物音や人の声がやけに響く部屋の中、黙りこみ俯いたままの悠里はただ立ち尽くし、泰隆はそんな彼をただ見つめていた。 息が詰まりそうな沈黙の中、泰隆の視線を肌に感じながら悠里は床だけを見つめた。
*****
正しい答えなんて考えるだけ無駄で、鳴り響く警鐘の導く答えはただ一つしかなかった。 同じ轍は二度と踏まない、何度も考えるそれに近い答え。今後、二度と関わらない、それだけの事。 答えは出ている、それだけなのに、どうしても言葉に出来ない悠里はつい黙り込み、時間だけがゆっくりと過ぎていく。
「・・・・・悠里?」
長い沈黙に先に耐えられなくなったのか名を呼ぶ泰隆に悠里は更にきつく手を握り締める。 更に強く食い込む爪に痛みが増し、悠里は深く大きく息を吸い込んだ。 鳴り止まない警鐘、導かれる答えはたった一つだけのはず。
「・・・・・ずっと残っていたのは、嬉しいとか楽しいじゃなくて、ただ辛いそれだけでした。だから、二度と会いたくなかったし、会いたいとも思わなかった。」
擦れた声で呟くと渇いた唇を湿らす様に一度唇を閉じた悠里はじっと床を見つめたまま口を開く。
「・・・・・俺はもう二度とあの日々を思い出したくないし、戻りたいとも思わないんです。・・・・・・先生の言う事は何一つ信じる事が出来ないんです。ごめんなさい、俺は・・・・・」
顔を上げる事も出来ずに悠里は俯いたまま話しながら、からからに渇いた喉の奥が気持ち悪くて何度も唾を飲み込む。
「俺とは二度と、関わりたくないって事?」
泰隆の問いかけにこくり、と頷いてはみるけれど、それでも顔を上げない悠里の前、泰隆はそっと息を吐いた。
「分かった。・・・・・脅しの為にとったあのデーターは全部消しとくし、願い通り二度と関わらないから、安心してよ。」
淡々と呟く泰隆に悠里は重い頭をやっと上げる。言われた言葉が理解出来ないのか瞬きを繰り返す悠里に泰隆は笑みを浮かべた。 「最初から間違えてたんだって今なら思えるけど、本当に今更だから。・・・・・言っただろ?俺が何を思おうと最後に決めるのは悠里だって、俺は言わなかった?」
少しだけ頭を傾げ問いかける泰隆に悠里は何も言わずにまた俯く。思わず苦笑を浮かべた泰隆は悠里の頭を見つめたまま、そっと息を吸い込んだ。
「同じ学校にいるのは仕方ないだろうけど、二度と関わらないから、安心しろよ。・・・・・俺は『教師』で悠っ・・・・・滝沢は『生徒』。それ以上でも以下でもない、そうするから。・・・・・迷惑かけて悪かった。」
見ていないのは承知の上で泰隆は一度深く頭を下げるとそのまま歩き出した。 戸の開閉する音の後、ゆっくりと遠ざかっていく足音を聞きながら、俯いたままの悠里はやっと顔を上げる。 これで良いんだと思う心のどこかで寂しい気持ちを感じ、胸元に手を当てた悠里は唇を噛み締める。
ぽつん、と一人取り残された悠里は力無く床へとぺたりと座りこんだ。 正しいと思った選択が妙に悔やまれてならない自分に頭を何度も振る。 ほんの少しだけでも好かれていたなら、あの頃の自分が少しだけ救われる気もしたけれど、胸を抑え何度も頭を振り、やっと床に手をつき立ち上がると鞄を手に持った悠里は静かな部屋からそっと出て行く。 二度と関わらない、その言葉に安堵してもいいはずなのに釈然としない自分が分からなくて悠里は長い廊下でぴたりと足を止める。見つめる先には長く続く廊下、差し込む陽はそろそろ夕方に近いからかオレンジ色で変わらない風景。 いつだって変わらない風景の中、立ち尽していた悠里は鞄を握る手に力をこめると、長い廊下を走り出した。
またこんな場所で切ってすいません; 続きは鋭意製作中です。
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