「初めまして、俺は永瀬泰隆だよ。これからよろしく。」
笑顔で手を差し伸べてきた年上の男に悠里は躊躇いながらも差し伸べられた手を取るとただ頭を下げた。 「夏が本番!」だと良く言われる受験生の年。 あまりに呑気に構える息子を見かねた母がツテを探し見つけてきたのが『家庭教師』の泰隆だった。 周り中がぴりぴりしだした空気に耐えられず、またその輪に入るのも嫌だった悠里は断固反対を申し出たのに、母はとんとん拍子に話を進め、逃げられないところまで追い詰めた。 そしてやって来たのは人受けの良さそうな爽やかな笑みを浮かべるブルーのシャツにジーンズ姿の容姿の整った男、そんな泰隆を母は一目で気に入り、その後も彼が来る時は妙にめかしこんでいたのを覚えている。 「今までの復習から始めよう」と言われ熱い夏の日差しを横目に冷房のきいた部屋で始めた勉強は面白いほどにスムーズに進んだ。教え方が学校の先生の数段は上手かった。 それは一対一のマンツーマンだから当事そう思ったのかもしれないけれど、塾に通った事の無い悠里には他に比較対象はいなかった。夏が終わる頃には復習は完璧で受験対策に取り組み始めていた。 週に二、三回。二時間程度のそれで一年から今までの予習を進めたのだから、教え方は上手いに入るのだと思う。
夏が終わる頃から雑談も混じる様になった。 相変わらず他人行儀の悠里と少しでも馴染もうと考えた泰隆の狙いだったのかもしれないけれど、当事の悠里には泰隆の話は聞いた事も見た事もない未知の世界との遭遇の様で楽しかった。 そのまま進んで、受験終了と同時に礼を言って終わり。きっとそれが一番良かったのに、面白いほどに泰隆の話に引き込まれ、彼に傾倒していった当事の自分は世間を知らない本当に無知なお子様だった。 きっかけは一本のDVD。それは性に目覚めてきた年頃の少年達の間で一度は話題になるAVのDVDだった。 ぐるぐるとクラスの男子に回され、悠里の番になり持ち帰ってきたそのDVDは本当に偶然泰隆の目に留まった。
「・・・・・これ、何?」
「え?・・・・・・あっ、それ・・・・・友達に借りたヤツ!!」
持ち帰っただけで、まだ中身も確認していない悠里は休憩にしようと一息つきお茶を取り部屋に戻って来た所だった。 机の上、無造作に置かれていたDVDはパッケージはもちろん本体にも何も書かれてはいなくて手にしていた泰隆に悠里は焦った様に近づきながら呟く。
「友達?・・・・・もしかしてエロ系?」
「・・・・・知らないよ!まだ見てないし、それよりお茶飲もう!」
真っ赤な顔で頭を振る事で肯定している事に気づいてない悠里に泰隆は部屋を見回しある場所へと近づく。
「先生?」
「何も書かれてないって気にならない?・・・・・・何が入ってるのか楽しみじゃんか。」
にっこり、笑みを浮かべた泰隆はDVDの電源を入れると勝手に操作を始めた。
*****
「・・・・・あっ、ああん、あんっ・・・・・ああっ・・・・・・・!!」
画面から突然響いてきた甲高い嬌声に悠里は慌てて、リモコンを探しだすと、音量を下げる。 ほっ、と吐息を吐く悠里はクスクスと笑われ思わず顔を上げる。
「先生!」
画面の前に立ったまま動こうとしない泰隆に悠里はその腕へと手を伸ばす。
「これが最近の流行のヤツ?・・・・・まだ、異性も知らないのに、これ?」
低い呟きに伸ばしかけた手を止め、見上げる悠里の前、やっと泰隆は振り向いた。 相変わらず口元に笑みを浮かべているのに、目が笑ってない、そんな気がした悠里は近づく足音に思わず後ずさる。
「・・・・・・先生?」
「見ないの?・・・・・悠里が借りてきたのだろ?」
「僕は、今度で・・・・・今は、違うから・・・・・」
「何で?俺が見ていいって言ってるんだよ、ほら、結構えげつないのだから見てみろよ。」
言うのと同時に顔に手を伸ばされ画面へと向けられる。 背けた視線の隅に嫌でも映る画面では、始まった当初から繰り返される濃厚なSEXシーンが克明に映し出されていた。 まともに見る事も出来ずに悠里は硬く目を閉じる。
「AV初心者なのに、のっけから3Pなんて、いまどきの子は進んでるよね?」
耳元で笑みを混ぜ呟く声に画面から必死に逸らすために瞑った目を薄っすらと開いた悠里の前、二人の男に攻められ泣き、喘ぐ女の姿が映し出されていた。 画面とはいえ実写、中学生の悠里は異性の裸を見るのは初めてで、柔らかな胸に顔を埋める男を見てびくり、と肩を揺らす。体のある部分が熱を持つのを感じ、また瞳を閉じる悠里に背後からひっそり、と呟く声が聞こえてくる。
「もしかして、感じた?」
「・・・・・・っや、何・・・・・!!」
「確かめるだけ・・・・・・ああ、やっぱり、このままじゃ辛くない?」
「・・・・・っ平気、だから・・・・・・離して・・・・・」
背後から抱きかかえてきた泰隆から身を捩じり逃げようとする悠里の抵抗も虚しく、すんなり暴かれたズボンの前、下着ごしに触れてきた手の温もりに更にもがいた。
力の差は歴然としていたけれど、逃げないと更に酷い事になりそうだと本能が騒いでいたからこそ、もがく悠里を強引に腕の中押さえつけ泰隆は下着の中へと手を差し入れてくる。 初めて自慰をした時、悠里は快感よりも罪悪感を感じた、だからこそ、積極的にしようともしたいとも思わなかったのに、その時の感覚が蘇ってきて悠里は唇を噛み締める。 自分と違う他人の手、すっぽり収まるぐらいに大きなその手にやんわりと包まれ、優しく扱かれる。 熱がある部分に更に溜まり、悠里は唇を噛み締め直すとふるふると緩く頭を振る。 何度も行き来するその手に導かれ悠里の意思とは関係ないと言わんばかりに育つ欲望を目を閉じていても感じる。 熱が更に溜まり、今にも吐き出さないばかりに、膨れ上がりそうで、悠里は自分を抱きかかえる腕へと必死に縋りつく。
「・・・・・んっ、やぁ・・・・・」
「イけよ、イっちゃいな、ほら!」
緩急をつけて握り締める手と低く囁く声に、悠里は溢れだす熱の奔流に頭の中が真っ白くなっていくのを感じる。 微かに息を吐く悠里はやっと重い瞼を押し上げ瞳を開く。 大きな掌に零された白い液体に顔が赤くなるのを止められない。
「・・・・・もしかして、悠里、抜いてない?」
「抜く?・・・・・・ごめんなさい、何か、拭くもの・・・・・」
辺りを見回し何か拭くものを探す悠里は泰隆の言葉が上手く理解できない。 そんな悠里に泰隆は浮かべた笑みをそのまま、立ち上がろうとする悠里へと腕を伸ばした。
「・・・・・先生?」
「やばい、お前。俺、いけない先生になりそう。」
背中に押し付けられた唇が動く度に一度は醒めた熱がまた再燃しそうな感覚を覚え身動いだ悠里をしっかり抱きしめたまま泰隆は呟く。いつのまにか終わっていたDVD、それに気づく事もなく悠里は抱きしめる腕に力をこめる泰隆に困った様に眉を歪めた。
*****
「・・・・・沢、滝沢ってば!!」
「え?・・・・・ごめん、呼んだ?」
「呼んだ?じゃねーよ、で・・・・・どうする、一緒に帰るか?」
目の前の友人の言葉に悠里は慌てて頷くと先に歩き出す夏の背を追いかける。 どうして?疑問だけが渦巻く現状を憂い、どんな風に泰隆と関わっていたのかを話す事を考えていたのに、どうしてあんな事を思い出したのか悠里は一人首を傾げる。 今でも自慰には罪悪感が付き纏う。 終わった後の空しさ、吐き出した白い液を見るだけで自分の中から出てきたものに嫌悪を覚える。 ちらり、と伺う夏は普段と変わらない。 アレを抜きに話すなら無難に『家庭教師』と『教え子』の一言で良いはずなのに、それだけじゃ、どうしてメールアドレスを教えるほどの仲なのか突っ込まれたら何も言えなくなる。 その後の交流なんて何にも無かったのに、変えなかったメールアドレスに今更、自分の未練が感じられる。 遊びを知らない子供に興味津々だった男に弄ばれたなんて言ったら目の前の友人は何と答えるだろう。 一度は飽きたそのおもちゃにまた手を出してきた男の真意も分からない。 遊びだと知らないまま溺れた先にあったのは絶望で、あの頃の事は今でもあんまり思い出したくなかったのに、悠里はそっと溜息を吐くと無言のままいつのまにかまた先を行く友人に気づき慌てて後を追う。 子供だったのだと理解する程大人にはまだなりきれていない悠里には泰隆の事はきっとずっと分からない。 だけど、同じ道は歩まない、まだ胸の奥病んでいる傷をそっと包みこみ、子供だって学習するのだと一人思う。 失敗するかもしれないけど、優しくされたらそりゃ少し期待をしてしまう、自分がいるけど、もう一度包み直した傷を思い出し、悠里は唇を噛み締める。
二度と同じ轍は踏まない、バカはしない。 経験は力にそして傷になる。 あんな痛みを二度も味合う気は無いのだと堅く心に誓い前を見て歩き出した。
今回はちょっぴり回想編です。 そして決意の章? さてさて次回はどうなる、ではまた次回。
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