「話があるんだ」 あの日そう言われてから卑猥な画の入ったメールが止みその変わりに近況のメールが送られてくる。 些細な日常の話とそれに付随した画、あまりに普通なそのメールに返事を返すべきか迷ったのは一度や二度ではなくて、気になったメールに思わず返した言葉には律儀にその返答だけが返ってきた。 あの教室にも今は呼び出されること無く、泰隆と再会する前の日常が戻り悠里は逆に戸惑っていた。 同じ学校という空間の中、廊下でばったり顔を合わせても相変わらず取り巻きに囲まれている泰隆は悠里に何かいう事は無かった。何がどうなっているのか分からない日々、どうすればいいのかも分からないまま、相変わらず曖昧な自分にも、あの日からご無沙汰なのに日常のメールだけを淡々と送ってくる泰隆にも、日々戸惑いだけが降り積もっていた。 喜ぶべきところなのに、何故か不安が付き纏い、素直に喜べないのは送られてきた卑猥な画の行方が気になるからだと自分を納得させた悠里は泰隆の近況が送られてきたメールを眺めながら一人やっぱり尽きない溜息を零した。
「溜息最近多いな、幸せが逃げるんだってよ?」
上から降る声に顔を上げた悠里は目の前に突き出されたジュースを思わず受け取る。
「ありがとう。」
ゆっくり、と笑みを浮かべる悠里に自分もジュースを一口飲んだ夏は前の席の椅子を引くとそこに座る。
「で、何があったのかまだ言う気ない?」
「へ?」
「ごまかすなよ!・・・・・最近の滝沢まじでおかしいって。暇があったら携帯気にしてるし、もしかして彼女が出来たとか?」
「・・・・・違うよ、彼女なんていない。だけど・・・・・今は、言えない、けど・・・・・心配かけてごめん!!」
眉を歪め困った様な笑みを浮かべる悠里に夏は釣られた様に笑みを返す。 頑なに何も言おうとしない悠里に肩を竦めるけれど夏はそれ以上困らせる事なく話題を変えようと話を切り出した。 夏に心配させているのに悠里はどうしても話をして良いとはまだ思えなくて内心深く頭を下げながらも切り替わった話に頷きだした。
*****
ピロピロピロ。 着信音に愛着が無く規定音が机の上鳴りだして悠里は携帯へと手を伸ばした。 相変わらずの定期便の日常メールを開きながら悠里は泰隆と話をしないと、と思う。 前に進む事も後ろに戻る事すら出来ない中途半端な今の状態から脱しないといけない、何を考えているのか分からない泰隆と話をしないと。できるだけ円満に話が出来る事を祈りながら新規メールを悠里は作成し始めた。
「呼び出すなんて珍しいね。」
呼び出した時間より少し遅れた泰隆の発した声に外を眺めていた悠里はびくり、と肩を奮わせ振り向いた。
「すいません、忙しいのに呼び出して、ちゃんと話がしたくて。」
近づいて来る泰隆に体ごと向けた頭を軽く下げ口を開くと、悠里はそのまま合わせていた手を握り締め、唇をきゅっと噛み締めると傍に来た泰隆の顔を見上げる。
「何の話?・・・・・あまり良い話、じゃない?」
悠里の真剣な態度に泰隆は口元に常に浮かべている笑みを一瞬崩したけれど、小首を傾げ伺う様に悠里を覗き込むその顔にはまた笑みが浮かびあがっていた。 口火を切ろうとしない悠里、面白そうに笑みを浮かべたまま伺う泰隆は何も言う気がないのかただ立っている。 外から廊下から聞こえる遠い声、部屋の中を占めるのは妙に響く互いの息遣い。 こくり、と唾を飲み込んだ悠里は手に更に力を入れ口を開いた。
「・・・・・俺・・・・・先生との事、もう止めたいんです。」
搾り出した声は擦れて少しみっともなくてコホン、と咳払いを途中で入れると悠里は泰隆を見上げたまま口を開いた。 前に進むためには避けては通れない、いつまでもずるずると引きづるからおかしくなるんだと悠里が一晩考えた結論を口に出しても泰隆は何も変わらなかった。
「あの、先生?」
戸惑いながらも反応を確かめる悠里の前、泰隆はただ笑みを深くすると向けた目を少しだけ細める。
「聞こえているよ。俺との事止めたいって、悠里はじゃあこれはもうどうでも良いんだ。」
頭を振り、ズボンのポケットを探り取り出した携帯を操作しながら泰隆は悠里の目の前で幾つかの画を展開させながら口元に笑みを浮かべる。顔色を失くし後ずさる悠里の腕を掴んだ泰隆は力まかせに彼を引き寄せる。
「悠里の意見なんて聞いて無いよ、これは取引だろ?・・・・・違う、か。一方的な脅迫か・・・」
「・・・・・どうして、こんな・・・・・」
「悠里の意見なんていらないよ。止めたい時は俺が言う。お前は俺に従ってればいいんだよ、それが脅迫する者とされる者の関係だろ?」
腕をきつくきつく更に力をこめながら掴んだまま耳元へと告げてくる泰隆に悠里は泣きそうに顔を歪める。
「それが正しい関係、だろ?」
言いながら引き寄せた首筋へと唇をつけてくる泰隆にぶるり、と身震いしたけれど捕まれた腕から伝わる痛みに悠里は諦めた様に瞳を閉じる。ちりり、と微かな痛みが走る首筋を熱く濡れたものが這い悠里はきつく唇を噛み締めた。
がたがたと揺れる机の上、がんがん打ちつけられる熱を逃したくて悠里はふるふると頭を振る。 漏れないように閉じた唇を噛み締めすぎたせいか、真っ白になりかけている口へと触れてくる泰隆から逃げようともがいてはみるけれど、押さえつけられた悠里は自由に身動きひとつできずに囚われた唇はこじあけられ、割れた隙間から舌が入り込み歯列をなぞり、縦横無尽に口の中を動き回る。 溢れた唾液が口を伝い机の上へとぽたぽたと音を立て零れ落ちても泰隆はキスを止めようとしない。 舌が絡め取られ、息苦しくて呻く悠里を更に深く味わいながらも泰隆は下肢を動かすのも止めない。 ぐちゃぐちゃと擦れ合うたびに聞こえる下肢から聞こえる水音、どちらの唾液とも分からないほど混じりあい、ぽたぽたと落ちる唾液の音、混ざりあう水音、耳を塞ぎたくなるくらい卑猥な音に囲まれ、飲み込まれそうになる心を必死に支えた悠里は固く瞳を閉じたまま、体の奥襲ってくる熱を堪えていた。
*****
「バカな考えを持ち出さないように次からは見せられない画を送るよ。楽しみにしててよ。」
机の上、乱れた格好で横たわっていた悠里の姿を携帯で映しながら嬉々とした声で告げる泰隆に何の反応も示さないまま重い瞳を閉じた悠里に泰隆はそれ以上声をかける事なく部屋を去っていった。 ぴしゃり、と閉まる扉の音に堪えきれず零れた涙をそのまま悠里はやっと起き上がる。 ふらふらする頭を抑えながら、身支度を整えた悠里は一度は優しくしてくれた泰隆に甘い期待を抱いていた自分がいたことに気づききつく唇を噛み締める。 「脅迫する者」と「脅迫される者」そんな関係でしか無いし、そうとしか思われていない自分が情けなくて溢れてくる涙をそのまま、床へと座りこむ。どうしてこんな事になったのかそれすらも思いつかないまま暫く悠里はそこから立ち上がる気力さえ湧いてこないままでいた。窓の外、入り込んでくる夕日に気づいた悠里はやっと立ち上がると、その場から歩き出す。逃げられない、ソレだけが胸の奥を占め泣き出しそうな自分を抑えこみ重い足を前へと進ませる。
どうしてこんな事になったのか、何度考えても見つからない答え。 卑猥な画が添付されたメールはあの日の夜から復活した。 着信音が鳴る度に躊躇う自分を他の誰にも悟られないように気を張っている悠里は疲労が溜まっていくのも分かっていた。それでもどうしたらいいのか分からない、あの部屋に呼び出され、泰隆を見ても悠里の中にあるのはただ恐怖だった。触れ合うたびに熱くなる体、触れ合うたびに冷たく凍りついていく心。 もう話しかける勇気すら残ってない悠里はただ無言のまま従順に泰隆へと従う。 いつか彼が自分に興味を失くすその時まで、もう何の期待も抱かないように、それだけを心に思い悠里は今日も呼び出されたあの教室へと向かう。足を止め、心と裏腹に行為を思い出し熱くなる体を抱きしめると、悠里は溜息を零した。
ノックをした後、返事も聞かずに入り込んだ教室に人の気配はなくて悠里は携帯を取り出すとメールを開く。 用事も都合すら構わず呼びつけられるそのメールをもう一度確かめた悠里はまだ来ていない人がこのまま来なければいいのに、と思う。
「滝沢?・・・・・珍しい場所で会うじゃん、何か用事?」
「・・・・・伊藤?どうして、ここに・・・・・」
「ああ、資料を届けに。化学室近くだろ?滝沢見かけたからつい、ここにね。」
屈託の無い笑みを浮かべて話す夏に悠里は内心溜息を零しながらも笑みを向ける。
「人待ちなんだ。ここで会う約束しててさ。」
自分はちゃんと笑っているのか自身は無いけれど、一応の真実で嘘は言っていないと内心思いながらも答える悠里に夏は納得したのか頷いてくる。
「で、滝沢の待ち人は?」
「うん。・・・・・まだ、みたいだけど、何?」
にんまり、と意地の悪そうな笑みを向けてくる夏に悠里は困った様に眉を顰め小首を傾げる。
「彼女?・・・・・いないって言っといて、本当はいるんじゃねーか?」
腕で腕を小突いてくる夏に悠里は笑みを浮かべたまま頭を振る。 否定しとかないと、延々とソレをネタにからかわれる先が見えているみたいで必死に頭を振る悠里を夏は疑わしそうに見つめてくる。
「本当にいないって、呼び出されたのも先生だし!」
「先生?」
「・・・・・そう。永瀬先生だよ、実は黙ってたけど、あの人顔見知りだから。良く呼び出されるんだよ。」
「まじですか?・・・・・うわぁー以外な事実。」
本気で驚いている夏に苦笑で返した悠里は内心溜息を零した。 事実だけど、言っていいものか悩んだのに、あの事がばれなければそれで良いかとも思う。
「だから、待ってる人分かったらもういいだろ?」
目線で帰れと促す悠里に夏は肩を竦めると部屋を出て行きかけ立ち止まる。
「伊藤?」
「待ち人が永瀬先生なら、まだ来ないよ。あの人、呼び出されてたから。」
「・・・・・誰に?」
「うちの副担に。・・・・・ほら、永瀬先生、一応俺らの学年主任の補佐じゃん、だから・・・・・結構長くかかりそうだけど?」
夏の言葉と同時にポケットで鳴りだした携帯に目を向けた悠里は躊躇う事なくソレを取り出した。 メールは泰隆から、案の定「今日は帰れ」そんな内容の言葉にまだこちらを見ている夏と目が合う。
「中止になったみたいだ。お断りのメール・・・・・」
メル友?そんな視線で見つめてくる夏に悠里は曖昧な笑みを浮かべる。 どこまで話せばいいのか、どこから話したらいいのか、そんな疑問が渦巻く中、悠里は夏へと一歩ずつ近づいていく。 今、現在進行形で自分を悩ませているその事に触れないように泰隆と自分の関係を巧く言い現せる言葉を考えながら。
たいした進展なくてすいません; 何か堂々巡りの気が、それと私本当に脇役好きです。 男同士の友情は良いですよね〜♪
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