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家に帰っても、もう二度と会う人じゃないと思っていたのに涙は止まらなかった。
そう簡単に涙は枯れない事と、そんな簡単にこの思いを忘れる事は出来ないとあの日思い知った。
全て夢だと信じていたくて、何度も携帯を覗いて連絡を待ったのに、その後一度も来ない連絡を今度はただ待ち続けるのが怖くなり携帯を変えた。
もう二度と二人顔を会わす事もないのだと信じていたのに運命なんて今もまだ信じないし、神様を信じる程殊勝な人間でもない悠里は今、誰を何を恨めばいいのか本当に分からなかった。

「俺には用はありませんから。」
あれから何度も呼び出しをしてくる男からの伝言を無視した悠里は逃げる様にその場を走り去る。
もう一度二人きりになればあんなものじゃ済まされない、そんな気がしてならなかった。
忘れていたと思っていたのに、本当は全然忘れていなかった彼の温もりや匂いを頭を振り追い出した悠里は立ち止まった階段の隅へと一人、座りこんだ。
「いた!何やってるんだよ、そんな所で。」
友人の声が上からして思わず顔を上げた悠里の傍へと近寄る顔が安心したような笑みを浮かべる。
「ごめん、ちょっと、ね。・・・・・それより、何?」
「次は移動だってさ、ほらこれ。持ってきてあげました。俺って何て偉い!」
「はいはい、ありがとう。」
手に持つ教科書の束から見覚えのある筆記具と教科書の一式を渡し、偉そうに豪語する友人から有り難く自分の分を受け取った悠里はおどけたように答えを返す。
「心がこもってませんが?」
「こめてるよーー!ありがとう、友よ!」
歩き出した悠里の後からぼやく声に足を止め振り向くと、驚く友人へと笑顔を向け、少しオーバー気味に礼を告げる。
そんな悠里に友人は苦笑を浮かべると、肩を並べてきてそのまま別の話へと飛んでいった。

黙ってその話を聞きながら悠里は笑みを浮かべ、一時の不安を少しでも軽くしてくれた友人の大切さに内心心からの感謝の念を伝えた。
当然通じるはずのないその念に気づきもしない友人はまだ話を続けていて、悠里はただ笑みを浮かべた。


*****


「今日こそ呼び出しには応じてもらおうと思ってね。」
悪気はないんだと肩を疎めるとそう呟いた泰隆を悠里はただ無言で睨みつける。
泰隆の存在を疎むように眉を顰める悠里に泰隆は苦笑を零すとそのまま少しだけ距離を縮める。
「その態度は仮にも教師の俺にするもんじゃないよ。」
「・・・・・・何の用ですか、今更・・・俺に。」
距離を詰めた分だけ後ずさりながら呟く悠里に泰隆は笑みを浮かべたその顔を崩す事ないまま口を開く。
「こんな場所で立ち話もなんだから、移動しようか?」
廊下で立ち話をしている二人に向けてくる視線が少しづつ増えてきたのに気づいた泰隆の声に悠里は今すぐにでも断りたい思いをぐっと抑えこんだ。
まさに計画的としか言えない目の前の男を睨み付ける事は忘れなかったけれど、誰もが見ているこんな場所で拒めるほど悠里は反抗的な生徒をしているわけでは無かったから渋々と先に歩き出した泰隆の後をついていく。
二人きりになれば何をされるのかも分からないけれど、こんな場所で長々と話すのだって悠里にはいい迷惑だった。

泰隆の専門教科は『数学』更に新米の彼に自由にできる教室なんて数える程で通されたのは教材準備室という名の新米教師の小さな個室だった。
小さな部屋に不釣合いな程の大きな窓があり年代モノの古くて大きな机が部屋のほとんどを占めている、そんな狭い部屋の窓の傍に立った泰隆を見つめながら悠里はゆっくりと部屋の中へと進んだ。
扉を閉める音が静かな部屋にやけに響き、緊張で溢れ出る唾液を悠里はこくり、と喉を鳴らし飲み込む。
「何の用、ですか?今更・・・・・俺に・・・・・」
部屋に入ると一言も話さないままじっと窓の傍に立つ泰隆へと視線を向けたまま言葉を待っていた悠里は沈黙に耐えきれずに口を開く。
漏れだした擦れた声に内心舌打ちをしながらも悠里は視線だけは真っ直ぐに向けた泰隆から放さない。
その視線には気づいていたのか泰隆はやっと顔を向けてくるが、その顔に浮かぶ笑みに悠里はきつく眉を顰めると目を細め睨み付ける。
「久々の再会なのに、この間と言い、随分な態度だよな?」
「-------っ!!あんたが俺にした事を俺は忘れていない!!」
やっと口を開いた泰隆の軽い言葉に悠里は唇を噛み締めると更にきつく睨みつけたまま言葉を吐き出す。
何も知らない、そんな顔で自分を見て来る男に腸が煮えくり返りそうなのを必死に抑える為に拳も握り締める。
「・・・・・した事?あんなの良くある事だろ、それに、お前は何も言わずに受け入れただけだろ?」
やれやれ、と肩を揺らす泰隆に悠里は更にきつく拳を握り締めると唇も噛み締める。
そんな悠里の様子に気づいているはずなのに泰隆はくくっと笑いを零した。
「・・・・・何がおかしい?」
怒りで目の前が暗くなりそうなのを必死で堪え睨み付ける悠里に尚も泰隆は笑みを向けてきた。
「前言撤回しとかないと、この前のアレ。・・・・・少しは大人になったと思ったけれど、まだまだ子供だよね。」
そう呟く泰隆に悠里は頭の奥が白く霞むのを感じた。同時にぶつり、と何かが切れる音が確かにしていた。

ぎりぎりと両の手首を握り締め大きな机へと押し付けられる。
それでも睨み付ける悠里に泰隆はにやり、と唇の端を歪め笑みらしきものを浮かべるけれどその目は笑ってはいない。
「教師が生徒に暴力を奮うと『体罰』、なら逆は?真面目で目立たない生徒の乱心に教師も生徒も親もびっくりするだろうな。」
「言いたきゃ言えよ!!あんたは俺を侮辱した、あんたと会わない生活ができるならそれこそ本望だよ!」
更に堅い机へと押し付けられた両手が痛い、それだけしか思い浮かばないまま悠里は視線を逸らすと吐き出す。
それなのに更に体重までかけられ、上から圧し掛かられて悠里はただ呻く。
「そんな事、俺が認めるとでも?ねぇ、悠里・・・・・俺は会えて良かったと言ったよな?恋人は、好きな人はできた?・・・・・その体が疼いて日々辛かったんじゃないのか?」
耳元へと囁いてくる低い声にびくり、と体を揺らしもがく悠里に泰隆は笑みを浮かべるとそのまま顔を近づけてきた。
「久々に会った元恋人に対する態度が酷すぎると思わないか?俺はこんなに友好的だったのに。」
内心どこが?と思いながらもがく悠里に泰隆は更に顔を近づける。
「折角会えたのに、放す男がいると思うか?」
呟くと同時に唇を奪う男に抵抗を止めた悠里は呆然と目を見開き泰隆を凝視する。
何をされているのか分からない、意味すらも分からない、疑問だけがただ頭の中を渦巻く悠里に構わず泰隆は貪るようなキスをしてくる。
まるで、久々に会った恋人同士がするかもしれないまるで食べられているかの様な濃厚なキスを。


*****


机へと縫いつけられた両手を戒める力は圧し掛かられた事で更に増している。
抵抗を全く許さない程戒められたまま、深いキスをされ、息継ぎすらまともに出来ずに、溢れ出した唾液をだらだらと口の端から零した悠里は目を見開いたまま立ち直る隙も与えられずにただ唇を犯される。
さっきから頭の中を渦巻く疑問が次から次へと積み重なり、巧く状況判断すら出来なかった。
深く差し込まれ怯える舌を絡め取られ口の中を好き勝手に蹂躪され、空いている片手で体へと触れてくる泰隆にただされるがままになっている人形の様な姿の悠里にやっと唇を離した泰隆は笑みを浮かべる。
「抵抗しないと続けるよ、いいのかな?」
声すら遠い、ぼんやりとした悠里の目にうつるのは先ほどまで深く繋がっていた証拠を見せつけるような赤く濡れた唇。
そんな悠里に泰隆は笑みを深くするとまたしても顔を近づける。
奪われる唇、濡れた音がやけにリアルに耳へと響き、それでもまとまらない思考にぐるぐると悩まされる悠里の首筋に泰隆は深く吸い付く。
びりっ、と走る痛みにやっと身じろいだ悠里はいつのまにか外され自由になっていた両手に気づき、泰隆を押し返そうと手を伸ばした。
悠里よりも泰隆は頭一つと半分だけ身長が高い。
再会して自分は成長していたと思っていたのにその差はやっぱり埋まっていなかった。
押し倒されて、彼を押し返す力も無い自分に情けなくて涙の一つでも零れそうなのを堪え歯を噛み締めた悠里は肩へと触れた手に更に力をこめる。

「無理でも逃げたい心境は伝わってくるけど、諦めたら。」
苦笑を浮かべた泰隆はそのまま肩に置かれた悠里の手を気にする事もなく首筋から胸元をそっと撫でる。
「あんた、ここをどこだと・・・・・」
びくり、と体を揺らし怯えた目で見上げる悠里に泰隆は笑みを深くする。
「学校。大声出せば人が来るよ。」
胸元へと顔を摺り寄せ呟く声に悠里は唇を噛み締めた。
シャツの中へといつのまにか差し込まれていた手が胸元の突起へと触れ体を更に揺らす悠里に泰隆は笑みを浮かべるとシャツの上から触れていないもう片方の突起のある場所へと唇を寄せてくる。
今更だけど最後の足掻きの様に身じろいだ悠里の体を体で器用に抑えこんだ泰隆は顔を上げるとそのままゆっくりとシャツのボタンを外し始めた。

声を出せば確かに人は来る、だけどこんな姿を見られたくないそうも思う。
唇をひたすら噛み締めた悠里は背筋を伝わる、額に浮かぶ冷や汗にびくり、と身を奮わせた。


ちょっと酷い相手かも、と思っても止まらないのですよ。
やばい妄想が頭の中渦巻いているのですが、果たしてそれはやばいのかな?
次はもう少し進展したいですね。

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