寄せては返す波の音だけが耳に響く。それなのに、人を探し懸命に辺りを見回す自分の気持ちはかなり焦っている。 さっきまで確かに聞こえていたはずの泣き声は確かにこの辺りから聞こえたはずなのに、人一人見当たらない周りをじっと目を凝らし眺めたまま立ち尽くし、思わず唇を噛み締める。 間に合わなかった自分を今更悔やんでみてもしょうがない、そんな事は分かっているけれど、もう一度周りを見渡し、再び走り出す。 やけに耳につく波の音が耳障りで頭を振ると来た道を戻るわけでもなくひたすら進む。何かに急かされているかの様に。
「カイチ」
名前を呼びかけて初めてシマは寝息が聞こえてくるのに気づいた。 あれだけ悩んどいて、床にごろり、と横になったそれだけですんなり寝れるカイチの特技だけは未だに健在らしく、シマは静かに近づく。 やっぱり寝ているらしく、近づいても一向に起きる気配は無い。微かに溜息を吐いたシマは朝から敷きっぱなしだった布団に寝せる為にカイチを抱き上げる。その間も起きる気配は無く、布団に置いた途端にころり、と顔に当てた手を外し寝返りを打つカイチにシマは苦笑するとそっと顔を覗きこむ。 眠っている時も起きている時の印象もカイチはあまり変わらない。小さな頃から、持っている雰囲気がほんわかとしているせいなのか、鈍くさい子に見られたし、その通りかなり鈍いのも否定できない、と思いながらもシマは汗で額に張り付いている髪を取るため手を伸ばした。 相変わらずふわふわの猫ッ毛、起きている時は大きく開いている目が閉じられ、長い睫毛がふわふわ、と揺れる。 童顔だ、日に焼けない、男らしくない、と常日頃から喚いているけれど、カイチはこのままで良い、と思ってしまう。 すぐ間近まで顔を近づけた瞬間今の今まで起きる気配さえなかったカイチの目がぱっちり、と開かれた。
「・・・・・起きたんだ・・・・・」
「何を? また人の寝てる間に何かしようとした?」
慌てて飛び起きたカイチは自分の服が乱れていないのか必死に眺めながら喚く。そんなカイチの叫びに顔色一つ変えないシマは微かに溜息を零した。
「無反応よりも反応ある方が楽しいだろ? そんな無粋な事はしないよ」
「・・・・・寝てたら無視して良いから、触るな!」
「酷いな、オレがここまで運んだのに、その反応 冷たいな、カイチ」
「何もしないって言えないシマが怖いんだよ!」
「だから、反応ない時はしてないって、いい加減、人を信じる事も覚えろよ!」
「・・・・・・前例あるヤツに言われたくない!!」
淡々と告げるシマの声と正反対にカイチの声はどんどん大きくなる。ついには布団から起き上がりシマへと指を向け言い切るカイチにシマは微かに苦笑を浮かべると肩を竦める。
「じゃあ、起きていたら何をしても良い?」
言いながら近寄るシマにカイチはびくり、と肩を震わせ思わず後ずさる。だけど、とん、とすぐにぶつかる壁に阻まれそれ以上後ろにいけないカイチにシマはずるずる、と更に近づいてくる。
「・・・・・シマ?」
「言っただろ? 反応ある方が好きだって!」
ついに目の前に迫る顔、そのまま笑みを浮かべたシマが近づいてくる。 話す吐息が髪にかかり、カイチは唇を引き結び、床に着いた手を思わず握り締める。 体中を緊張で硬くしているカイチに微かに笑みを深くしたシマは更に顔を近づける。そっと触れ合う唇、すぐに離れるから、安堵の息を吐いたカイチの視界は次の瞬間90度変わって、目の上には天井が見えた。
「シマ! ちょっと、待って・・・・・」
「起きてるならOKだろ? 自分の家じゃないから、遠慮してたのに期待されてるなら答えなくちゃ、だろ?」
真上から見下ろし、にっこり笑みを浮かべるシマにカイチは微かに頭を振るけれど、顔を手で抑えたシマが上に跨ったまま再び唇を覆う。今度は軽く触れるだけなんて可愛いものではなかった。
くちゅり、と唇が離れるたびに濡れた音が響き渡る。 最初はしっかり引き結んでいたはずの唇はすでにシマの舌に押し開かれ、口の中も唾液で溢れ、飲み込みきれない唾液が唇の端からたらたらと零れ落ちる。それも舐め取られ、執拗なほど何度もキスを繰り返される。
「シマ! 待って、って・・・・・・」
「待てると思う? オレはもう止まんないんだけど・・・・・」
「・・・・・・あの、オレ・・・・・夢見た!」
「はい? 後で聞くから、もう我慢も限界なんだよ!!」
押し留めようとするカイチにシマは頭を振ると叫ぶと同時に首筋へと噛みつくキスを繰り返しながら、服の中へと手を差し込んでくる。そんなシマにカイチは微かに息を吐くと、ただ胸元に移動したシマの頭を撫でた。
*****
初めて体を繋いだのは中学二年の夏、今よりももっと暑くてだらけていたあの夏、シマの部屋だった。 性への関心も薄かったカイチはいきなり組み敷かれ有無を言わさずに奪われた、そう、奪われたがきっと一番しっくりくる。 その頃、すっかり成長期を終え、逞しく育ったシマと未だに発展途上なカイチでは雲泥の差。抵抗する間もなく押し倒され服を毟り取られ、気づけばベッドの上。あらぬ場所の痛みに呻くカイチを抱きしめシマは何度も顔中にキスを落としてきた。幼馴染の友人だったはずなのに、それだけじゃなくなったあの日から、シマとは何度も行為を繰り返した。それでも、彼女が欲しい、と思う。 間違ってる、と思う行為を止めるべきだったのにずるずる流されてきて今更だけど、彼女が欲しい。恋愛がしたい。好きとか嫌いとか、そんなセオリーを踏みたい。だけど、既に慣らされているのは分かっている。あれから何度も体を繋ぎ、キスをした。体の一番奥深くにシマを受け入れる、そんな行為を初めて体を繋いだあの時から、数え切れないぐらい、もう両手、両足の指を足しても足らない程に。それでも。
「カイチ、集中しろよ・・・・・ほら、こっち向いて!」
「・・・・・やっ・・・・・そこ、だめっ!」
「ウソツキ! ここは喜んでるよ?」
飛んでいた思考を強引に顔を引き寄せ告げるシマに覚醒され、カイチは思わず呻く。中で蠢くモノが最奥を突いてくるから、頭を振り逃げようとしたカイチは動いた途端にぐちゅり、と粘着質な水音がするのに肩を震わせる。真上から覗き込んでくるシマが笑みを浮かべたまま更に腰を揺らしてくるからカイチは思わず唇を噛み締める。
「声、出して良いのに」
耳に吹き掛ける様に囁くシマにさらにぶるり、と身を震わせたカイチは噛み締めた唇に力を籠めると緩く頭を振る。最奥を緩慢な動作で突きながら笑みを浮かべたシマはそんなカイチに触れるだけのキスを何度も繰り返しながら、少しづつ、動きを早くしていく。 今にも零れそうな声を抑えこみ、カイチは濡れる音が更に大きくなるのに耐えながら、シマへと手を伸ばす。 すぐに手を取り、抱きしめながらも律動を繰り返すシマの腕に縋りついたままカイチは濡れて粘つく息を大きく吐きだした。
ずきずき、と相変わらず事後には怠さも伴い痛む腰を幾分すっきりした顔だけど、半分は申し訳ないそんな曖昧な表情を浮かべたシマが緩く何度も撫でてくれる。カイチはそんなシマに一度視線を向けるとすぐにうつ伏せのまま重くなりそうな瞳を眠りという誘惑のままに閉じようとしてからびくり、と体を揺らす。 「カイチ? どこか痛かったか?」
「・・・・・じゃなくて、シマ、俺夢であの子に会った」
「は? あの子って誰だよ!」
腰を撫でる手にいきなり力を入れ面白くなさそうな低い声で呟くシマに痛みに顔を顰めながらカイチは「痛い」と喚く。そんなカイチにシマは腰を撫でるのを止めると隣りにごろり、と横になり目を合わせてくる。
「お祭りの時の子だよ! 何の勘違い?」
「・・・・・お祭りって? ああ、あの・・・・・でも、何でカイチの夢に出てくるんだよ、なんだよ、それ!」
尚もぶつぶつと文句を呟くシマにカイチは微かに息を吐く。話が進まないから、カイチは未だにぶつぶつ、呟くシマへと顔を寄せる。
「俺の話聞いてくれる? それとも後にする?」
息を吹きかけ呟くカイチの少しだけ低くなった声にシマは思わず口を閉じるとふるふる、と首を振る。普段は温厚でいつもほやん、としているカイチが一度怒ると長い事を幼馴染であるシマは良く知っている。その前兆が少しだけ話す声が低くなったり、とか、目線が冷たかったり、とか。そんな時は何も言わず頷くのが最良だと長年の付き合いで分かりすぎるほど分かったいた。誰だって大事な相手には嫌われたくない、シマもその一人だった。こほん、と咳払いしてカイチは「あのね」と夢を語りだす。それは聞いているシマにとっても、話しているカイチにとってさえも現実味の薄い話だった。 災害で大事な人を亡くしてしまって探していたのか、事情は分からないし分かりたいとも思わない。何しろ、二人はここに住んでる人間でも無い。その時はこうだったんだよ、と話したカイチの夢の話、それだけで終わるはずだった。 ただの期間限定のバイトの二人にできる事は何も無い、だから夢の話もすぐ忘れよう。そう言うシマの声にカイチも頷いた。 だけど、生きていない人に会いその人の感情に流され夢まで見る、そんな事は初めての経験だったカイチはどこかでそれだけでは終わらないそんな予感がしていた。本当にそれだけでは終わらない、そんな事に気づかされたのは翌日の朝の事だった。
*****
元々観光客で賑わう場所だった。だから海の家や海の近くに作られたバイト先である民宿も繁盛した。 でも、一夜にして世界が大きく変わるというのはこういう事だと認識するのはきっとこんな時。別の意味で一躍この町は有名になった。 起き抜けにカイチとシマの耳に飛び込んできたニュースはとても現実味から離れたニュースだった。 朝早く海に白骨死体が打ち上げられていたのだ。 連絡を受けた警察がやって来た所から一気に有名になった町の至る所にはいつの間に来ていたのかマスコミがいて、海は遊泳禁止の旗が早々に立てられ関係者以外の立ち入りを禁止された。
「海かよ・・・・・何もこんな時に・・・・・」
「何かの符号になるのかな、あの夢が」
「・・・・・誰が信じる? 幽霊に会いました、感化されて夢を見ました、次の日白骨死体が海から上がりました。 笑えないジョークだろ?」
「シマ・・・・・俺、あの神社に行こうかと思う。 バイトも今日は中止だって言うし、行ってみない?」
マスコミが海に押し寄せて来て野次馬も多いその中での売り子のバイトはもちろん中止だし、海水浴は今の所禁止になっていて、お客も今日はいないだろうから、と通常人員で回せるから臨時の雇われバイトであるカイチとシマは突然の休みをもらっていた。 部屋の片隅でぐだぐだしていても損だし、天気は良いのだから散歩がてらに出かけようと思ったカイチの頭に浮かんだのはあの神社だった。
「また、あの子に会うかもよ?」
「昼間なら平気! それにシマもいるし、ね?」
頭を傾げ問いかけるカイチにシマは微かに息を吐くと立ち上がる。
「出かけるんだろ? 行かないの?」
「・・・・・行く!」
手を差し伸べ問いかけるシマの手を取り立ち上がり笑みを浮かべるカイチにシマはそっと再び息を吐いた。
祭りの後は完全に撤去されてはいなくて中途半端に片づけられた残骸があちこちの道の端っこに置かれている。そんな道を真っ直ぐに二人は屋根だけは薄らと見えている神社へと向かう。 夜は鬱蒼と茂った森は薄暗いイメージしか持たないけれど、神社へと続く階段を昇りながら見る木々は日を浴びきらきらと輝いている気がする。
「なんか、昼間は綺麗だよね」
「神社に続く道だから? 昼間は清浄な空気が流れてるのかもよ?」
歩きながらそんな事を話合い、本当にただの散歩の気分で神社が目の前にある階段を昇りきる。見下ろす景色はかなりの絶景と言え、思わず感嘆の溜息を漏らすカイチの横でシマも微かに相槌を打つ。森の向こうに続く街並み、青々とした海に点の様な人だかりができているけれど、それは景色の一部となっていて、見下ろすその感覚はまさに壮観だった。
「・・・・・で? いそうか、カイチ」
思わずひっそり、と問いかけるシマにカイチは辺りを見回し微かに首を振る。
「昼間はやっぱりいないもんじゃないのか?」
「・・・・・別に、そんな決まりは無いけど、もう少し奥に行ってみる?」
「はいはい、それで無理なら帰るぞ?」
「うん、分かってる」
歩き出しながら告げるシマの声にカイチはただ頷く。物語の様にすんなり事が進むわけない、と思っていてもシマだって微かに期待はしていた。カイチの夢まで占拠した幽霊に文句の一つでも言いたくなるほどシマの心は狭かったから。それにがっかりうなだれながら歩くカイチが少し心配だったから。見えないものを見るカイチは少しだけなんにでも感情移入しがちだ。出てこない事を本当は祈りながらもいざいないと分かったら、なんとなく面白くない気分が残っていてシマは思わず頭を振る。すぐにでもこのバイト先から離れたい、そんな気持ちがシマの中には育ってきていた。
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終わらなかったので急遽表示を変えました。 秋に幽霊話も何ですが、少し有り?と思ったのでこのまま書き続けます。 でも季節はもちろん夏のまま; 20101005
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