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 随分奥まった所まで歩いていたらしく、その先には道が見当たらなかった。 
「行き止まりだな、戻るか?」 
「・・・・・うん、そだね」 
呟くシマにカイチはこくり、と頭を振り返事を返すと促し先に歩き出すシマの後を歩きかける。 パキーン、と耳に響いた音、ぶるり、と背筋に悪寒が走ったカイチは歩き始めた足を止めると周りを見回す。 
「カイチ?」 
突然足を止めたカイチに気づき呼び掛けるシマの声が聞こえるけれど、覚えのある特有の違和感が消せないカイチは再び周りをぐるり、と今度はゆっくり、と見回した。 緑の木々の合間にぼんやり、と浮かびだした煙の様なものはは少しづつ人へと変わる。昨夜見た時よりも昼間だからなのか、曖昧で薄らとしてはいるけれど、昨夜と全く変わらないその姿をカイチはじっと見つめる。 緩く結んだ三つ編みは黒髪のおさげ、足元には下駄を履き、昨日は暗いから気づかなかったけれど、浴衣というより、着物に近いそれは、時代劇に出てくる人が着ているそれだ。 
「また会えたね」 
笑みを浮かべ呟くカイチにシマはやっと異変に気づき辺りを見回しカイチの視線の先も見るけれど、そこにはただ緑の森が広がっているだけで、そこにゆっくり、と近づくカイチをシマはただ見ていた。 
『あたしを呼んだのはあなた? あたし、行かなくちゃいけないの!』 
「・・・・・俺は君を呼んでいないよ。 だけど、君はここから出れない、違う?」 
微かに首を傾げ不安な瞳で問いかける少女にカイチは笑みを浮かべたままただ事実を告げるかの様に淡々と答える。 少女は一瞬泣きそうに顔を歪めると、カイチから視線を逸らし背を向けようとする。 
「待って! 君に聞きたい事はあるんだ! だから、行かないで!」 
『・・・あたしを呼んでいないのに?』 
「少しは望んだのかも、君は海と関係している?」 
『海?』 
苦笑するといきなり直球の言葉を紡ぎだすカイチに少女は微かに呟き首を傾げる。ふわり、と揺れる三つ編みのおさげ、そんな姿が彼女の幼さを一層際立たせる。 「そう、海! 君が行きたいのは海じゃないの?」 
笑みを深くしたカイチの言葉に彼女は不思議そうな顔のままじっとカイチを見つめてくる。 昼間だからなのか、今にも消えそうな彼女の姿はきっとシマには見えないだろうと背後に立ったままの彼へとちらり、と視線を動かしたカイチはすぐに目の前の彼女へと視線を戻す。 
『海に行きたいのかな、私? どこに行きたかったんだろう?』 
囁く様に呟くその声は今にも泣きそうに聞こえ、目の前にいる彼女の姿もその声に合わせるかの様に薄くなる。 
「君は海に行かなくちゃいけないんだよ! 君の探している人は海にいる、そうだろ?」 
畳み掛ける様に一気に告げるカイチに彼女は目を大きく見開く。その彼女を真っ直ぐに見つめたままカイチは一度大きく息を吸い込んだ。 
「俺が君を海に連れて行く、だから一緒に海に行こう!」 
手を差し出しにっこり、と笑みを向けるカイチに驚いた瞳をゆっくり、と細くした彼女はおそるおそる差し出されたカイチの手へと手を伸ばしてくる。何も見えていないシマはカイチのその声に慌てて名を呼ぼうと口を開きかけたその瞬間、カイチがぶるり、と体を震わせた。 
「カイチ?」 
「うん? ああ、大丈夫だから海に行こうシマ。 早く行かないと!」 
呼び掛けるシマに顔を向け笑みを浮かべたカイチはそのまま歩き出す。何が起こっているのか分からないまま早歩きを始めたカイチの後を慌ててシマは追いかける。
  
「カイチ?」 
「・・・・・彼女、ユキって言うんだって。俺の中で必死に話してくれてる」 
「中で、って・・・・・カイチ〜っ!!」 
「悪い子じゃないよ。それにあのままここにいても、ユキは何もかも忘れたまま消えていくだけだったから、たまたま出会っただけでも縁があったのなら何かしたいだろ?」 
のんびりと答える声に呆れたのか言葉が出てこないまま溜息を吐き出すシマに笑みを浮かべるとカイチは胸元をそっと抑える。 つたない言葉で自分の分かる範囲だけを話すユキの声と彼女が見せているのだろう覚えのない映像がたまに頭の中へと浮かんでくるのを言葉にはうまくできなくて、カイチは肩を落としたまま無言で隣りを歩くシマへと顔を向ける。 
「俺は大丈夫だから」 
「カイチの大丈夫が一番当てにならないんだって知らないだろ? それに俺にはお前を助けてやる事はできないよ、物理的ならともかく心理的なんて完全に未知の世界なんだから」 
「分かってる、けどシマは隣りにいるだろ?」 
「・・・・・いるだけなら、な」 
返す言葉もどことなくそっけないシマにカイチは笑みを深くするとそっと手を伸ばす。 
「いてくれるだけで、俺は大丈夫だよ」 
声を掛けてみてもシマは何も言わない。だけど、カイチが伸ばした手を何も言わないままぎゅっ、と握りしめてくれた。 そのまま、二人は山を下り、海への道を手をしっかりと繋いだまま歩き出した。 
  
***** 
  
人でにぎわってはいるけれど昨日とは全く雰囲気が違う。今朝の騒動のおかげで、パトカーやカメラを抱えた取材の人達、それを牽制するかの様に紐で括られた砂浜には野次馬だっている。 
「カイチ、海には近づけそうもないけど?」 
思った以上の人の群れにシマは前を見つめているカイチへと顔を向ける。 
「凄いね、どうしよう・・・・・そう、君が来たかったのはここだろ?」 
『ここは?』頭に直接響く声にカイチは瞳を閉じると空いている手で胸を抑える。戸惑う声、カイチを通して周りを窺っているのか沈黙が続く。 
「カイチ?」 
「・・・・・答えてくれない・・・・・どうしよう、海には近づけそうも無いよね?」 
辺りを見回し戸惑うカイチにシマも同じく周りを見る。人で溢れている場所が今朝一番のニュースで報道されていた白骨死体が流されていた場所なのだろう。警察の他にも専門家も読んだのか、それなりの人がいる。 
「シマ! 岩場の向こう、行けないかな?」 
「・・・・・その子が会いたいのは白骨死体かもよ?」 
「たぶん、違う気がする。だって、あれは・・・・・とにかく、向こう、行ってみようよ!」 
繋いだままの手を引き促すカイチにシマは肩を竦めると歩き出す。 ごつごつ、と迫り出した天然ものだろう足元が不安定な岩場を降りた二人は反対側とは正反対の閑散としている砂浜へと足をつける。 
「ねぇ、出てこれる?」 
胸に手を押し当て呟くカイチの目の前、ユキは神社で見た時よりも更に薄まった姿を現す。 
「ここが海だよ、何か感じる?」 
問いかけるカイチの声にも無反応なユキはじっと海を見つめたままだ。そんな彼女をカイチはじっと眺める。 
『ここに、あの人がいるの だから、私探しに来て、それで・・・・・』 
海を見つめたまま、ユキは小さな声で呟く。失った何かを探しているのか、思い出そうとしているのか言葉はすぐに途切れる。 長い沈黙に思わずカイチはシマへと目を向ける。 
「聞くなよ、俺には全く分かんねーぞ!」 
小さな声で呟き肩を竦めるシマにカイチは微かに溜息を零し、海を見つめたままのユキへと話しかけようと口を開きかけたその瞬間、一気に襲ってきた切れ端の様な映像の断片に眩暈を起こしその場へと崩れ落ちる。 
「カイチ!」 
慌てて駆け寄り抱き起そうとしたシマはカイチに触れた瞬間頭の中に映像が流れ込んでくる、そして今まで穏やかに凪いでいたはずの波が二人の元へといきなり押し寄せて来た。物凄い轟音と共に波に飲みこまれながらもシマはカイチの手を手繰り寄せる様に引き抱き寄せる。 必死にカイチを抱きしめたシマはぐるぐる、と凄い勢いで渦巻く波を見たそこで意識がいきなり薄れていくのを感じながらも抱えたカイチを更にきつく、ぎゅっ、と握りしめた。
  ぴちゃん、と落ちてくる水滴に薄らと目を開けたシマはぼんやりする視界に瞬きを繰り返す。頭がとてつもなく重くて、体も節々が悲鳴を上げるほど痛むのに首を傾げながらもなんとか起き上がったシマは手を繋いだままの相手へと目を向ける。 頭の中がいきなり鮮明になる様な気がしながら、ずっと離さないままでいた相手をそっと覗き込む。 顔色は少し悪い、だけど息をちゃんとしているのに胸を撫で下ろしながらもシマは隣りに横たわったままのカイチをそっと揺する。 
「・・・・・んんっ・・・・・・」 
微かに呻いただけで起きようとしないカイチにシマは軽く息を吐くと耳元へと唇を寄せる。 
「カイチ、カイチ! 起きろ!!」 
「・・・・・んーっ・・・・」 
呻き、薄らと目を開けたカイチをシマは覗き込み、頬を緩くつまむ。 
「・・・・・なっ、シマ?」 
「起きた? 起きなくても起きてくれ!」 
ふるり、と頭を振ったカイチは起き上がろうとして、初めて周りを見渡す。 
「ここ、どこ?」 
「知らない! 気づいたらここにいたんだよ、オレ等波に飲まれたはずだよな?」 
言いながら見渡す周りに海は無いなのに潮の微かな匂いと音はどこからか聞こえてくる。どこか、と聞かれても見たことの無い風景、見覚えの全くないその場所にカイチへと視線を写したシマは軽く肩を竦める。 辺りを何度も見回したカイチは記憶の端っこに引っ掛かる風景を見る。 
「・・・・・ここ、もしかして・・・・・」 
「何か思い当たるのか?」 
「えっと、ここ・・・・・あの子の居た場所じゃないのかな?」 
「居た場所って?」 
「生きてるあの子が暮らしている場所! あの木に見覚えある気がするんだよね?」 
言いながらカイチも自分の言葉が分かっていないのか、微かに眉を顰めながらも切り立った崖の上、ぽつんとある一本の木へと指を伸ばす。 
「あの木がどうしたって?」 
「・・・・・何か、見覚えある気がするんだけど・・・・・」 
全く見覚えも無い場所、いつまでもここにいたってどうする事も出来ない二人はカイチの指差す木へととりあえず歩き出した。家一つ見当たらない、舗装のされていない砂利道があの木へと続いてる、それだけ。人一人にも出会う事なく辿りついた木の傍、崖から見る景色に二人は思わず顔を見合わせた。 
「何だよ、ここ・・・・・」 
「・・・・・オレにも分かんないよ・・・・・」 
二人が見下ろした景色。そこには、見えなかったはずの海が確かに合った。あの場所からは見えなかったと思いながら検討をつけてここに来る前に居た場所を見てみると、海からやっぱりそんなに離れていない。 
「存在は感じた、けど海はあそこからは見えなかった、よな?」 
「うん、音も匂いもしたけど、視界を遮る坂になってるのかな?」 
「・・・・・このアングルだとこう、だから・・・・・」 
指で四角を作り、色々な場所で呟くシマにカイチはただ首を傾げる。 
「シマ?」 
「・・・・・ここ! ここから見る景色に覚えがあるぜ! 元居た場所の昔って当て嵌まるかもな」 
分からずに首を傾げたままのカイチの手を引き、シマは自分がいた場所へと立たせる。 
「わからない? 神社から見る下の様子が丁度こんな感じだった。向こうは森もあるから視界はこれほど良好じゃないけど・・・・・それなりに開拓されてるだろうし、全部同じとは言えないけどな・・・・・」 
耳元で呟くシマにカイチはこくり、と喉を鳴らした。 
「・・・・・じゃあ、ここは・・・・・」 
「生きてるあの子がいる、かも?」 
無言でこくこく、と頷くカイチにシマは視界に写る景色をぼんやり、と眺める。 ただ、バイトをしに来たはずだった。長い夏休みをどうにかしたい、そう思ってそれだけの為につてを探し訪れた場所だったはずなのに、ほんの半日で大きく世界が変わるのを感じる。 
「シマ?」 
訴える様に見上げる視線に溜息を一つ吐いたシマはカイチの手を引くと歩き出す。 
「元に戻るのもあの子が居てこそ、なんだろ? じゃあ、見つけてやろうじゃないか!」 
歩きながらやけになって叫ぶシマにカイチはただ笑みを浮かべ、引かれる手をそのまま隣りへと並ぶ。 
 - continue - 
 
おかしい、終わらない、ので、まだまだ続くので気長にお付き合い下さい。 履歴は「event」ページにしかのせませんので、気が向いたら来てみて下さい。のんびり更新していきます; 秋を通り越してもう冬です、すみません!! 20101217
 
 top back next(鋭意製作中) 
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