最近悲しい夢を見て目が覚める。
何がそんなに悲しかったのか、目が覚めると内容を忘れてしまうので上手くは言えないけれど悲しいそれだけが、澱の様に溜まっていくそんな毎日。
今日もそんな夢の内容は忘れていたのにただ悲しいとだけ思い出して、高見肇(たかみはじめ)は身を起こすと溜息を零した。
「夢見が悪い?・・・・・お前が?」
疑わしそうに肇を見ながら呟いた美咲識(みさきしき)はぷっ、と吹き出し笑いだした。
「失礼な男だな!僕だって夢くらい見るよ。」
むすっと唇を尖らせ抗議する肇にまだ笑いを堪えながらも識は「ごめん」と謝り上から下まで視線を動かし肇をじっと見つめる。
「・・・・・何?」
「あのさ、めちゃシリアスと似合わないよな、お前。」
ぼそり、と呟く識に眉を潜ませ口を開きかけた肇は近づく人影に口を閉じる。
「いた〜識!・・・・・あのさ、話があるんだけど、今良い?」
「あん?話って何の?」
「この間の飲み会でのアレ・・・・・ここじゃ、ちょっと・・・・・」
甘えた声で識に話ながらも肇をちろり、と睨む視線に肇は無言で立ち上がる。
「肇?」
「僕、行くから。ごゆっくり〜。」
「え?あ、おいっ!肇!!」
ひらひらと手を振ると肇は背後から戸惑う様に呼ぶ声を聞かないふりして足早に歩き出した。 胸がちくり、と痛んだ気がして胸をそっと抑えた肇は溜息を零した。
*****
「・・・・・・・・っ!」
がばりと毛布を押しのけ文字通り跳ね起きた肇は『ソレ』が夢だとほっとした瞬間、またもや『ソレ』が何なのか思い出せなくて溜息を零した。 考えるのを拒否したくてもとても眠れそうになくてベッドから降りると肇はタオルと着替えを手にバスルームへと向かう。 シャワーを浴び汗で濡れた服を着替えた肇は冷蔵庫を覗き込むと手前に置いてあるビールへと手を伸ばした。 ぷしっとプルタブを押し上げると泡の弾ける音がするビールをゴクゴクと飲み込み肇はほっと息を漏らした。 すぐに忘れてしまうけれど確かに悲しい---そんな夢を見始めたのは丁度一ヶ月前の事だった。
肇は今年で25歳になるれっきとした社会人の青年男子だ。 でも童顔が災いしたのか彼は年相応に見られた事は一度もなかった。 そして今どきの若者?なのに、染めてもいない黒髪を乱雑に伸ばし、レンズの分厚い黒い縁の眼鏡をかけた彼は周りの人間から常に敬遠される「オタク」又は「根暗」と影で呼ばれていた。 それでもそこそこの職場に働いてはいるのだが仕事は出来るのに人付き合いも悪いので評判も良くなく肇に近づいてくる物好きは社内一の人気者だと噂の同期入社の識だけだった。 識は出会った当初から珍しい程気さくに肇にも声をかけてくる、だから友達でいていいんだとどこかで甘い期待を抱いていた肇がいた。 そのラインが識には気づかれない様に断ち切られたのはあの日、識も周りの人と実は同じだと知った日だった。
「飲みに行こう」と誘われたからいつもよりも早目に仕事を終わらせた肇はいつもの様に喫煙ルームで待っている識を帰り支度を整え迎えに行った。 急いでいた足を止めたのは微かだけど数人の話し声が聞こえてきたからで、それは本当に偶然だった。 聞こえてきた一人の声が識だと気づき声を掛け様とした肇は足を止めそのまま呆然とその場へと立ち尽くした。 それは会社や職場の人間に対する批判で肇の事も話題に上る。 何とか我に返り誰にも気づかれない様に家に帰れたのは奇跡だった。 朝起きたら全てが夢だったなら、と思った程衝撃的なその事実に打ちのめされたのも事実だったけれど、「識も同じだ」と思ったのも事実だった。 友人面していた肇がバカだったのだと思い知らされても、その事を識に問いただす勇気も持ち合わせていなかった肇。 その代わりに出来た事は識の誘いには今後一切乗らない事、どんな些細な期待も抱かない------それだけだった。 識はただの同期でそれだけの関係だ、と。 期待する分裏切られるだけなのだと同じ事を何度も繰り返した肇だから。 ビール片手に溜息を零した肇は胸の中にもやつく得体の知れない苦い気持ちを苦い液体で流しこんだ。
「何で、先に行くかな、お昼一緒にしようって言ったじゃんか。」
「・・・・・ごめん、用事があったから。」
「じゃあさ、夕飯は?たまには食べて帰らない?・・・・・肇、この頃、付き合い悪いじゃん、な?」
「それも、ごめん。今日も用事があるし、どうしても外せないから。ごめん。」
頭を下げる肇の前、識は「わかった。」と低い声で呟くと離れていく。 遠ざかる足音にそっと溜息を零すと肇はたまっている仕事へと手を伸ばした。 毎日、懲りずに誘ってくる識の食事への誘いを断る回数を増やし始めてから、段々と不機嫌になる識に肇は申し訳ないと思いつつも、これで諦めて欲しいと思うのを否めない。 毎回用事をつくるのも気が引けるけれど、仕方無いと思う。 だってもう仲良くなりたいなんて思わないから。 いっそ、他の仕事仲間の様に用件だけしか話さない、そんな関係で良いのにとも思う。 面と向かって言えないのが肇の性格だけど、こんなに断っているのだから識にもいい加減諦めて欲しいと思う。 もう、二度と期待をさせないで欲しいから、早く肇は識を知らない今までの自分に戻りたかった。
*****
「話がしたいんだけど、・・・・・今日も用事がある?」
日増しに機嫌の悪くなってくる識だけど、今日もまた問いかけてくる彼に顔を向けた肇は内心溜息を零す。 いつになったら諦めるのか分からない男を見上げ肇は苦笑を浮かべる。
「ごめん。・・・・・帰りに寄る所があるから、そんなに時間ないんだけど、話早く終わるなら聞くけど?」
「・・・・・帰りながらでもいいから、話がしたいんだ。」
少し考えてそれでも言う識に立ち上がった肇は「帰りながらなら。」と承諾する。 二人揃って会社を出るともう、すっかり秋の風が肌を撫で肇は立ち止まると手に持っていた上着を着込み数歩先で肇を見る識へと近寄る。
「ごめん、外・・・・・寒くなってきたよね。」
戸惑いながらも話かける肇から顔を逸らし歩き出す識に肇はそっと溜息を漏らした。 「話って、何、かな?」
ただ歩くだけで一向に話をしようとしない識へと顔を向け肇は問いかける。 それでも黙々と歩く識に肇はぴたり、と足を止める。
「話が無いなら、僕こっちだから。じゃあ、また明日。」
駅までまだあるけれど、もう二人で歩いているのが辛くて呟くと手を振る肇に識は足を止めるとじっと肇を見る。
「話がしたいって、俺、言わなかった?・・・・・最近、いつも何かというと用事なんだな。彼女でもできたのか?」
「・・・・・美咲には関係ないだろ。話す気あるなら、今、どうぞ。」
呆れた態度で話す肇に識は大きく息を吐くと口を開く。
「俺、避けられる事した?・・・・・最近、妙に俺の事避けてないか?どこかに誘えば用事だってそんな言葉しか言わない!なぁ、俺は肇に何かした?」
「・・・・・別に、僕は元々こんな人だよ。面白くも何ともないし、偽善者面して僕に近づく必要なんてもう無いから・・・・・迷惑なんだよ、だからもう構わないでくれ。」
人に否定の言葉を投げつけるのは肇にはもちろん初めての経験だった。 心臓の音がやけに響いて震える手を握り締めるとそのまま踵を返し走り出した。 きっとこれで大丈夫だと妙な確信を持ちながら走っていたのに最後には立ち止まりそうな程ずるずると歩いていた。 直接言われる前に自分から切り出せば楽になれると思っての暴言を今更肇は後悔してみるけれど言った言葉が戻るはずもなく、最後に一瞬視界に入った傷ついた識の顔を思い出し、頭を振りその幻影を振り切る。 これで良い、選択は間違っていないはずそう思うのに、それでも消えない胸のもどかしく燻る何かを肇はそのまま深く考えようとはしなかった。
翌日から当然だけど識は肇に近づこうとはしなかった。 顔を合わせればとても不自然に視線を逸らす識にただ肇は苦笑を浮かべる。 人と関わらない、望んでいた識を知る前の日常に戻ったはずなのだから安堵の吐息が零れてもいいのに胸で燻るもやつきだけが日毎に大きくなっていく。
書いている本人だけは微妙に楽しんでます まだ恋愛にもなっていない二人ですがどうぞよろしく。 テーマは「純愛」の予定なのですよ!
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