空いっぱいに祈る恋 20

「真紀君、本当についてない。・・そして、お前ら、解決したんじゃねーのかよ!」
方々に電話をかけてる薫と広海へと視線を向け、悪態をつく佐智に何も言えないまま二人は電話の相手との会話を続ける。
「遅くなるときは必ずメールする」と家からそう遠く離れてない場所で真紀が暴行された日から約束させたそれが今日は守られるなくて薫は朝からの胸騒ぎが当たった事に直毅に連絡してから気づかされた。
もう大丈夫だと本当に信じていた真紀の無事を祈りながらも佐智と広海に連絡を取り、やばそうな場所を手分けして探している最中なのだけれど、やっぱり送迎をするべきだったと今更後悔している薫だった。
「本当に?・・・わかった、場所は?・・・うん、うん、ありがとう!」
何件目かの知り合いからの情報に薫は電話を切ると溜息を漏らす。
「薫!」
「・・・見つけた!・・・これから行って来る。」
立ち上がると出かける為の準備をしだす薫に広海も通話を切り上げると立ち上がる。
「今回はぼくも連れて行け!・・・また置いていくのはなしにしろ。」
佐智も立ち上がり薫と広海の元へと近寄る。
無言で顔を見合わせた薫と広海は何も言わずにドアへと向かうから佐智もその後を追う。

「新名って、本当に学習能力が無いよな?」
靴の先で顔を無理矢理上げさせ呟く大島を真紀は睨みつける。
そんな真紀の態度に大島は唇の端を少しだけ引き攣らせ真紀へと顔を近づける。
「・・・その態度もむかつくし、囚われてるって理解してますか?」
睨みつけてくる真紀の顔へと唾を吐くとそのまま頭を押さえ床へと顔を押し付ける大島に真紀は唇を噛み締める。
もがく真紀に興味をなくしたのか、人の入って来た気配になのか、大島は手の力を緩めるとドアへと顔を向ける。
入って来たのは先ほど出て行った有紀だった。
「あんた、俺をどうする気?」
緩んだ隙に何とか大島の手から逃れ、必死に上手く動かない身を起こそうとしながらも、真紀は有紀へと顔を向け問いかける。
「薫と会わせない様にするつもりだけど。・・・もう、二度と薫に近づけない様に。」
「・・それ、無理。・・俺、あの人の義理とはいえ弟だし、家族だから。会わないなんて、無理だよ!」
反論されたのが気に入らないのか舌打ちすると有紀は真紀へと足早に近づいてくる。
蹴られると反射的に瞳を閉じた真紀はいつまでも衝撃が来ないのにおそるおそる瞳を開く。
「蓮!・・邪魔するなよ、役立たず!」
「もう、止めよう!有紀、諦めろ・・・新名はお前を絶対に受け入れない!」
真紀の目の前にいつのまに来たのか有紀へと必死に門倉は言葉を続ける。
頭を振り、門倉の言葉を「うるさい」と否定する有紀の姿はどこか幼い子供に見えて真紀は呆然と目の前の光景を見つめる。
「・・・大島!・・・薫が来る。頼むから、有紀を止めろ・・・」
「門倉さんは裏切り者じゃないですか。・・・自分だけ良い子に今更なろうとするのはおかしいじゃないですか?」
大島へと顔を向ける門倉に彼は苦笑を浮かべるとただ呟いた。
その大島の言葉に門倉は一瞬の間の後俯くと言葉を喪うかの様に黙る。
関係図が良く見えないまま真紀は唇を噛み締め、身動き一つ出来ない体でもがいてみながらも、自分のせいで迷惑をかけただろう人をひたすら頭に描く。
それしか今の真紀に出来る事はなかった。


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「やっと、見つけたよ・・・城戸。懲りないな、お前も・・・」
時間の感覚すら良く分からないまま痛む頭に苛まれていた真紀は突然の聞き覚えのある声に顔を上げる。
「薫さん!」
声を張り上げる真紀に視線を向けた薫は想像よりは無事な真紀に笑みを返すと目の前に立ち尽くす小柄な青年を見つめる。
「城戸、もう止めよう!・・・俺はお前には答えられないし、何をしても無駄だよ。・・・真紀を、返してくれ!」
「どうして、ぼくの方が絶対良いのに!・・・お願いだから、ぼくのモノになってよ!」
悲痛ともいえる叫びに黙って首を振る薫に有紀は「大島!」と叫ぶ。
走りこんでくる大島の手にしている木刀に真紀はただ「薫さん!」と叫ぶ。
木刀を避けた薫の背後にずっといたのか広海が大島の持っている木刀を蹴り落とすと、そのまま大島を捕り抑える。
その一瞬の鮮やかな行動に目を見開く真紀の目の前で薫は有紀へと一歩ずつ近づいて行く。
後ずさりながらポケットに手を入れる有紀に薫は足を止める。
「ぼくのモノにならないのなら、もう良いよ。・・・その変わり一生後悔するといいよ。」
にやり、と笑みを浮かべる有紀に戸惑う薫の隙をついた有紀は真紀へと走りよる。
「動くなよ!・・この子がどうなってもいいわけ?」
逃げようともがく真紀の胸倉を掴むと有紀は首筋に鋭いナイフを押し当てる。
青ざめる薫の横で広海も大島を押さえたまま瞳を見開く。
「・・・有紀、止めろ・・・」
呻く様に呟く門倉に構わずそのまま真紀を立たせると有紀は前へと一歩進む。
後ずさる薫に笑みを浮かべた有紀は口を開く。
「・・ねぇ、ぼくのお願いを聞いてよ、この子を無事に返して欲しかったら、ぼくと付き合うと言ってよ。」
謳うよう告げる有紀に薫は唇を噛み締めたまま、真紀へと顔を向ける。
冷たくて硬いものが首筋に当たる感覚に真紀は嫌な汗がだらだらと背を伝う感触に眉を顰めたまま横に立つ有紀へと目を向ける。

長い沈黙が場を包むその空間に息が詰まりそうで真紀は恐怖の為なのかぎゅっと目を閉じる。
やっぱり迷惑をかけるだけの自分に自己嫌悪に陥りながら真紀は怪我をしてでも逃げようと大きく息を吸う。
「・・有紀!・・止めるんだ!」
彼だって身動きするのが辛いだろうに固まる人の中勢いをつけて立ち上がった門倉は再度同じ言葉を有紀へと投げる。
それがきっかけで素早く有紀に近づいた薫は刃物を持つ手を抑えると真紀は自分の方へと強引に引き寄せる。
「もう、終わりだ・・城戸!」
耳元へと低い声で呟き薫はそのまま有紀の足を蹴り床へと倒すともう一度今度は腹の方へと蹴りを打ち込む。
ぐえっ、と奇妙な声を出す有紀を見向きもせずに薫は真紀へと顔を向ける。
「・・真紀、良かった・・・」
胸元へと抱きしめると呟く薫に真紀は目を閉じると頭を摺り寄せる。
手足の拘束に気づくと一瞬眉を顰めるが丁寧に外すと、もう一度きつく真紀を抱きしめる。
「薫さん、ごめんなさい。」
「・・・お前は悪くないから、気にするな。・・・早く家に帰ろう。」
顔を上げると額を押し付けたまま話す薫に真紀はただ頷く。

真紀は顔を改めて上げると光る刃物に気づくと薫の腕を無言で引く。
振り向いた薫は逃げる隙も無く真紀を抱きしめると目を閉じる。
「・・薫!」
「・・・有紀、さん!」
広海と大島の声がはもり衝撃に目を閉じる薫は違和感に目を開き後へと顔を向ける。
「・・・門倉!」
「・・・どうして、どうして・・・邪魔するんだよ・・・」
ナイフを握り締めたまま呟く有紀の前に立ち尽くしたままの門倉はがくり、と膝を折り床へと座り込む。
薫は有紀の手をナイフから放し強引に門倉の前へと座り込む。
「・・・どうして・・・」
「・・・・・行けよ、早く・・・ここから去れ・・・巻き込まれたく、ないだろ・・・」
苦しそうな息の下、擦れがちな声で呟く門倉の腹へと目をやる。
ナイフの刺さってる回りがどんどん赤黒く染まっていくのに眉を顰める薫に門倉は搾り出すような声で呟く。
「・・行けよ・・・ここは、何とか・・・する、から・・・」
呟きに立ち上がると薫は携帯を取り出し救急車へと連絡を取りながら真紀の手を引き部屋から出て行く。
「・・・有紀を犯罪者には・・・しない、から・・・」
「・・・・・・蓮・・・?」
呟きに顔を上げると有紀は呆然としたまま呟く。
そのまま力を喪うかの様に倒れこむ門倉を支えた有紀は遠くから聞こえてくるサイレンの音に目を閉じる。


********************


「全治三ヶ月って、・・・重いの?・・軽いの?」
「・・・知らない、見舞いは良いから。二度と関わるなよ!」
頷く真紀に薫は笑みを返してから目線を横へと向ける。
「で?・・・お前らは何しに来てんだよ。」
「酷〜い!・・ぼくが門倉蓮の縄外したから薫は無傷じゃん!功労者だよ、労えよ!!」
「佐智、いたのかいないのか分からんかったし・・広海にはお世話になりました。」
頭を下げると貢物の様に箸をうやうやしく捧げる薫に佐智が「・・酷すぎる・・」と呟き相変わらず我関せずみたいな広海は箸を受け取ると黙々と食べだす。
ぶつぶつと文句を並べ立てる佐智にも渋々嫌そうな顔で箸を手渡す薫偉そうに受け取る佐智、そんな三人の様子に真紀は笑みを浮かべると自分もテーブルに並べられた夕飯へと箸を伸ばす。
「広海一人なら静かなのに、本当にあいつはうるさいよな。」
台風一過の様な佐智と広海が帰った後呟きながら片付けている薫を手伝いながら真紀は笑みを浮かべる。
「でも、楽しいし、良い人だよ。」
「・・・まぁ。真紀が良ければ良いんだけどさ・・・」
苦笑すると頭を傾げる不思議そうな顔の真紀の頭をぽんぽん、と軽く叩く。
「そういえば、薫さん!・・・何か悩んでた?」
「・・・いきなり、何?!・・・別に悩んでないけど、どうして?」
「最近考え事していたみたいだから、ちょっと気になっただけ・・・」
「?」
「分んなければいいから、気にしないで。」
本気で頭を傾げる薫に真紀は笑みを浮かべると手を振り片づけを再開させる。
「・・・真紀?・・・悩んでるのはお前じゃないの?・・・悪夢に魘されるとか、違う?」
手を止め顔を上げる真紀に薫は笑みを浮かべる。
「・・・何で・・」
「そりゃ、隣りで寝てたら気づくだろうが。・・・まだ夢に見る?」
顔を近づけ問いかける薫から視線を逸らし俯く真紀に薫は溜息を漏らす。
「忘れろと言うのは簡単だけど、無理なの分かるから、少しは頼らない?」
「・・・どうやって?」
「そりゃ、ねぇ?」
笑顔を浮かべるだけの薫に真紀は不思議そうにただ頭を傾げる。

「おはよう、真紀。夢見は?」
「・・・夢も見ませんでした・・・」
顔を赤く染め答える真紀に薫は笑みを浮かべる。
「送迎はいらない?」
「うん。・・・直毅と途中から一緒だし、平気。帰りも遅くなるときは連絡するから。」
「分かった。・・・行ってらっしゃい。」
「行ってきます!」
笑顔で外へと出た真紀は今日も快晴の空を見上げると笑みを浮かべたまま歩きだした。
もう夏はすぐそこまでやってきていた。

                

長々とお付き合いありがとうございました。20070801

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