はかなくきれいなもの

世の中には奇妙な言い伝えが残っている国が多く、月の神官の力が猛威を奮っているここ、ユーシア国も例外では無かった。
世界に多く見られるのは、太陽神を祭る「目覚めの宮」、もう一つは月の神を祭る「安寧の宮」と呼ばれる神殿。そこにいるのは神官、そして神子と呼ばれる世界中でも特に稀な人物が仕える場所だ。
神子とは神の子、つまり人であって人に非ず、そう呼ばれる者達の事だ。神子と呼ばれる彼らに共通しているのは一つだけ。
「両性」と呼ばれる存在である事だ。
そして、その神子を敬う「安寧の宮」を崇めているユーシア国では「両性」の存在が確認され次第、神子を王の伴侶にする事が決められていた。
神子には印は無い。ただ、神子だと分かる特徴は銀の神に銀の瞳、まさに月に愛された神子だけに現れる、そんな特徴を持つ者が生まれたら、その子はすぐに「安寧の宮」へと預けられる。「両性」である確率が高い赤子のうちに神殿に預けられた子供はそこで神子として教育を受けながら、15の歳まで神殿の「神子」として扱われる。長年の月の神殿「安寧の宮」での歴史を紐解くと、その歳、15で性別は決まると言われているからだ。
15の歳まで「神子」として育てられた子供の性別が「両性」でなければ、その後の話は歴史の中には残っていなかった。
だから、長い間、「神子」は不在だった。
「両性」なんて人であって人に非ずの者はそう簡単には歴史の表舞台に登場する事はほとんど無かったからだ。
伝承は伝説へと変わり、「両性」なんて存在が人々の記憶から薄れる頃、ユーシア国の外れで小さな産声を上げ子供がこの世に生まれた。その子が歴史の生き証人になるなんて事、誰も、産んだ母親でさえ思わなかった。
子供の名はユリ。小さな町の貧しい家に生まれたその子は銀色の髪と瞳を持つ子供だった。子供を取り上げた、その町の産婆は取り上げたその子を見て小さな瞳を見開く。その子には有るべき物、有らざるべき物、つまり両方の性の象徴があったのだ。
「安寧の宮」へと送る、そんな言葉は伝承にしかなく、生憎小さな町の産婆風情が知るはずもなく、ユリは「男」として育てられる事になった。成長するにつれて、ユリは人と違う自分に疑問を抱いたけれど、ただ気味の悪い子だとしか思われなく、「両性」なんて言葉が町に広まる事も無かった。
世が世なら、「神子」と崇められただろうユリは何も知らず、知る事もできず、ただひっそりと息を潜め、身を縮め生きていた。


*****


真っ青な空に高らかに鳴り響く鐘の音。祝福の歓声が遠く離れた彼の座る場所まで響いてくる。
「良い、天気」
見上げた窓の外、清々しい晴天を見上げ呟く彼の声に背後からガチャガチャと慌ただしい音が響く。
「…‥申し訳ございません、ユリ様!」
謝る甲高い声にユリと呼ばれた彼は後ろへと顔を向ける。
「…‥それより怪我はない?」
「はい、大丈夫です。」
沈んだ声にユリはゆっくりと笑みを浮かべる。
「良かった。今日は良い天気だね。」
「‥…はい。ユリ様お茶の用意が整いましたのでこちらへ。」
「うん。ありがとう、マリー」
マリーと呼ばれた彼女はユリの笑みにほっとした顔をしながら香り豊かな湯気の立つカップをそっと置いた。
めでたい良き日。今日はこの国の王が溺愛する姫君がやっと輿入れする日だった。とある国でこの国の王に見初められた彼女と王のロマンスは街を彩り今日この日が最高潮だった。
「マリー、僕はいつまでここにいれば良いのだろう?」
「ユリ様!」
「陛下は正妃を迎えたんだろ?僕がここにいる理由なんてもう無いだろうに?」
首を傾げ問いかけとも呟きとも取れるユリの声にマリーは泣きそうに眉を顰める。マリーが従うただ一人の主であるユリに掛ける言葉が見つからない。
「正妃はただお一人、ユリ様だけです!」
低く通る声が響きユリは顔を上げる。
「ライル様!」
入り口に立つ群青色の軍服に身を包む精悍な顔の青年の姿を認めマリーが声を出す。
「どれだけ王が姫を娶ろうと正妃はただお一人、ユリ様以外に誰が居ます?」
「…‥ライル、警備につかなくて良いの?城を守る警備隊長だろ?」
「ユリ様、わたしはユリ様の護衛です。ユリ様以外を守る命令は受けておりません!」
困った顔で苦笑するユリにライルは背筋をぴんと伸ばし答える。その姿をマリーが頼もしそうに見つめる。
「僕の周りにいる人は僕を甘やかす人ばかりだね。」
泣きそうに震えるその声にライルとマリーは何も言わずにただ、ゆっくりと頭を下げた。

豪華なドレス又はスーツに身を包む人達が行き交う中ユリは壁に寄りかかったまま、そっと溜め息を零す。
昼間、盛大な式を挙げた王と新しく迎えた妃の披露宴は始まったばかりだ。腕を組み仲睦まじく行き交う人達へと挨拶を交わす二人が遠くに見える。広い会場内はそれでも人の群れで熱気が籠もっており、ユリは頼んだ飲み物がすっかり温くなったのを感じそっと辺りを見回す。
元々夜会にも殆ど参加しないユリは早々に立ち去る事だけを考える。
祝福の言葉の一言さえ告げれば残る意味は無いのに、肝心の二人はまだ大分遠い。手の中にある液体を一気に飲み干しユリは人の群れを避けながら渦中の二人の元へと覚悟を決めて歩き出した。
この国で特有だと云われがあるのは銀の髪、銀の瞳を持つもの。ユリはその両方を合わせ持つ類い希な存在。だから彼は神の子なのだと言われる。ユリはこの国ユーシア唯一人の「両性」様だった。
一昔前は忌避された「両性」は今ではユーシア含める大国では国を栄えさせる繁栄の象徴と云われている。だから「神の子」はユーシアでは神に一番近い王へと嫁がせる事が決められていた。極稀にしか産まれない貴重な存在。ユリは現在この世界で存在を確認される、たった一人きりの「両性」だった。
ユリが歩く姿をぶしつけな視線が追いかける。この世に生きているはずなのに、まるで珍獣扱いの自分にユリは内心で笑みを零すと、深く息を吸い込み真っ直ぐに顔を上げる。上げた顔には無表情を作り出しかつかつと音を立て歩き始めるユリの姿を周囲の人達は遠巻きに見送る。声を掛ける者など一人もいない広間を王と妃となる人が談笑している所まで一気に歩いたユリは自分へと視線を向けた王へと微かに頭を下げる。


*****


「ユリ? 来ていたのか、どうした?」
「・・・・・この度の事おめでとうございます。更なる王のご活躍期待しております。」
近づいてくる王に頭を深く下げるユリに目の前の王は微かに眉を顰める。
「アーウィン様、こちらの方は?」
甘く媚びる声と同時に王の腕へと絡みつく細く白い手を視界の端に捉えたユリは無言で一度は上げかけた頭を再び下げる。
「リーゼ姫、こちらはユリ。私の、正妃です。」
躊躇う事なく告げながら王は姫の絡みつく手を自然と離し、ユリの隣りへと並び、腰へと腕を回す。
「・・・・・正妃、様・・・・・ですか? では、あなたが噂の・・・・・」
戸惑いながら口を開く姫の言葉が耳を通りすぎながら、ユリは顔を上げ、隣りに立つ王へと視線を向ける。
「王? あの、私は・・・・・」
「顔色が悪いようだね、ユリ。 部屋まで送ろう、おいで。」
言いながら腰へと回した腕をそのまま歩き出す王に釣られるままユリは広間の外へといつの間にか出ていた。
「・・・・・あの、一人で帰れますから、王は姫の元へ・・・・・」
本当に部屋まで送るつもりなのか、広間を出てもなお、歩く王にユリは躊躇いがちに声をかける。そんなユリの腰へと回した手でユリを自分へと引き寄せながら王は微かに息を吐く。
「ユリ、王じゃないだろ? 名前呼んでって言ってるよね?」
足をぴたり、と止め顔を覗きこむと告げる声にユリはびくり、と肩を揺らし、微かに笑みを浮かべる。
「君はオレの正妃でいる自覚があまりになさ過ぎる。 ほら、名前を呼んで、ユリ。」
「・・・・・アーウィン様、分かりましたから、少し離れて下さい・・・・・」
「様もいらないって言ってるよね? 君は、いつまで他人行儀? 僕等はあんなに深く結ばれているのに。」
ユリの声に溜息を吐く王は耳元へと唇を寄せ囁いてくる。その低く笑みを含めた声に体を奮わせるユリを下から覗き込んだまま王は腕の中へと深くユリを抱き寄せる。耳に確かに聞こえてくる心音に瞳を伏せたユリへと顔を近づけてくる王に気づき瞳を閉じる。そんなユリの唇へと触れた温もりは強く押し付けられると同時に抱き寄せる腕の力も籠められていく。

温もりに包まれたユリはその背へと手を回しいつしか縋りつき、王の与える唇を受け入れる。
正妃であろうとなかろうと、初めて目の前の王に会ったその時にユリは彼に運命を感じた。
一生彼に囚われ、生きる自分である事を望んで受け入れた。その時の気持ちを思い出し、抱きつくユリを王は腕の中深く抱きしめ、キスを続けた。
深く互いを抱きあう二人を眺めていたのは、夜空に浮かぶ月だけだった。


両性モノなので苦手な方は、ってここで書いても意味は無いですね。
FTな面白内容目指して頑張ります! 20090111

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