じっと座ったままの来夏の隣りで鷹夜は辺りをゆっくり、と見回す。本当に天井に近い場所にある窓以外、たった一つのドアを抜かし出口の見つからない部屋から再び来夏へと戻しかけた視界を過ぎる影に鷹夜はもう一度見回す。ぐるり、と一周、巡った視線の先に微かに光の漏れる隙間があり、鷹夜は歩き出す。
「・・・・・・鷹夜様?」
足音に顔を上げ声を掛ける来夏が座る場所から窓のすぐ下の壁へと近づく鷹夜はすぐに来夏へと顔を向ける。
「来夏! もしかすると、息吹君は抜け場所を見つけたんじゃないのかな?」
疑問系の鷹夜の言葉に来夏は慌てて立ち上がり、すぐに鷹夜のいる場所へと向かう。ドキドキ、と緊張と不安で高鳴る鼓動を抑えこみ、じっと隣りで次の鷹夜の言葉を待つ来夏の背を鷹夜はゆっくり、と撫でる。
「ここ、隙間があるだろ? もしかしたら、この壁開くんじゃないかとね」
指差す場所は本当に極僅かに光が漏れる。
それも外からのではなく、人工的に作り出された明かりに見え、来夏は鷹夜を見上げる。
「開け方が良く分からないけど、こういうのって、仕掛けがどこかにあるはずだよな」
それがセオリーだと言いながら近くの壁を叩いたり、撫でたりした鷹夜は屈みこみ床までを叩き出した。
「鷹夜様!」
「いけるよ、来夏! やっぱり道があるんだ」
言いながら鷹夜が床板の一枚に手を伸ばすと板は同じ床板の下へとスライドされる。ただの床だと思っていた場所からぜんまいの様な形をした物が顔を出し来夏も思わず座りこむ。
「これは?」
「扉を開く鍵がこれだと思うよ! 回すのか押すのか・・・・・・」
手を伸ばしぜんまいの様なモノを押したり引いたり回したりする鷹夜の横に座る来夏はずずっ、と扉が動くそんな音を聞く。
壁であった場所がゆっくり、と開き目の前にあるはずの無い階段が出てくる。人工的にライトアップされたその階段はかなり深く続いているらしく来夏は微かに眉を歪める。
「ここから・・・・・息吹、さんが?」
「分からない、けど・・・・・塔の先端に続く窓よりこっちの方が信憑線は高いだろうね。」

かつん、かつん、と歩くたびに響く足音、見た目以上に深く長い階段にまだ先は見当たらない。降りていたはずなのにいつの間にか上っていたりと、それほど長い階段だけが続く。
「ここが終点かな?」
見た目頑丈な扉が目の前に聳え立つのを眺めほっ、と息を吐き呟く鷹夜の後ろから扉を眺めた来夏は頑丈なその扉を見て瞬きを繰り返す。
「この先はどこに繋がっているんでしょうか?」
「分からないけど・・・・・・開けてみないと何とも言えないね」
来夏の問いかけに肩を竦めた鷹夜は扉へと手を伸ばす。
長い事使われていないのなら、扉の開きも悪いはずなのに、確かに使われていたのかすんなり、と微かに軋む音を出しながら扉はゆっくり、と開く。
「また道? ってか、室内だよな?」
煌々とライトで照らされた長い廊下が扉の向こうから現れて呟く鷹夜の後ろから覗き込んだ来夏は「あ」と微かに声を上げる。
「来夏?」
「ここ、お屋敷の中です。 この先に階段があって、その先に見えるのが息吹さんの部屋でした」
「屋敷に戻ったって事?」
首を傾げながらも歩き出す鷹夜は来夏の言葉が正しい事を知る。階段は確かにあり、部屋が奥に見えている。
「息吹君はあそこに戻ってるのかな?」
「わかりません、でも・・・・・抜け出る事が出来ないのなら、もしかして・・・・・」
呟く来夏に頷き鷹夜は部屋の扉へと手を掛ける。


*****


押し開いた部屋の中は真っ暗でゆっくり、と足を踏み入れた鷹夜は部屋の入り口に立ち止まったままぐるり、と周囲を見る。
「鷹夜様! 息吹さんはいらっしゃいましたか?」
小声で問いかける来夏の声に暗闇に目をこらしていた鷹夜は首を振りかけいきなり剥きだしの殺気を纏い向かってくる気配に慌てて来夏を扉の外へと押し出す。
「おいおい、息吹君ならかなり乱暴な歓待だね?」
自身は壁側へと除け呟く鷹夜に襲ってこようとした気配は動きを止める。
「鷹夜さん? 何でここにあなたがいるんですか?」
手にしていた棒を放り投げ叫ぶ声と同時にタイミングが良いのか窓の外から一気に月の光が差し込み室内を月明かりで照らす。
からん、からん、と床に棒が転がる中、互いの顔をしっかり確認した鷹夜の苦笑に目の前に立っていた息吹は驚きで目を見開いたままその顔をまじまじと見つめてくる。
「息吹さん!」
部屋の外に押し出されたままだった来夏の叫び声に息吹は顔を向けると、向かってくる彼を腕の中しっかり抱き止めるともう一度鷹夜へと顔を向ける。
「すいません、声を出してくれなかったら、確実に当ててました」
「だろうね、オレも避けるので精一杯で、来夏、平気だった?」
息吹の謝罪に鷹夜は苦笑を向けると彼の腕の中縋りつく来夏へと問いかける。こくり、と頷く来夏に微かに息を吐いた鷹夜に息吹は顔を向けると口を開く。
「・・・・・それより、どうしてここに?」
「君と君の子が攫われたと聞いたから、息吹君は無事だと分かったけど、子供がどこにいるのかは分かる?」
「ええ、母の所です。 でも、良くここまで」
「話すと長くなるけど、父上にお会いしたよ。それで、塔にも行ったおかげで君に会えた」
大まかに事実だけを口にする鷹夜に苦笑を隠せない息吹は来夏の背を撫でながらそっと息を吐く。
「それより、塔からここに道が繋がっていると君は知っていたのか?」
「・・・・・事実は小説よりも奇なり、とか言うじゃないですか」
「それと何の関係が?」
「当主が閉じ込めた愛人があの部屋を抜け出る道を作ったのもまた当主だそうですよ」
「は?」
首を傾げ疑問符を口に出す鷹夜に息吹はただ笑みを向けると腕の中の来夏に目を向け更にきつく抱きしめる。
「息吹さん?」
「・・・・・母の所に行きながらでも話します、行きましょう。 オレも父に会う前にとっとと出ていきたいので」
腕の中から来夏をやっと解放した息吹の声に鷹夜はただ頷き、三人は揃って部屋を出ると息吹先導の元ゆっくり、と歩き出した。

「愛人を無理矢理閉じ込めた当主にはもちろん妻である本妻がいました。だけど、政略結婚の相手で互いに冷めた夫婦だったそうです。それもあって、当主は愛人を手放そうとはしなかった」
「・・・・・それは・・・・・」
「やがて、愛人に子が出来ます。愛人である彼女を塔に閉じ込めた表向きの理由は"逃げ出す事の無い様に"ですが本当は本妻から守る為だったらしく、彼女を本当に閉じ込めていたんじゃないそうです。」
歩きながら淡々と話し出す息吹の声に鷹夜は微かに唸り、来夏は自分の手をしっかり、と握る息吹の顔を見上げる。
「オレの部屋は閉じ込めたはずの愛人と主人の逢引の場所だったそうですよ」
「・・・・・本妻はそれを・・・・・」
「本妻が死ぬまで密会は続けられました。 本妻は不慮の事故で亡くなったとなってますが、その後娶った後妻は閉じ込められていたはずの愛人でした。名前を変えた彼女が鳥篭の住人であるはずの愛人だったと知るのは主人とその周りに仕えていた者だっただけだそうです」
尚も語る息吹に鷹夜は眉を顰め黙り込む。閉じ込められた愛人のままの方が可哀想な話で終わる、その先を聞くと何とも言えない居た堪れない思いが募る気がして声一つ出せない。
「息吹さんはどうしてその事を? こちらのご当主様は死ぬまで塔から出れなかったって・・・・・」
鷹夜と同じ気分だったのか黙り込む彼とは逆に来夏は思った疑問をさらり、と口に出す。
「祖父から聞いたんだ。父との関係は良好とは言えないけど、オレは祖父とは仲が良くてね、よく昔話をしてくれた。 あの塔に纏わる裏の真実もその一つだよ」
「・・・・・どうしてその事を息吹君に?」
「さぁ、分からないけど・・・・・・父には言えなかったのかも。 オレの両親は昔からの許婚同志だったらしいし、家同志の決めた婚姻を息子に押し付けた手前、塔の真実は口には出せなかったのかも」
「愛人を作られる心配もあったのかな? それでも、真実をきちんと形にはしておきたかった息吹君の祖父は孫に昔話として伝えたのかな?」
「多分そうじゃないかと・・・・・思い出すのに時間は掛かりましたけど、オレはそのおかげで助かりましたし」
鷹夜の相槌に笑みを浮かべると頷き答える息吹は見えてきた部屋の前で足を止める。
「母の部屋です。 ここにいるはずだと思うんですが・・・・・」
息吹の声にはあまり自身が無い。彼もここ以外に思い当たる場所はどこにも無かった。
暫く扉の前躊躇っていた息吹は手を繋いだままの来夏とすぐ隣りに立つ鷹夜へと顔を向けると扉へと手を伸ばす。


*****


重い扉が開くと同時に薄暗い廊下にも中を照らす煌々とした明かりが漏れてくる。
「母上? いらっしゃいますか?」
問いかけながら中へと一歩を踏み出す息吹の背後に立ち来夏と鷹夜は顔を見合わせる。やけに他人行儀な息吹の問いかけは再び部屋に響き奥の扉がぎっ、と開く。
「・・・・・息吹様? どうしてこちらへ?」
少し年配のきっと奥様専属の女官なのだろう、人が部屋の隅に立つ息吹へと近づきながら問いかけてくる。
「文子さん、母上は? 用があるんだけど、通してくれないか?」
「奥様はお休みになられました。 御用は明日にして下さいませ!」
微かに首を振り息吹の問いかけを確り否定する彼女に微かに肩を竦めた息吹は背後に立つ来夏と鷹夜へと目を向ける。
「ここは奥様の部屋ですよ! 息吹様のお客様を勝手に入れるなんて、旦那様にご報告させていただきます!」
微かに口調を強め言い切る彼女が誰かを呼ぶ為に手近にある呼び鈴へと手を伸ばしかけるのを息吹は寸での所で彼女の腕を取る。
「文子さん! 用があるのは母じゃない、ここに赤ん坊がいるはずだ! ここ以外に赤ん坊がいる所なんて検討もつかない。 俺はその子を返して欲しいだけだ!」
「・・・・・何を仰っているのか私には・・・・・」
「文子さん!! その子は俺だけの子じゃない、母親もいるんだよ?」
「私には分かりません! とにかくお引き取りを!!」
「文子さん!」
老齢の女性だからなのか、あまり手荒には扱えないと躊躇う息吹の心境もよそに彼女は掴む手を振り払い息吹からも離れると以外と確りした声できっぱり、と告げる。
「一体何の騒ぎですか?」
万事休すか、と溜息を吐いた息吹は突然の声に顔を上げる。品の良いドレスに身を包んだ女性、若いというわけでもないけれど、老齢という程には歳のいってない妙齢のその女性の腕の中には泣き出しそうに顔を歪めた赤子がいた。
「志月(しづき)!」
名を呼び近寄りかけた来夏は視界を塞がれる様に女性に目の前に立たれ思わず足を止める。
威圧的な視線を感じ思わず足も竦む来夏の後ろに立っていた鷹夜は宥める様に来夏の背を撫で女性へと目を向ける。
「その子の母親ですよ、この子が。近寄るのも許してはもらえないのですか?」
「どこの生まれかも分からない方を奥様には近づけたくないので」
鷹夜の問いかけすら一刀両断に切り捨てる律儀な奥様至上主義の老齢な女性の態度に溜息しか漏れない。
「母上、その子を返してもらえませんか? ここはその子のいる場所ではありません!」
女官に阻まれる二人から母親へと目を向けた息吹の声に彼女は赤子へと一度目を向けるとじっと自分を見つめる息子へと視線を変える。
「でもあなたの子なのでしょう? この際生母の事には目を瞑りますから息吹さんも目を覚まして家に戻りなさいな。良い母親を探しましょう、この家に相応しい釣り合う母親を。」
「母上! その子の母親は来夏以外にはいません! 俺だって別に目が眩んだわけじゃない! この家を出る事も、来夏と共にある事も俺が選んだんです!」
「息吹さん!」
「その子を返して下さい! 俺と来夏の子です、この家の跡取りを作ったんじゃありません!!」
金きり声で叫ぶ母親の声を真っ向から否定した息吹は赤子へと手を伸ばし奪い取ろうとする。離すまいとする母親の腕の中ついに声を上げて泣き出した赤子に怯んだ母親の隙を見誤る事なく息吹はその腕からわが子をやっと自分の手の中へと取り戻す。
「お待ちなさい! 息吹さん!!」
そのまま背を向ける息吹に叫ぶ母親の声を背に聞きながら振り向く事なく扉の傍へと駆け寄る。「奥様!」女官が自らの主人へと目を向けた隙に来夏と鷹夜も息吹の傍へと近づく。泣き叫ぶ赤子を息吹から受け取った来夏は愛しそうにその背を優しく叩き宥める様にぎゅっ、と抱きしめる。そんな来夏の腕の中、慣れ親しんだ匂いを感じたのか赤子はすぐに落ち着く。
「縁を切ってくれても構いませんよ! 俺が大事なのはこの家じゃないですから、さようなら母上・・・・・ごきげんよう」
宥める女官の腕の中、言葉にならない何かを呟く母親へと声をかけた息吹は来夏と鷹夜を促し早々に部屋を出て行く。


終わらない、そんな訳でもう一話ぐらいいくかな? 本当に計画無さすぎですみません; 20101006

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