「なら考えろ。俺は奏から離れない、だから、真剣に考えろ。その時まで保留にして、大人しく今まで通りでいてやるから。」 浬が真剣な顔で告げたあの言葉があれから体中を駆け巡りぐるぐると奏を悩ます。 表面上「告白」の事すら無かった様に振舞う浬が傍にいるだけで、奏はその視線や態度にたまに目を奪われる自分に気づく。 今までと変わらない、だけど確実に変わっていく何か、それをまだ認めたくない自分に奏は大きな溜息を吐くと頭を大きく振ると座りこんでいた場所から立ち上がる。
「ごめん、待ったか?」
「ううん、平気だけど、部活平気?・・・・・忙しいんじゃないの?」
「平気だよ。まぁ明日からまた部活に励む毎日に戻るけどな。」
ほら、行こうと促し先に歩き出した浬に奏は慌てて歩き出す。 歩幅も肩幅も目線も違う、身長だって頭一つ分違うからこそ当然といえば当然だけど大きい手も大きい足も負けたようで悔しくなるのに、最近はその一つ一つのパーツにさえ目を奪われる。 言葉を気にしているそれだけだとごまかしても、今までは何気なく見ていた全てのものがまるで違うものになった様で奏はもう一度頭を振ると先に歩く背を足を速め追いかける。
「で、何、見る?」
「・・・・・浬は?」
「俺はどれでも良いよ。今回は奏の趣味に付き合いましょう。」
おどけた仕草で笑みを浮かべる浬に奏はポスターを眺めながら結局当初観る予定だった映画を指差す。
「なら、あれで本当に良いの?」
「良いよ。・・・・・相変わらずの選択だな。」
笑みを向けてくる浬から不自然にならない様に瞳を逸らした奏はばくばくと騒ぎだす胸元をそっと抑える。 言葉に出来ない、まだするのが怖い、その先を考えるだけで、どうにかなりそうな、そんな予感がする。 だから抑えた胸元をそのままに奏は深く息を吸うと浬を見上げ「行こう」と促し先に歩き出した。
*****
『恋はするものでもされるものでもない。そこにただ在っていつかそこに在るものに気づいた瞬間、人は恋に落ちているのよ!』 高らかに宣言する映画の主人公の言葉が胸を突き奏は選択は失敗だったと思う。 FTだと思っていた映画が本当はこてこての恋愛ものだと知っていたら観なかったそう思う。 「恋」に気づきたくなんてないのに、今更自分の感情の矛先が誰に向いているのか、気づかないようにしていたそれを無理矢理暴かれたようで奏はひたすら唇を噛み締め痛む気がする胸を抑える。
「奏、奏!!」
「・・・・・えっ、あ・・・・・何?」
「何、じゃないだろ。ほら、もう終わったよ、行こう?」
顔を覗き込んでくる浬に奏は呆然としていた自分に気づき焦った様に立ち上がる。
「ごめん、俺・・・・・本当にごめん!」
「いいから、早く出よう。ほら。」
立ち上がったまま俯く奏の背を軽く叩くとそのまま浬は背へと回した手に力をこめ入り口へと促す。 ほとんど抱え込まれたまま歩き出す奏に浬は笑みを向けると「大丈夫だから」とまるで慰めるように背を擦る。
優しい浬、告白を考えさせてくれと言ったきりそのまま何も言わない奏を急かすこともしないでただ傍にいてくれる。 誰が見ても格好良いと言われる、浬の横に立ちたくて群がる女達を押しのけ横にいる事を許される自分。
「奏?」
足を止めその場に立ち竦む奏に浬は驚いた様に顔を覗き込んでくる。 心配してくれる顔に鼻の奥がつーんと痛み、それでも動こうとしないまま奏は手を握り締める。
「・・・・・行かないと、邪魔になるから、奏?」
「・・・・・ごめん、俺、何も考えてなくて、浬の事、本当はちゃんと考えないといけないのに・・・・・俺・・・・・」
ぼそぼそと呟く声をそれでも正確に聞き取った浬は困った様な笑みを浮かべると強引に奏の腕を引き歩き出した。 慌てて顔を上げる奏に何も言わずに浬は腕を掴む力を緩めないまま強引に映画館の外へと出るとやっと奏へと振り向いた。
「触発された?・・・・・恋愛もの苦手なのに、観るからだよ。」
「・・・・・浬?」
人通りの激しい歩道から少しだけ端にずれるとやっと手を緩めゆっくりと腕ではなく今度は手を握りながら呟く浬に奏は顔を上げる。
「大丈夫、俺は待てるから。何年でも、奏の気持ちが追いつくまで、きっと待てるから、ね。」
「・・・・・追いつく?」
「そうだよ。・・・・・俺に傍に居て欲しい、そう言ったよね?」
問いかける声にこくり、と頷く奏に浬は笑みを深くすると握り締めた手に少しだけ力をこめてくる。
「俺は奏から離れないよ、だから安心して考えてよ。納得して出した答えなら俺はソレを受け入れるから。」
行き交う人を眺めながら淡々と告げる声に奏は浬に握られた自分の手へと視線を向けると少しだけ深く息を吸う。
「・・・・・好き、だよ・・・・・浬・・・・・」
小さな声で呟くソレを浬はやっぱり聞こえたのか奏へと顔を向けてくる。 真っ直ぐに視線を向けられ、段々と頬が熱くなるのを感じたまま俯く奏の手を握った浬はその手に更に力をこめてくる。 顔も上げられない奏の手を引き浬はそのまま無言で歩き出した。
*****
見覚えある風景に思わず顔を上げた奏は驚いた顔で浬を見上げる。 繋いだ手をそのままに浬は前だけを見つめ何も言わないから奏はその手を少しだけ引いてみた。
「・・・・・何で?」
「ここで、奏と二人良く遊んだ、だから、やっぱりここから始めないと、だろ?」
戸惑い問いかける奏の前で笑みを返し小首を傾け答える浬に釣られ奏も笑みを浮かべる。 幼馴染の二人のここが初対面の場所というのは実は産婦人科の病室の中だそうだ。 同じ妊婦だった親同志が意気投合して親しくなってからの付き合いだから、まさに産まれる前からの幼馴染だ。 良く二人で遊んだのがここ、互いの家からの距離がどこの公園よりも近いけど遊具がそんなに無くて砂場と滑り台とブランコ、それだけの公園だけど二人には大切な思い出の場所だった。
「奏、俺はお前が好きだよ、お前がいればそれだけで世界が回るそんな気がする。」
「僕も、浬がいればそれだけで、嬉しい。」
真剣な顔を向け伝えてくる言葉にこくこくと頷きながらも答える奏にようやく二人、目を合わせ笑みを交わしあう。 手を繋いだままもう小さく感じるブランコや滑り台、砂場へと視線を向ける。 世界はこの公園で、その中には二人だけの楽園があった頃を思い出す。
「何があっても、ずっと一緒にいような。」
「・・・・・うん。」
同じ場所を眺めていたのか、同じ思い出を共有する浬の小さな呟きに奏は握る手に力をこめながら頷いた。 顔を向け近づいて来る浬に奏はそっと瞳を閉じる。 人気の無い小さな公園の中、手を繋いだままの二人の影はそっと重なった。
- end -
2008-04-28
恋心成就?の回でした。 この二人はとりあえず巧くやっていかれるでしょう。何たって結構浬は策士っぽい気がしますし。 またいつかこの二人を書きたいです。ラブHとか? とりあえずお読み頂きありがとうございました。
前の話が気になる方はこちらもどうぞ。back(両想い未満)
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