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 「俺はお前が好きなんだよ」 
晴天の霹靂とはきっとこういう事を言うんだと、河口奏(かわぐちかなで)はぼんやりと他人事の様に聞いていた。 それから言葉がゆっくりと奏の中に浸透してから始めて「裏切られた」そう思った。 親同志知り合いで、産まれた時から知っている。物心付く前から、兄弟の様に隣りに自然に傍に居た相手、山瀬浬(やませかいり)の告白は奏にとってはまさに予想外の言葉だった。 
「奏?」 
「・・・・・無理!俺はそんな事考えられないから、絶対に無理!!」 
呆けたように立ち尽くす奏に心持ち顔を近づけながら名を呼ぶ浬から条件反射の様に飛び退くとただ頭を振り否定の言葉を力なく呟いた。もちろん奏の拒否は想定内だったのか浬は普段と変わらないまま奏をただ見つめている。 
「考えるつもりも無いのかよ。」 
「あるわけないだろ!・・・・・男同志だし・・・・・」 
あまりに堂々としたままの浬に奏の方が戸惑いながらも言葉を繋げる。 沈黙が続いて、微かな浬の溜息に思わず顔を上げた奏は口を開きかけるが結局言葉が続かないまま再び俯くと黙り込んだ。 
「少しでいいから、暫く考えてみてよ。」 
ぼそり、と呟いた声、同時に遠ざかる足音に、ただ一人取り残された奏は立ち尽くしたまま、いきなりの展開に戸惑いを隠せなかった。親友だと思っていたのに、同じ時を過ごし、互いの考えている事だって分かっていたのに、いつからだろう。 浬の言葉が分からなくなったのは。 それでも、些細な事だと見ないフリをしていたツケが一気に回って来た感じが消えなくて、巧く整理のできない心の中には浬への疑問だけが渦巻いていた。 
  
***** 
  
何をするのも一緒で仲の良い幼馴染と呼ばれていたのは遡る事、小学校の時までだったと思う。 どんぐりの背比べの様な身長だったはずの二人の身長に差が出てきたのは、中学に入学してからだった。 毎朝、骨の伸びる音がするんだ、と笑いながら話してくれた浬は部活を始めたのもあって、一年の夏休みにはもう奏とは20センチちかく違っていた。 遅れる事半年後、浬の様に突然では無いけれど少しづつ伸びてきた身長のおかげで今では頭一つ分に変わりはしたけれど、少しづつだけれど、いつもべったりとくっついていた二人の生活にはズレが生じていた。 バスケ部に入った浬、一方お気軽で楽な美術部に入った奏。 ずれていく二人の時間をあの時止めたのはきっと浬の努力だったのだと今なら思う。 行きも帰りもずれた二人の時間、それに日曜だって祝日だって浬は部活で忙しそうだった。 
「明日は部活だっけ?・・・・・浬は偉いよね、お休みの日も部活なんて。」 
「奏は?・・・・・明日はどうする?」 
「家にいるかな。本当、長い休みはごろごろして太りそうだよ、俺。」 
空笑いで返す奏に浬は笑みを浮かべると頭へと手を伸ばしてくる。 ぐりぐりと撫でられながら、身長と同じ位、彼の手が大きくなっている事に奏は改めて気づきながらも笑みを浮かべる。 
「明後日は部活休みだから、久々に出かけようか。どこに行きたい?」 
「本当?なら俺映画が見たい。浬と一緒ならきっと一人よりずっと楽しいよ!!」 
嬉しそうに抱きついてくる奏に浬は苦笑を浮かべ更に彼の頭を撫でてくれた。
  過去の二人を思い出した奏はそんな風に彼なりに大切にしてくれていた姿を改めて思い出す。 それはずっと『友達』だからだと信じていたのに、奏は重い溜息を零すと目の前の川原に向かって小石を投げる。 ぼちゃり、と音を出し沈んでいく小石をぼんやり眺めたまま奏は今はいない幼馴染の彼を思い出すと尽きない溜息を再び零した。
  避けられている。 朝や帰りはともかく、クラスだって隣同士と近いのに、浬の姿を最近ぱったり見なくなった。 どれだけ鈍くても分かる、思いっきり避けられていると。 未だかつて顔を合わせなかった日なんて一度も無かったのに、声どころかその姿さえ見えない浬に奏は最近零す事が多くなった溜息を吐いた。 隣りの教室を休み時間の度に覗いても、一向に浬の姿は見られなくて、学校に来ていないのかも、と思ったけれど、授業には出ているし、部活にも出ているとは共通の友人達の言葉で、奏が出した答えは、まぎれもなく自分は浬に避けられている、それだけだった。 最初は『告白』したから気まずくなったのかとも思ったけれど、今日で丸一週間。 どこに居ても会う事のできない浬に奏は一人戸惑っていた。 どうしたらいいのか分からないまま、時間だけが過ぎていく、どんなに教室に通っても浬の姿は見られないし、自宅に顔を出して見たけれど、浬の帰りが「最近遅い」ぐらいの情報しか得られなかった。 
  
***** 
  
「待てよ、浬!!浬っ!!」 
数日振りにやっと見かけた後姿を周りに構う事なく奏はありったけの声で叫び呼び止める。 少しだけ足を止めた浬に普段滅多に走らない奏は思いっきり走り寄るとそのまま勢いをつけて彼の腕へとしがみつく。 
「今日こそ話そう!頼むから、俺と話してよ!!」 
ぎゅっと腕へとしがみついたまま勢いをつけて話す奏を見下ろした浬はそっと微かな溜息を吐いた。 
「・・・・・腕、離せよ・・・・・」 
「嫌だ!逃げられるかもしれないだろ。今日こそ俺はちゃんと浬と話したいから。」 
ふるふると頭を振り、浬の呟きをきっぱり断った奏は更にきつく腕を掴むその手に力をこめる。 そんな奏の様子に浬は何も言わないまま歩き出した。 適当な教室へと入っても奏はしがみついた腕から離れようとはしなかった。
  
「いい加減、離してくれないか?・・・・・俺はもう、逃げないから・・・・・」 
教室に入ってかなり経つのに、それでも未だにぎゅっとしがみつく奏に溜息と共に呟く浬の声に少しだけ力を緩めた奏はそれでもまだ浬の服の端を掴む。 そんな奏に苦笑を浮かべると諦めた様に息を吐いた浬は目線で先を促すようにじっと見つめてくる。 
「・・・・・あの、俺を避けるの止めてくれないか?」 
じっと見られて、少しだけ赤く染めた頬をそのまま吐き出した奏に浬は眉を顰めただけで何も言わない。 
「浬?」 
ちゃんと聞いているのか気になり、顔を上げるとじっと言葉を待つ奏の前、浬は更に眉間の皺を増やすかの様に眉を歪ませた。 
廊下から外から人の声が響くほど静けさに包まれた教室で二人はじっと互いを見詰め合う。 
「・・・・・俺、お前に告白したんだよ。何も無かった事にしろって事?」 
やがて、ぽつりと低く呟かれた声に奏は無言で浬を見つめる。いつのまにか前を向いていたはずの浬の視線は俯いていて、またもや沈黙を誘う静かな空気が流れ出そうとするから奏は拳をぎゅっと強く握り締め口を開く。 
「俺、考えるから、何をどう考えたらいいのかまだ分かんないんだけど、浬が俺の傍からいなくなるのだけは嫌なんだよ。・・・・・それじゃ駄目なのかな?」 
戸惑う様にそれでも視線を合わせてもくれない浬を真っ直ぐ見つめたまま呟く奏の前で浬の肩が大きく上下した。 
「・・・・・浬?」 
「お前・・・・・何を言っているのか分かっているのか?」 
呟く浬に奏はただ首を傾げる。 その前で大きく溜息を吐いた浬は苦笑を浮かべた顔を上げると奏と視線を合わせてくる。 
「俺が離れるの嫌なのか?お前の事好きだって言っている奴だぞ。」 
一度目を閉じてから大きく息を吸うと問いかけて来る浬に奏は無言のまま頷いてくる。 
「俺に答える気は無いのに?」 
「それでも離れたくないんだ。俺から離れていかないでよ、傍にいろよ!ちゃんと考えるから、俺から離れないでよ・・・・・」 
溜息を吐く浬に奏は彼の服の端を握り締める手に更に力をこめると訴えるように呟いた。鼻の奥が痛くなり目頭が熱くなる、泣きそうな自分を堪えながら握った服を離さないまま見上げる奏の前で浬は更に大きな溜息を零した。 
  
***** 
  
「なら考えろ。俺は奏から離れない、だから、真剣に考えろ。その時まで保留にして、大人しく今まで通りでいてやるから。」 
あの日、浬は大きな溜息を吐き出した後、奏を真っ直ぐに見つめるとそう言った。 今までの日常があれから戻ってきたはずなのに、奏の気分は最近どことなくすっきりしなかった。 ずっと傍にいた幼馴染の親友の態度は告白前と全く変わらない、あの告白だって夢だった気がするのに、時々感じる強い視線にあれが現実だったのだと気づかされる。 今までは気にしなかった態度や言葉が妙に気になる時がある。 奏は浬と離れる選択はしたくない、いつか答えは出るのかもしれない、だけどそれまでは。 
「奏!帰るぞ!!」 
教室を覗きこんだ浬が奏を見つけて声をかけてくる。 
「・・・・・今、行く!!」 
鞄を手に持ち駆け寄る奏は笑みを浮かべる浬に胸の奥がどくり、と跳ねる。 近寄り引き攣った様な笑みを返す奏は首を傾げてくる浬に「なんでもない」と首を振り先に歩き出した。 追いついて並び立つ浬に気づかれない様に奏は胸をそっと抑えた。
  未だ眠る、不確かな形はいつか実を結び答えを出す。 その時は案外近いかもしれない、と内心微笑む男の横で、小さな彼の髪をそっと風が撫でていった。
  
next stage.............「LIKEorLOVE?」 
 
- continue - 
2008-00-00 
 
続きものはやばいかもしれない気がしていたのですが、タイトル見た時からこれしか思い付きませんでし
た。 本当に続くのか?そしてこの二人は結局どうなの?
 
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