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背後から迫る足音が止まるのと同時に強い力で腕を引かれる。
「待てよ! 答えは分かってるってどういう事だよ! オレはまだ何も言ってないし・・・・・復讐って何の事だよ!?」
そのまま一気に告げる海斗に穂積は微かに眉を顰めた後に、唇の端を持ち上げ笑みを作る。
「今更隠す事なんて無いだろ? 他に相手がいるって言ってくれれば良かったのに、こんなまどろっこしい事しなかったのに。」 「・・・・・何、言って・・・・・」
戸惑う海斗の声と同時に掴む手も力が緩まるから、穂積は強引に腕を再度引きぬいた。
「・・・・・堂島?」
「何で知ってる?って顔だね。 答えは簡単、見たから。 だから、無かった事にしてよ、オレの言った事全部忘れてよ。」
眉を顰めたまま見上げ、戸惑いを隠しきれないのか、少しだけ擦れた海斗の呟きに穂積は笑みを崩さないまま淡々と告げながらもゆっくり、と後ずさる。
「じゃあ、さよなら、結城。」
片手を上げ逃げる様に背を向けた穂積は大きく息を吸い込むと歩き出す。言い訳も理由もいらない。これで、引き摺る恋を忘れられる、そう思う心のどこかはやっぱりぽっかり、と隙間が空き寂しいけれど、今更撤回する気力も無かった。 冷たい風が頬を撫でる駅のホームにぽつん、と佇み、穂積は大きく息を吐き出した。
「・・・・・勝手に自己完結すんじゃねーよ! 人の話聞いてから決めろよ!!」
腕を引かれ、よろける穂積の耳に響く怒鳴り声。決して大きく無いけれど、怒りが現れるその声音に穂積は腕を引く海斗へと目を向ける。この寒空なのに、顔を赤くしているのは興奮の為かと微かに首を傾げる。
「・・・・・話す事なんて無いし、言った事は忘れてって言ってるだろ? 答えを聞きたいとも思わないのに、そんなに言いたいのかよ」 淡々と呟きながらも溜息を零す穂積に海斗は唇を噛み締め睨み付けると掴む腕へと逃さない様に力をこめる。
「何だよ、それ・・・・・オレはまだ何も言ってないのに、勝手に決めつけんなよ!」
「・・・・・別れた男と修羅場はやりたくないし、そんな気力は無いんだよ、オレは。 新しい相手が出来た事について、自分の口から言わないと気が済まないって事?」
空いてる手でがりがり、と頭を掻きながら、吐き捨てる穂積に海斗は眉を顰める。だけど、掴む腕を離す気は無いのか、投げやりな穂積をただ見つめる。それから、暫く互いに無言のまま、長い沈黙が続く。冷たい夜風がもろに当たるホームで無言のまま立ち竦んでいた二人は電車の来訪を告げる放送と共に近づいてくるがやがやと騒がしくなりつつある人の声に気づく。
「明日も早いから、次の機会にしてくれないかな?」
同じく会社帰りだろう人の群れが近づいてくるのを見ながら告げる穂積の声に海斗は無言のまま頭を大きく振ると掴む腕を更に強く握り締めてくるから、穂積は人の波に逆らうように歩き出した。 ホームのすぐ傍に隣接されてる公衆トイレまでやってきた穂積は無言のまま、腕を掴む海斗の手を乱暴に振り払うとトイレの壁へと寄りかかり口を開く。
「・・・・・で? 早く言えよ、話したい事があるんだろ?」
「あの、聞く気はあるわけ?」
「聞かないと帰れないみたいだし、手早く済ませてよ。」
「・・・・・何か、どうでも良いみたい、だね・・・・・」
微かに口元に笑みを浮かべ呟く海斗の声に穂積はぴくり、と眉を動かし、でもそれだけですぐに何も言わないまま瞳を伏せる。 そんな穂積に海斗はそっと息を吐くと、ぼんやり、と連れ込まれたトイレを見回す。 切り出す言葉を考えているのか一向に口を開かない海斗に穂積はちらちら、と視線を向けるけれど、沈黙だけが続く。時計へと目を向けても、沈黙の続く狭いトイレの中は居心地が悪いままで、穂積は今すぐこの場から出て行きたかった。
「あのさ、また今度にしてくれない? 話す気無いみたいだし・・・・・時間の無駄だろ?」
我慢が限界を越え、沈黙に耐えきれずに口を開いた穂積に海斗は慌てた様に目を向けてくる。
「・・・・・まだ、電車の本数はあるし・・・・・時間は・・・・・」
「なら、はっきり言えよ! 答えは聞きたくないって言ってるのに、言いたくて仕方ないんだろ、だったら、早く言えよ!」
戸惑い呟く海斗に穂積は声を荒げる。一秒、一分でも早くこんな茶番は終わらせたい。そんな思いだけが募る穂積のその声に海斗はびくり、と肩を揺らし俯く。少しだけ身を寄せた穂積は耳元に唇を寄せると俯く海斗へとそっと囁く様に呟く。
「たった一言。 否定すればそれで終わり・・・・・簡単だろ?」
「・・・・・だから、勝手に人の答えを決めるなよ! オレはまだ何も言ってないし、それに、新しい相手なんて認めてない!」
その声に眉を顰め、睨み上げる海斗の顔と強い口調の声に穂積はすぐに身を離すとトイレの壁へとまた寄りかかる。
「認めてない相手とやる事やるんだ・・・・・それは凄い。 いつからそんな男になったわけ? 別に結城に新しい相手がいようがいまいが、オレにはもう関係ないし、もうどうでも良いよ。」
肩を竦め笑みを浮かべ告げる穂積に海斗はじっと目の前の男を見つめる。そんな視線から目を逸らした穂積は目の前にある鏡へと目を向けた。
「・・・・・オレの答えいらないってそういう事? 別れてそれで終わり、その先はもう無いって事?」
「だから、そう言ってるだろ、もしかして理解してなかった?」
鏡に皮肉な笑みを浮かべる自分の顔が映るのをぼんやり、と眺めながら告げる穂積に海斗がそっと息を吐く音が響く。
「・・・・・なんだよ、それ・・・・・散々悩んで考えたオレがバカみたいじゃんか・・・・・」
ぼそり、と呟く海斗の声に穂積は鏡へと映った自分から少しだけ視線をずらす。髪を掻きあげ、俯く横顔はほとんど鏡に背を向けているせいなのか、鏡からではあまり良く分からない。
「話、終わりなら・・・・・帰って良い?」
淡々とした穂積の問いかけにも海斗は言葉を返す気が無いのか、俯いた顔を上げようとはしない。 だから、沈黙は肯定だと勝手に思う穂積は早々にこの場から切り上げようと出口へと歩き出す。
*****
「・・・・・オレはまた裏切られるのが怖かった。 信じたいと思う心のどこかで、全部信じるなんて無理だって、やっぱり思えて・・・・・」 歩き出す穂積の耳に呟くように聞こえてくる海斗の声がして、足を思わず止めると後ろを振り向く。変わらず立ち尽くし俯いた背中をじっと見つめる穂積に気づいているのかいないのか、それは独り言なのかと思わせる程、小さな声は続く。
「だから、オレにはお前だけじゃないって思いたかった。 こんなに人が溢れてる世の中にお前だけを思うなんて有り得ない、他のヤツが見つかる。 だから・・・・・誘われて答えたんだ。 オレを抱きしめ、愛を囁くのも、オレの中に身を埋める相手もお前だけじゃない、他にもいるんだって、確かめたくて・・・・・」
「・・・・・それで、見つかったからオレはいらない、そう言う気だったんだろ? わざわざ最後まで言わなくても・・・・・」
海斗の言葉を遮る様に告げる穂積の声に、肩をびくり、と奮わせるけれど、海斗は顔を上げようとはしなかった。だから、穂積はもう話す事の無い相手から視線を逸らし再び歩き出そうと一歩を踏み出す。
「・・・・・他にもいるのに、何でオレにはお前なのかな?」
ぽつり、と呟く小さなその声に穂積は再び足を止める。
「オレ以外に触れたのに、他人に触れたその手でオレに触れて欲しくない、とも思ってるのに・・・・・信じるなんて、もう無理だって思うのに、何で・・・・・」
独り言の様な海斗の更に続く呟きに穂積は堪えきれずにとうとう後ろを振り向く。相変わらず顔を上げようとしない海斗の姿を視界に収めたまま穂積は大きく息を吸い込む。
「・・・・・海斗?」
擦れた自分の声に戸惑いながらも名を呟く穂積に海斗はやっと俯いたままの顔をゆっくり、と上げる。
「・・・・・オレはお前を信じる事なんて、もう、出来ないのに・・・・・」
眉を歪め今にも泣きそうな顔で呟く海斗に穂積は思わず手を伸ばす。今、伸ばさないと、二度と取り戻す事は出来ない、そんな核心めいた気持ちが湧き出るまま穂積は伸ばした手できつく海斗を抱きしめる。 ぎゅう、ぎゅう、と抱きしめる腕の中、我慢も限界だったのか、ぼろぼろ、と涙を零す海斗はただ嗚咽を漏らすだけでそれは言葉にもならない。その背を回した手で上から下へとゆっくり、ゆっくり撫でながら、穂積は少し下にある海斗の肩へと顔を近づけ耳元へと唇を寄せる。
「信じなくて、良いから・・・・・それでも、傍にいて・・・・・」
そっと囁く声に海斗は肩を震わせたまま、だけど無言でただ頭を摺り寄せてくるから、穂積はただ回した腕に力を入れ、きつく抱きしめる。そうして、いつの間にか張り詰めていた息をそっと吐き出した。
ただ置いていたはずの手をゆっくり、と動かし出す穂積に海斗は慌ててもがきだす。
「・・・・・ちょっと、穂積! ここ、トイレ!!」
慌ててるのか、少しだけ上擦る声を出しながら、腕の中から逃げ出そうと胸に拒む様に伸ばす海斗の手を強引に引き寄せた穂積は個室の一つへと反動を利用して素早く押し込む。壁へと張り付き迫る穂積を戸惑う様に見上げる海斗に笑みを向けながら素早く扉を閉めた穂積はがちゃり、と鍵を後ろに手を回しかけながら、壁に張り付いている海斗へ一歩を踏み出す。
「・・・・・・穂積?」
「オレは海斗の海斗はオレの傍にいる・・・・・その為に、必要な事があるだろ?」
「え? あの・・・・・何?」
「裏切ったのはオレだけじゃない、だろ? お互いのモノになるてっとり早い方法があるじゃん!」
吐く息が触れ合う位置まで近づきながらも、にっこり、と笑みを向ける穂積の顔を見つめた海斗はその言葉の意味を考えているのか、その顔に少しづつ赤みが増してくる。だから、海斗が何かを言うより先に穂積は行動する。壁に押し付けられた格好の海斗の唇を塞ぎ穂積はもう一度体へと手を伸ばす。もう一方の手は壁へと押し付けた海斗の手をしっかり握り締める。
「他人の匂いがついたままなんて、オレだって嫌なんだよ!」
塞いだ唇をゆっくり、と離し呟く穂積に海斗は瞬きを繰り返し、そうして握られた手を握り返す。 触れるだけのキスがすぐに再開され、穂積の手は服ごしに撫でる、それだけで終わる事なくすぐにシャツの中へと潜りこんでくる。温かい肌の上を撫でる冷たい手にびくり、と身を震わせる海斗はそれでも今度は拒もうとはしなかった。 長く続くキス、唇を離す事を忘れているかの様にずっと交わったままのそこから濡れた音が零れだした。やっと離れた互いの唇の間を唾液が糸を引き、口の中を存分に味わった舌を引き抜いた穂積は首筋へと濡れたままの舌を這わす。腕の中、びくり、と震える体を撫でるように手を這わせ、ほんの少しの間に乱れた海斗のシャツのボタンを器用に片手で外しだす。手のすぐ後を追うように舌が続く。壁に凭れる様に立つ海斗の前、穂積は少しづつ腰を落としながら、素肌を露にする。 自分のものだと証拠を残すように白い肌に赤い刻印をつけながら、穂積は撫でる手の後をゆっくり、と舌と唇で追いながら、少しづつ下へと向かう。そうして、ひっそり、と頭を擡げはじめ、ズボンがきつくなってきている海斗の前へとそっと触れる。
「・・・・・穂積っ!」
「ここは、もっとって言ってるよ、海斗」
思わず名を呼ぶ海斗に下から笑みを向けた穂積は躊躇う海斗を気にすることなく素早く張り詰めた前を寛げると下着ごしに舌を這わせる。びくり、と震える海斗が縋る様に髪へと手をさしいれ掴むのに微かに眉を顰めた穂積は何も言わずに今度は直に触れてくる。 半分だけ頭を擡げていたはずのそれが海斗の意思に反してすぐに意気揚々と主張を始めるのは早かった。それを手で柔らかく握りこみ咥える穂積を見たくなくて海斗は思わず目を閉じる。温かい口の中に包まれたのは見なくても分かる。舌を絡め合うそれよりも卑猥で耳を塞ぎたくなる音が聞こえてくるのにぎゅっと瞳を閉じ唇を噛み締める海斗を見上げながら、口の中でどんどん力を漲らせて来るそれを穂積はもっと喜ばせる為、口と手で奉仕する。 そして、開いているもう一方の手をまだ乾いた後ろへとそっと伸ばした。
*****
舌と手で愛撫したおかげなのか、先走りを零してらてらと光る自己主張したままの海斗のものをそっと撫でながら、穂積は慣らしたもう一つの場所へと自身を当てる。
「海斗?」
「・・・・・早く、来て・・・・・」
良いか、と聞くように名を呼ぶ穂積に海斗は真っ赤になった顔で小さく呟く。だから、躊躇う事なく穂積は一気に自分を狭い入り口へと押し込む。慣らしたはずなのに、入り口は異物を拒む様にぎゅうぎゅう、と締め付けてくる。それを押し退ける様に穂積は更に奥へと身を進めた。
「・・・・・んぐっ・・・・・あっ、んっ・・・・・・んんっ・・・・・・」
唇を噛み締めても、それでも隙間から零れる声を堪える海斗へと穂積は顔を近づけ唇を塞ぐ。その背へと手を回ししがみついてくる海斗を抱きしめながら、穂積はそろそろ馴染んできた腰をゆっくりと動かし出す。 一度動かしたら止まらなかった。ゆっくり、と事を進めるつもりでいたはずなのに、気づけばがんがん、と腰を押し進め、ぐちゅぐちゅ、と零れる音はいっそう激しくなりぱんぱん、と肌を打ちつける音まで狭い個室に響き出す。 そんな穂積に抱きつき、海斗は声を堪えてはいるけれど、時折、微かに息を零す。そんな体をしっかり抱きしめ、何度も顔中にキスを落としながらも穂積は腰を大きく動かす。
「・・・・・っ、穂積!」
「うんっ、もう・・・・・いくっ!!」
擦れた声で呼ばれる自分の名前、そんな声に答えながら穂積はもっと深く、奥にいくために腰を動かす。ぎちぎち、と締め付ける中に呻くと同時に、熱く張り詰めた熱を吐き出した穂積は遅れて体を震わせる海斗をきつく抱きしめる。 独特の匂いが狭い個室に溢れ出すのに構わず、二人は顔を見合わせるとそっと触れるだけのキスをした。
適当、と言うには語弊があるかもしれないけど、早々に場を出るために崩した服を整えた二人はトイレから出ると真っ直ぐに駅の出口へと向かう。 タクシーが並ぶ外を歩きながら夜空を見上げる穂積の隣りで海斗はそっと息を吐く。
「ごめん、ちょっと・・・・・余裕、無かったかも・・・・・」
頭が冷えればそれなりに冷静になれる。あまりに盛り過ぎた10代の衝動の様に奪った隣りへと声を掛ける穂積の声は心なしか沈んでいる。そんな穂積の隣りに立つ海斗はその声に足を止める。
「平気・・・・・オレも、乗ったし・・・・・」
「海斗?」
「・・・・・これで、穂積はオレのもので、オレは穂積のもの?」
戸惑う瞳を覗き込み、笑みを浮かべる海斗の声に穂積は声もなくただ笑みを向けるとそっと手を取り握り締める。
「二度目はあっても、三度目は無いから」
「・・・・・分かってる・・・・・・」
握り締める手に力をこめ頷く穂積に一言告げた海斗はその手を握り返す。 冷たい夜風が二人の頬をそっと撫でる。ひんやりした夜風は染み付いた匂いを洗い落とし、篭った熱を冷ましてくれる。
「だから、早く帰ろう。」
繋いだ手を引き歩き出した穂積に手を引かれるまま海斗はその顔に笑みを浮かべる。 取り戻した温もりをしっかり繋ぎ直した穂積は今度こそ二度と離す事の無いように繋ぐ手にそっと力をこめた。 タクシーへと乗り込んでも穂積は繋いだその手を離す事は無かった。
- end -
タイトルが、とりあえずあれは穂積の心境という事で、終わりです。 後日談とか考えたらそっとUPしときますが、まだ無いです。お読みいただきありがとうございました。 20100401
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