「・・・・・る、輝!・・・・・大丈夫か?」
走る音の後、ゆっくりと近づいて来る足音に変わり、探る様に掛けられる声に輝はびくり、と体を硬くする。近づいて来る気配に痛む膝を堪えながら起き上がると少し離れた場所に会った鞄を引き寄せた。
「近づくな!・・・・・何の用?・・・・・俺にはもう無いから、二度と俺には触れないで下さい!」
「・・・・・来てたなんて、知らなかったよ。・・・・・あのさ・・・・・」
「来るな!・・・・・あんたとは二度と会わない、決めたから。それ以上近寄るな!」
「輝!・・・・・俺の話は聞いてくれないの?・・・・・一方的な別れの言葉で俺達は終わるわけ?」
鞄を持ち痛みを堪え立ち上がる輝の背後、戸惑いが声にも滲み出る蔵人の問いかけに微かに輝は笑みを零す。振る事はあっても振られる事には慣れていなかったのかもしれない。付き合う前も付き合いだしてもそういえばやたらもてる男だった。だから、そんな彼の一番になれた時は本当に信じられなかった。だけど、もう嘘はいらなかった。
「・・・・・これが一番良い方法だよ・・・・大丈夫、二度と連絡はしないから、さよなら蔵人」
歩き出そうとする輝の歩はすぐに阻まれた。鞄を持つ手と逆の手を掴まれ、思わず手を払いのけようと腕に力を篭めてみたけれど、逆にその手は更に力を篭めてくる。
「・・・・・痛いんだけど・・・・・」
「ふざけんなよ!・・・・・勝手に別れ話言われて、引き止めない奴がいるかよ!」
「勝手?・・・・・恋人がいるのに、勝手に彼女作るのは良いのかよ!・・・・・携帯は通じないし、家電はいつかけてもルスだし、音信不通にされたあげくに、彼女作ったやつに言われたくない!・・・・・・別れるっていうか、そっちはもう別れたつもりでいたんだろ?」
「・・・・・だから、何言って・・・・・」
本気で分からないのか眉を顰める蔵人に輝は手が緩んだ隙にさっさと腕を引き戻すと構わずに歩き出す。
「ちょっと、待てって、話がまだあるって・・・・・」
「・・・・・しつこい! 俺にはもう無いって言ってる!・・・・・早く帰れば。彼女が待ってるだろ・・・・・いつまでも未練があるみたいに俺を引き止めるの止めろよ。」
「・・・・・俺には彼女なんていないって、輝がいるのに、他の女に目がいくわけないだろ?」
「いい加減にしろよ! 彼女との夜の営みの時の声が隣りに響くから、少し声を抑えろって、隣りのやつが言ってたよ。俺はあんたを引き止めたり、泣いて縋ったりしない、引き際は心得てる。」
「だから、ちょっと待てってば!!・・・・・隣りのやつって誰だよ、それに俺は家には・・・・・・輝、パソコンのメールは、メール読んだ?」
「もう、離せったら!」
歩くのを阻む様に、今度は鞄を引っ張る蔵人に輝は苛々と言葉を返す。
「・・・・・輝!!・・・・・おまえが力で俺に叶うわけないだろうが!」
鞄を両手で引っ張りながら告げる蔵人の力に負け、転んだ時に痛めた膝が悲鳴を上げ輝はふらつく。それを見逃す事なく蔵人は緩んだ手から鞄を奪い取るとふらつく輝の体を抱き寄せると腕の中へとぎゅっと治めた。
「放せよ、俺はもう帰るから・・・・・」
「嫌だ! 放せば逃げるだろ、やっぱり、違う大学に進学するなんて止めとけば良かった。」
ぶつぶつ、と背後で呟きながらも、抱きしめる腕に力をこめてくる蔵人に輝はもう二度と触れるはずのない馴染んだ温もりに安堵しそうな自分の心を必死に奮い立たせる。
「・・・・・放せよ、抱きつく相手、間違ってる!」
「だから、俺には輝だけだって言ってるだろうが! 彼女、知らねーよ、そんなの!」
「・・・・・だって、隣りのやつが・・・・・」
「会ったばかりの人の言葉は信じれても、俺の言葉は信用できない?」
抱きしめる腕を緩める気もないのか、もがけばもがくほど、更に力をこめてくる腕の中、輝は俯くと「だって」とぽつり、と呟いた。
*****
「とりあえず整理したいから、ほら、こっち・・・・・公園があったはずだから・・・・・」
大人しくなった輝の手を掴み、転がった鞄を空いている手で持った蔵人はそのまま歩き出す。少し道から逸れた場所に公園というよりも休憩所みたいなベンチの並んでる場所があった。おざなりに所々外灯がついているその場所のひとつのベンチに鞄を置くと輝を強引に座らせた蔵人は隣へと座る。その間も握った手は放される事なく逃げられる隙はどこにも無かった。
「・・・・・あの・・・・・」
「ああ、どこから話せば良い? 巧く話せる自身が無いんだけど・・・・・」
握られたままの手を離して欲しくてそっと隣りへと顔を向ける輝の視線に気づいたのか、蔵人は目を向けると微かに呟くと繋いだ手とは逆の手で前よりも格段に伸びている前髪を鬱陶しそうに掻き上げる。
「電話、最後にしたのいつだっけ?・・・・・確か、二週間と少し前で、あの日、大学で泊まりこみになりそうな課題を押し付けられて、ゼミの仲間と泊まりの相談をしたんだよ。だから、家電は暫くルスだから、無理だって言ったよな。運の悪い事に前日に携帯もとうとう壊れて、中々店に行ける時間も無かった。」
「・・・・・泊まり?・・・・・携帯壊れたって、だって、さっき・・・・・」
「ゼミから解放されて、やっと今日店で買い換えました、ほら、結構新しい機種に変更したんだぜ。」
ポケットから取り出した携帯を目の前に突き出され、輝は瞬きを繰り返す。家電がルスになるとか、そんな話を聞いた覚えは無いはずだと必死に記憶を最後に電話をした日まで遡ってみようとしても既に記憶は曖昧だ。
「・・・・・じゃあ、夜の営みの彼女は?」
「だから、ずっと大学にいたのに、部屋には帰ってないって・・・・・・彼女なんて誓っていないよ!」
「でも、俺は家電がルスで携帯も通じないなんて聞いてないし、それに、携帯だって、いつ買い換えたとか会ってないのに分かるわけないじゃんか!」
目の前に突き出された携帯は確かに前とは違っていたけれど、蔵人と最後に会ったのは夏まで遡る。その後すぐに携帯を買い換えたって会ってない輝には分からない。
「・・・・・電話じゃなくて、暫くメールにしようとは言った気がするんだけど、しかもパソコンのメールじゃないと俺は無理だからって言わなかったか?」
「・・・・・・そんなの、は・・・・・・・」
蔵人の言葉に不意に頭の中で重なる声、二週間前の最後の電話での会話が輝の中微かに蘇る。
『・・・・・から、メールじゃないと無理になるから、携帯じゃなくてパソコンの方だぞ、間違えるなよ!』
『はいはい、それより、俺さー・・・・・・』
軽く聞き流した様な気がする会話の中に確かにそんな事を言われた気がして、輝はじっと見つめてくる蔵人の視線から思わず視線を逸らさずにはいられなかった。
「思い出していただけましたでしょうか?」
低い声で呟く蔵人を見るのが怖くて顔を俯かせる輝はずっと繋いだままの手を見る。
「・・・・・あの、ごめんなさい、パソコンのメール、パソコンのメールね・・・・・」
「ひーかーるーっ! パソコンの方、チェックしてないのかよ・・・・・」
「いや、あの・・・・・活用はしてるんだけど、ネットに繋げてなくて、その・・・・・」
レポート作りで何度か電源はいれたけれど、さすがにメールのチェックなんて一度もしていないのに気づき、何だか居た堪れない気分で俯いた顔を上げる事もできずに、輝はぼそぼそと答えを返す。
「家に帰ったら即効見ろ! 寝る時間削って必死に送った努力の俺のメールを! わけも分からず別れ話された俺がいかに可哀想だったのかマジで確認しとけ!」
「・・・・・はい、本当に申し訳ありませんでした。」
呆れた声で告げる蔵人に輝はひたすら深く頭を下げるしか出来なくて、一人で勝手に勘違いしていた自分が居た堪れなくて顔を上げてまともに蔵人の顔を見るのも怖かった。
「マジで・・・・・・頼むから、たまにはまともに俺の話も聞けよ。・・・・・・俺には輝だけしかいないし、お前に捨てられたらマジに困るって自覚してくれよ。」
繋いだ手をそのまま肩を引き寄せ抱きしめながら呟く蔵人の声に輝は今度は躊躇う事なく素直にその胸元へと顔を寄せた。 規則正しいはずの鼓動が少し早くて、それだけで、不安で渦巻いていたもやもやが晴れていく気がしていた。
「・・・・・でも、部屋には一度も帰ってないの?・・・・・着替え取りに帰ったりとか、しない?」
「着替えは取りに帰ったけど・・・・・立てる?・・・・・とにかく部屋戻ろう、ほら、輝の傷の手当もしないと、な?」
思い出した様に呟く輝の疑問に答えるでもなく、ベンチから輝を立たせた蔵人は荷物を肩にかけると一度は放した手をまた繋ぎなおすと部屋に向かって歩き出した。
*****
「お前ら、人の部屋であれほど盛るなって言っておいたのに、もぉ、部屋貸さねーっ、とっとと出てけ、バカップル!!」
部屋に入ると同時に怒鳴る蔵人の前に座っていたのは男女のカップルで、二人共、何も言い返さないままただ笑っている。
「・・・・・蔵人、俺ら帰る家が無いんですけど・・・・・」
「なら、実家に帰れよ、取りあえず、もう貸さないからな。人のいない間に散々盛りやがって、こっちは良い迷惑なんだよ。ルスにするからって変な仏心出すんじゃなかった!」
男の方が困った様に告げる言葉にも蔵人は首を振り、ただ喚く。顔を見合わせたカップルは「お世話になりました」とそのままあっさりと部屋を出て行く。それを呆然と見送った輝はまだ喚いたせいで、荒い息で肩を震わす蔵人へと顔を向ける。
「・・・・・蔵人?」
「ああ、ごめん・・・・・あがれよ!・・・・・多分、隣りのヤツが聞いたのはあいつらのだと思うんだけど・・・・・」
「あの人達、帰る家無いって、追い出して良いの?」
「良いんだよ。・・・・・ルスにする間だけ貸すって話だったから、ほら、早くあがって。」
救急箱を取り出し手招きする蔵人に輝は躊躇いながらも靴を脱ぎ近寄っていく。
「・・・・・あの、人達・・・・・」
「ああ、男の方が大学の同期。部屋で水漏れがあったらしくて、修理の間泊まれる場所探してて、ほら、丁度ルスにするし、暫くならって言ったんだけど、まさか、それが誤解の理由になるとは、ね。・・・・・ここ、壁薄いって言うべきだったかな?」
「・・・・・・あの、ごめんなさい。本当に俺の完璧な誤解?」
「だから、そう言ってるじゃん。俺は輝以外のヤツはいらないって何度も言ってるだろ?・・・・・俺を疑ったんだから、お仕置きは覚悟しろよ?」
「え?・・・・・あの、俺、明日帰るから、その・・・・・」
「明日は土曜だよ、輝。しかも、めでたい事に、月曜は祝日。月曜に帰れば、ほら、学校は平気だろ?」
「・・・・・バイトもあるし・・・・・」
「もちろん、休め!」
にっこり、と笑顔で告げる蔵人の目が笑ってなくて、輝は困った顔で笑顔を返すけれど、その顔はかなり引き攣っていた。 それから、帰るまで、ひたすらベッドから出してもらえず、月曜の夕方、駅まで見送りに来た蔵人の晴れやかな顔と違い妙に憔悴しきった顔の輝はまた暫く会えない恋人に熱烈な抱擁とキスを貰い、電車へと真っ赤な顔で乗り込んだ。
別れるんだという暗い気持ち満載で乗った行きの電車とは違い、体はしんどいけれど、妙に浮かれた気分でまだ恋人を思える自分に輝は微かな笑みを浮かべた。
- end -
2009-01-12
タイトルと違うのはいつもの事ですが、それにしても妙に明るくなったのは気のせいですか? ちなみ
に「finds out」には「みつけだす」という意味があるそうです。 みつけたのはすれ違った二人の言葉という事で、お題に関係な
く後日談作ってます。興味のある方のみ探して見て下さい。 20090112
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