鼻歌でも歌いたくなる位の軽やかな足取りで斉藤暁(さいとうあきら)、通称アキは階段を駆け上がる。
今にも壊れだしそうな、でも中々壊れない階段がミシミシと嫌な音を立てるのだけれど今更の事で驚きもせず今日はとても嬉しい事があったからいつもよりも全く気にもせずに上の階へと上りアキは自室のドアへと鍵を差し込んだ。
「・・・・・?」
違和感に頭を傾げアキは空回りした鍵を取り出した。
出かける時に施錠はしっかりと確認したはずの部屋の中へとすんなり開いたドアから入りこんだアキは薄暗い室内に眉を顰めたまま足を踏み入れた。
ゆっくり、どきどきと激しく鼓動する胸を押さえ部屋の奥へと進んだアキは持っていた鞄を床に落とし呆然と立ち尽くした。
窓から差し込む月明かりだけが照らす部屋の中にはギシギシと軋むベッドの音と甘い喘ぎ声が響く。
「・・あっ・・あんっ!・・・イイっ・・・もっと、そこ・・・っああん!」
ベッドの上で半身を起こし必死に腰を動かし喘ぐ声が段々と高くそしてもつれて舌っ足らずにも変わる。
低い笑い声が聞こえ突き上げを深くする為なのか上に乗ってる人物、まだ20才そこそこの青年の若くはりのある白い裸体の腰へと手を伸ばしたのをアキは呆然と見る。
行為に没頭しているからなのかどちらもアキの事に気づく様子もなくクライマックスが近づいてるのか上に乗っている人の喘ぎ声もせっぱ詰まっている様でただ事の成り行きをアキは見送るしかできなかった。
ギシギシとますます軋むベッド。
「ああん!・・・イイよ、イっちゃう・・・もう、イくーーーー!!」
叫ぶように漏らしどさり、とベッドの上の人物へと倒れこむ彼にアキはやっと部屋から出よう今更思いつき後ろへとそろそろと下がろうとしてどたり、とこける。
間抜けな自分に泣きたくなりながら身を起こしたアキにベッドの上の二人はやっと気づいた。
「・・・何だよ、あんた・・・」
「アキ〜!!・・・お帰りーーー!」
問いかけ様とする青年より先に彼の下にいた男がさっきまで情熱的な行為をしていたはずの青年を跳ね除けアキへと近寄ってくる。
アキの手を取り抱き起こす男、篠原祐樹(しのはらゆうき)をアキはじろり、と睨む。
「何やってんだよ、人の部屋で。」
「・・・だって、アキ帰ってこないし。アキの部屋だとオレが安心するし。」
ぼそぼそ、と話す言い訳をほとんど無視してアキは立ち上がるとベッドへと近寄る。
「出て行って!・・・ここ、オレの部屋。続きは別の所でやって。」
「・・・え?ここって・・・あんたの部屋?」
もたもたと服を着だしながら呟く彼にアキはただ無言で頷いた。
「すいませんでした!」
少しトーンの高い声で謝るとさっさと逃げていく彼を見送りまだ床に座り込んでいた男へとアキは無言のまま近づいた。
「お前もでていけよ!・・・オレの部屋はお前のラブホじゃないって言ってんだろうが!」
片足で男の背を軽く蹴りながら言うアキにそれでも男は床から動こうとしなかった。
一歩も動こうとしない男に溜息を漏らすとシャツを投げるアキに初めて男は顔を上げた。
「みっともない格好でいつまでもいるなよ。それと、早く出て行けよ。今はお前の顔見たくない。」
「・・・アキ?・・・ねぇ、ごめん。もうしないから追い出さないでよ。オレ、行くとこ無いの知ってるだろ?」
「知らないよ、そんなの。」
「アキ!」
縋る様見上げる男から顔を逸らし呟くアキに男は悲痛な声でアキを呼んだ。
「いい加減にしてくれよ。」
漏らした呟きを聞こうともせず足に縋りつく男にアキはうんざり、とした溜息を漏らした。
来るもの拒まず、去るもの追わずが信条の祐樹。
定職にも就かず、かといってバイトもしないでふらふらと遊べるのは親が金持ちでいつだって金に困る事を知らない世間知らずの自分勝手。
そして、そんな祐樹と知り合った事を未だに後悔しているのが真面目だけが信条のアキだ。
二人の出会いは高校の時に遡る。
あの日、アキが情けをかけなければこんなに祐樹に懐かれる事すらなかった人生最大の過ちをアキはうんざりと思い出していた。
キスをしていた、と思ったら相手を殴ると去っていく少年と殴られた拍子に座り込んだまま呆然と取り残された少年。
その場へと居合わせてしまったのがアキの不幸の始まりだった。
呆然と座り込んでいた少年がまさか悪名高い遊び人の祐樹だと知っていたならアキは彼を慰めようとも思わなかったのに残念な事に、アキは悪名高い篠原祐樹の名は知っていても顔は知らなかったのだ。
持っていたパンを分けてやり慰めるアキに祐樹は見事に懐いた。
未だに何故懐いたのかは不明なのだけれど、祐樹は何度聞いても曖昧に答えを濁すだけだ。
そして名前を知った時には既に遅く、アキは祐樹に懐かれたまま平凡だった高校生活から一転、今更思い出すのが嫌な位最悪な高校生活を余儀なくされた。
それは大学にまでもつれ込み、いつだって祐樹のおかげでアキの生活は乱された。
就職を機に実家を出ると一人暮らしを始めたアキの家に転がり込むのはまだ何となく許せたけれど、何度言っても祐樹はアキの部屋をラブホ代わりにするのを止めなくて、こうされたのはこれで何度目かもわからない。
さっさと過去最大の汚点を頭を振り追い出すと未だにアキの足に縋りつく祐樹をアキは冷たい視線で見下ろす。
「うざいから、離れろよ!」
アキのその言葉におずおずと祐樹は離れると先ほど渡されたシャツをそろそろと着込む。
「今度、同じことしたら追い出すって言わなかったか?」
「・・・でも、オレは誘ってないよ。あの子が勝手に着いてきて・・・」
「手をだしたら同じだろ。・・・出て行けよ!・・・実家に帰れ!」
「・・・アキーーーっ!」
「オレは二度とお前の顔は見たくないんだよ!・・・分かったら出ていけ。」
追い立てるように祐樹を立たすとアキは祐樹の言い訳に聞く耳も持たずにさっさと玄関へと連れて行く。
「二度と来るなよ。・・・それと、鍵返せ!」
「嫌。」
「・・・返せ!」
何度かの押し問答の末、強い口調で言うアキに祐樹は悲しそうな顔で渋々と鍵を取り出した。
名残惜しそうに鍵を見つめる祐樹に構わずさっさと鍵を取り返すとアキは祐樹を外へと追い立てる。
「二度と来るなよ!・・・じゃーな、篠原。」
靴すら履こうとしない祐樹の靴も外に出すとアキは玄関の鍵を閉めると重い溜息を漏らした。
あの大型犬の訴える様な目を二度と見なくて済むと思いながらも何故かすっきりしない胸のむかつきにアキは少し眉を顰めたけれど頭を振り室内へと戻る。
二度と見ないはずだったのにどうしてここにいるのかアキは眉を顰めたまま溜息を漏らした。
「何の用?・・・会いたくないって、オレ言わなかったか?」
人の部屋の前に座り込んでるむかつく男、祐樹にアキは冷たく言う。
アキの声に顔を上げたまま祐樹はしょんぼり、と黙ってアキを見上げてくる。
「・・・邪魔だから、どけてくれない?」
「アキ、まだ怒ってる?・・・オレ、もうしないから、だから・・・」
「知らないよ。・・・オレはもう篠原と関わるのはうんざりだよ。早くどこか行ってくれない?かなり、他の住人にも迷惑だし。」
うんざりだ、と溜息を漏らしながら話すアキに祐樹はそれでもドアの前から動こうとはしなかった。
「どけろよ」
「・・・アキ、お願いだから許してよ。もう本当にしないから。アキがいないとオレは寂しい。」
「いい加減にしてくれよ。・・・恋人でもセフレのとこでも実家でも行くところあるだろ。ここじゃなくてそっちに行けよ。頼むからオレの生活を乱すなよ。」
「・・・アキ・・・」
ぽつり、と名を呟く祐樹を無理矢理どけるとアキは部屋の鍵を開ける。
「二度と来ないでくれ。」
再度言い残すとアキは部屋に入ると鍵をしっかりかける。
浅く広くが信条の祐樹だから今はしつこく付き纏ってもその内居なくなるはずだとアキは自分へと言い聞かす。
甘い顔を少しでも見せたら祐樹との縁が中々切れるはずが無いと迷惑な友人が居なくなっても自分は困らないと何度もアキは言い聞かせた。
真っ当な道を歩いてるアキの迷惑意外の何者でもない祐樹との縁を断ち切れなかったのは最後の一歩でアキが折れるからだ。
でも、もう二度と折れないと堅く誓うとアキは部屋へと入っていく。
でもアキの思惑は当てが外れた。
仕事場で疲れた溜息をひっそり、と漏らしながらアキはパソコンの画面を見つめる。
祐樹との縁を断ち切ると決めた日から一週間。
祐樹はアキが仕事から戻る頃にはいつも部屋の前に居る。
何度言い聞かせても聞く耳持たずで次の日にはまた部屋の前に座り込んで居る。
アキは普段温厚で通ってる程怒らない。
なのに毎日の様に待ち伏せしている祐樹に怒鳴りすぎて最近は咽もいがいがしている。
思いつく限りの言葉で拒んでも祐樹は懲りない。
そんな毎日を繰り返していてアキは仕事では無くプライベートで疲れていた。
祐樹がなぜそんなにアキにこだわるのかも分からず、日々疲れだけが増えていく。
どんな言葉を話せば祐樹が納得してくれるのか、それだけが今のアキの最大の悩みだった。
「だから、オレは言ってるだろう。お前の顔も声も見たくないし、聞きたくないと。」
うんざり、と話すアキはこれで何度目になるのかわからない溜息を漏らす。
「オレは嫌だ!・・・これからはちゃんとするから、お願いだから今回は許してよ。」
「・・・今回は?まるで、初めてみたく言うなよ。オレはもううんざりなんだよ!・・・頼むから二度と来ないでくれ!」
必死に話すアキに祐樹は悲しそうな顔をする。
その手には乗らない、と意思を固め睨みつけるアキに祐樹は泣き出しそうに顔を歪める。
反論する気はないみたいだとアキはその顔で判断するとそのまま部屋へと向かい歩き出す。
明日からは平凡な日々だと良いなと思いつつ階段を上り、少しだけ気になり下を向くと祐樹はまだ立ち尽くしたままだった。
頭を振りアキは部屋の鍵を開けると逃げるように家の中へと入り込んだ。
本当はわかってた。
祐樹だけが悪いのでは無い事も今までのアキが優柔不断過ぎたのもわかっていたけれどアキは認めたくなかった。
今の今まで祐樹を拒めなかった自分が悪いのだとわかってはいたのに、祐樹は普通に友達にしておくにはあまり嫌な人間では無かったから、だから、ずるずるときてしまった。 縁をどこかで大切にしてみたかったのかもしれない。
悪名だって知っていたのに、散々嫌な思いだってしてきたのにどこか憎みきれなかった祐樹だから。
でも、もういいや、と思う。 祐樹との出会いの全てをなかった事にしてしまいたい。 もう、疲れたとも思うから。
ベッドへと倒れこむとアキは最近尽きない溜息を漏らしゆっくり、と瞳を閉じた。
部屋の中の静寂が破られたのはそう遅い事じゃなかった。
どんどんとドアが壊れるんじゃないかと思わせる程大きな音を立てドアを叩く音にアキは重い溜息を漏らすと立ち上がる。
隣り近所から苦情が来るだろう明日を想像するとこのまま他人のふりはできなくて渋々ドアを開けると案の定、想像通りの祐樹が立っていた。
「・・・まだ、何か用?・・・迷惑なんだけど・・・」
冷たく言うアキに祐樹は軽く深呼吸をするとアキを押しのけ部屋へと上がりこんでくる。
「祐樹!・・・何してんだよ!!」
「・・・何で!何で今更オレを否定する?・・・今までは友達止めるまで言わなかったのに。」
「今更だけど、オレはもうお前に振り回されるのは嫌なんだよ!」
「・・・振り回す?・・・どこが・・・アキがオレを振り回してるんじゃん!」
今回は絶対に折れない強気なアキに祐樹は泣きそうな声で反論してくる。
まるで、堂々巡り、話がどこか噛み合って無い感じはしてたけどアキも祐樹も止まらなかった。
「もう、友達じゃないし出て行けよ、ここから!」
座りこむ祐樹を必死に立たせ追い出そうとするアキに祐樹も今回はされるがままではいなくて、動く気は無いと必死に抵抗する。
服を必死に引っ張るアキに祐樹は抵抗するとアキを押し倒し上へと体重をかけてくる。
「離せよ!!・・・何、してんだよ!」
抵抗する側になったアキの上でその抵抗をものともせず乗り上げたまま祐樹は真っ直ぐアキを見る。
「アキが居ないと生きていけないのに、オレを捨てるの?」
「・・・オレは別にお前を拾ってないし!・・・重いからどけろよ!」
「そう。なら一生オレから離れなくしてあげる。」
「何?・・・・止めろ!止めろよ、祐樹!!!」
視線を逸らし祐樹を見ようともしないアキに祐樹は片手でアキの両手を抑えるとネクタイを外し両手を片手と口で器用に縛り付けてくる。
喚くアキを祐樹は凝視する。
「アキが悪いんだよ。・・・オレを捨てようとするから・・・」
ぽつり、と小さな声で呟くとシャツを引き裂き祐樹は体重をかけアキの抵抗をしっかり押さえつけたままズボンのベルトへと手をかけてくる。
アキは体中を駆け巡る悪寒と身動きとれない恐怖で呆然としたまま祐樹の行動をぼんやり、と眺めていた。
すいません。コメディのつもりだったのですが。
novel top next
|