高校の時、性衝動の目覚めを自覚したのは友人達、数人で集まり見たAVの鑑賞会。それじたいはこれといって特筆すべき事の無い、ごくごく当たり前の目新しさも無いAVで見れば見るほど気持ちが萎えていくのを感じていたその日、偶然目が合った友人に欲情した。お互いが同じ気持ちだったのか、二人そっと場を抜け出し、気づけば人気の無い橋の下貪る様なキスを何度もしていた。 そこで終われば笑える過去だけど、それには続きがあった。キスをした翌日にはもう普通の顔で話をするその友人を見るだけで自分の意思と裏腹に最も正直な部分が反応した。もうただの友人とは自分の中ではとても思えない彼と体を繋げるまでの期間はまるで拷問だった。「欲しい」と直接言える雰囲気が彼には見当たらなかった。あの日のキスはあの日だけの衝動だと思い切られている様に彼の態度はそれまでと変わらなくて、それでも自分は違った。何度も夢に魘される。知らないのに、キスより先を何度も彼としている自分。お互いしか見えない部屋の中ただ欲望に忠実な理性の無い獣の夢が日々繰り返され、夢が現実と繋がったその時初めて、こんなに彼が欲しかったんだと一人悦に浸った。だけど繋がるのは体だけで、彼の態度は変わらなかった。一度体を離してしまえば、いつもと同じ友人の顔を見せる彼の心が分からないまま、それでも体だけを何度も繋げた。「好き」だと言わない彼に習い、自分も一言だって告げなかった。何とも思われていないと何となく気づいていたから、告白してしまえば、この微妙な関係が終わってしまう。ただそれだけの理由で何年も告げる事なく、二人きりの部屋で何度も体を繋げた。 縁を切られたのだと気づいたのは、何度かけても繋がらない電話に疑問を抱いてからだけど、思い起こせばしつこく告ってきた女と学校帰りに会っていたのを見られた友人からひやかされたその日。考えるとこの日から彼の態度は少しづつ変わっていた。だけど、それに気づいた時はもう遅くて、彼は手の届かない場所へといなくなっていた。この手に体に、余熱だけを残し、彼は忽然と姿を消した。
過去を思い出していた樹は元親友であった彼、深星がソファーの上、横たわるその姿をぼんやりと眺める。寝顔なんて何度も体を繋げていたあの頃だって見た事が無いから、今初めて目を閉じている姿を見る。細い体はあの頃と同じく未だに肉付きが良くないのかほっそり、と華奢だ。見慣れないスーツ姿に深星が自分の前から消えてから、本当に数年は経っているのだと実感させる。きっと何人なのか想像はしたくないけれど、自分以外の人が触れていないはずが無いと確信の持てる肌は仕事疲れのせいなのか、昔より更に白い。手を伸ばしかけ樹は自分の手が震えてるのに気づきそっと苦笑を漏らす。震える程待ち望んでいた姿にこくり、と喉を鳴らした樹は一度手を握り締めまた伸ばす。今度は躊躇う事なく手を伸ばし、最初に触れた頬はひんやり、と冷たい。眠る姿を眺めるだけでは満足できない、目の前にいるその人に触れたい、その衝動がより強くて、樹はそのまま顔を近づける。そっと数年振りに触れる唇は少しかさついていて、舌を伸ばし唇をなぞる。
「・・・・・んっ・・・・・」
感触に微かに呻く声に思わず顔を離した樹はそのまま深星を眺める。起きる気配のないその様子にそっと息を吐き、樹はもう一度唇へと触れる。舌でなぞったせいなのか、しっとり、と濡れた唇は吸い付くようだ。もっと深く味わいたい、自然と溢れてくる欲望をそれでも堪えながら、樹はゆっくりと触れるだけのキスを何度もすると、やっと首筋へと手をかける。きつく結ばれたネクタイへと指をかけしゅるり、と抜き取り床へと落とす。ボタンを数個外すと現れる白い肌に樹は微かに目を細め、手でそっと撫でながら残りのボタンを外しつつ、ゆっくり、と首筋から鎖骨へと撫でる様に唇を押し付ける。深星の様子を窺い起こさない様に様子を見ながらも唇で手で撫でる肌は樹に待ち望んだ温もりを与えてくれた。
*****
遠くから聞こえる水音に深星の意識はゆっくり、と浮上する。視界に入る天井に見覚えが無くて、薄暗い部屋がどこなのかも分からないまま身を起こそうとした深星は腰に走る痛みに呻きながら思わず自分を眺める。ふかふかの肌触りのそこがベッドだと辛うじて分かるけれど、なぜ素っ裸で自分がここにいるのか深星は理解できない。鈍い腰の痛みも何度も経験した事のある行為に付随するソレにそっくりで深星はドキドキと逸る胸を抑えながら息を吐く。 落ち着け、と何度も心の中唱えながら、眠るすぐ前の記憶の一番新しい部分を引き出そうとして、いきなり車の中乗り込んできた樹に腹を殴られた事を思い出す。 咄嗟の事で防御はもちろん心構えすら無いまま受けた衝撃はダイレクトに体に伝わり、そこで深星の意識は途切れていた。薄暗い室内に目をやり着ていた服を探すけれど、どこにもそんなものは見当たらない。ここがどこなのかもはっきりしないまま呆然とベッドの上座りこんでいた深星はドアの開く音でそろそろとドアへと顔を向ける。隣りの部屋は明るいのか光を背にする人の顔がはっきり見えなくて深星はこくり、と喉を鳴らす。腰にタオルを巻いたままの裸に近い姿で部屋に入って来たのは樹だった。
「・・・・・千草? どうして・・・・・」
「やっと起きたんだ。 随分深い眠りだったから、どこか悪いのかと心配してたんだ。」
笑みを向け深星の疑問に答えないまま近づいてくる樹の呟きに深星は思わず拳を握りこむ。
「心配? あんた、俺に何したんだよ!」
「・・・・・何って、言わなくても分かるだろ? それとも言わないと分からない?」
くすり、と笑みを零し告げる樹に深星は近づいてくる男を呆然と眺める。罪の意識どころか後悔すら見えない男が正気なのかそうでないのか一瞬躊躇う深星に気づいていないのか、樹はすぐにベッドへと乗り上げてくる。
「・・・・・何、考えて・・・・・」
びくびく、と体を疎め、顔色を失くした深星の問いかけに答えないまま樹は顔を近づけてくる。逃げる様に顔を避け視線をも逸らす深星の頬へと手を伸ばした樹は強引に唇へと触れてくる。息さえも奪う深いキスに思わず口を開け酸素を求める深星はすぐに舌をも絡め捕られる。くちゅくちゅ、と濡れた水音が溢れ出し、飲み込みきれない唾液が唇を伝い零れだす。そのまま、一度は起こした半身をベッドへと再び押し倒された深星は抵抗を試みるけれど、圧し掛かられた状態では巧く動く事すらできずに息さえ奪う深いキスと同時にいつの間にか両手も頭の上で抑えつけられていた。
ぎしぎし、と軋むベッドの上、両手を縫いとめられた深星の上に乗ったままの樹が腰を動かす度に濡れた音が零れる。
「・・・・・あ・・・・・んっ、く・・・・・」
奥を穿たれる度に望んでいない熱を引き出される。押しては引いて、また押してを繰り返すだけの行為に深星の意思と裏腹な体は本能の赴くままに欲望を強く主張する。空いている樹の手で堰きとめられたままのそこはだらだらと先走りの液をもうずっと深星の腹へと零している。流れ落ちるそのどろどろとした液のせいなのか、穿たれる樹のものから流れ出る先走りのせいなのか、繋がる部分から聞こえる卑猥な水音は更に大きくなる。 聞くに耐えない音が部屋中を埋め尽くす。 声もなく、互いの息の音とベッドの軋む音に混ざり合う様に響く水音。 抑えても堪えても漏れる声を唇を噛み締め、形ばかりの抵抗を示す深星に樹は顔を近づけるとすぐに唇を奪う。 いつの間にか外され自由になった手で押し戻す気力も無い深星はされるがまま、最後の波が到達し、弾けるのを感じる。 体の奥、溢れ出る奔流を感じながら、やっと熱を出す事を許された深星自身は互いの腹の間でどくどくと音がする程溢れ出た。 熱を吐き出し、途端に冷めていく体に入り込む熱を吐き出し勢いを失くしたものを引きづりだしながら、樹は再び奪った深星の唇を飽きる事なく貪り続けた。糸を引き離した樹の唇が濡れてきらきらと光るのを視界に入れた深星は零れだしそうな意味の無い言葉を止める為に堅く唇を噛み締めた。
素っ裸の汗や精液の張り付いた体を引きづる様に樹は深星をバスルームへと連れて行く。シャワーを頭からかけながらも、再びキスを仕掛けてくる樹を両手で止めた深星は目の前にいる樹をじっと見つめる。
「・・・・・・何?」
「何で、何でこんな事・・・・・どうかしてる・・・・・」
「・・・・・・確かにどうかしてるだろうね。 だけど俺を狂わせたのはお前だろ?」
「何を・・・・・言って・・・・・」
両手を抑えこみキスをしながら告げる樹の声に戸惑いを隠せないまま呟く深星の姿に樹は口元を歪める。
「俺の前から何も言わずに消えただろ? あれはかなりの衝撃的な出来事だったんだ。 好きだったのに・・・・・」
微かに浮かべた笑みを引き攣らせ、告げる樹のその声に深星は呆然と樹を見つめる。まさか、同じ気持ちでいたなんて信じられずに目の前にいる樹を呆然と眺めたままの深星は硬い床に押し倒され、思わず腕を張る。
「待って! だからって、こんな事意味無いだろ?」
「意味? あるよ、俺を傷つけたお前に傷をつける事は出来るだろ? 俺という形の消えない傷」
言いながら、抵抗する深星の体の上に圧し掛かり、その手を掴み床へと押し付ける樹はそのままの姿でにっ、と笑みを向ける。唇を奪い、縦横無尽に動き回る舌に口内を犯され、素肌を空いた手で弄られる。違う、と頭で叫んでも体が雁字搦めに囚われ身動き取れない深星は口内を犯す舌へとそろそろと舌を伸ばす。 絡まれると思っていなかったのか、瞳を見開く樹の目を見つめたまま深星は直も舌を絡める。くちゅくちゅ、と絡まる舌が紡ぎ出す水音、唇の端からだらだらと絡む舌からも飲み込み切れず口の中に溜まる唾液も零れていく。
*****
濡れた舌が糸を引き離れると同時に押さえつけていた樹の拘束が緩む。顔を離し見下ろす樹に深星は微かに笑みを向けると手を伸ばす。そんな深星の手を取りながら、樹は無言のまま深星の唇の端から零れ落ちる唾液に手を伸ばすと丁寧に拭う。バスルームの床の上、伸ばした手を握りこんだ樹は無言のまま深星を起こす。 互いに言葉を交わさないままの無言の沈黙が長く続くはずだったその雰囲気を破ったのは深星の盛大なくしゃみだった。お互い素っ裸でバスルームの床の上に座りこんでいるのに、今更気づいた樹は無言で深星の手を引くとさっさと部屋へと戻る。自分は早々に服を着ると適当に見繕ってきた服を深星に投げつけた樹は台所へと消える。 会話の全く無い沈黙の中、深星は投げつけられた服を着込むと、微かに溜息を吐いた。 大した時間もかからず戻ってきた樹は二つの湯気の立つカップを手にしていた。一つを深星の目に置き、自分も椅子に座りこみ早々にカップへと口をつける。
「・・・・・どうして」
やっと呟く擦れた樹の声に深星はカップに口をつけながら顔を上げる。
「最後まで拒めよ! 何で、あそこで・・・・・」
「・・・・・好きなのは俺もだったから。 好きだと言われて嬉しかった。」
ずずっ、とカップの中の液体を啜りながら告げる深星に樹は目を見開く。驚くその顔に笑みを向けると深星は大きく息を吸い込み口を開く。
「好きだと気づいたら、言うより逃げる方が楽だったから、拒まれるのが怖かった。 言えば何か変わった、かな?」
ことり、と手にしたカップを目の前のテーブルに置き問いかける深星に樹は唇を噛み締め眉を顰める。好きなんて言わずに体だけ繋がったあの頃、逃げる事を選んだのは唯一つ。好きと告げる、それだけで関係が変わってしまう、それが悪い方向なのか良い方向なのか想像もできない。それが怖かった。
「何だよ、それ・・・・・いや、言わない俺も悪いのかよ・・・・・でも」
ぶつぶつと呟く樹を深星は何も言わずにじっと見つめる。口の中で自問自答しているのか巧く聞き取れないそれに、微かに首を傾げた深星は何気に俯いていた顔を真っ直ぐに自分へと向けてくる樹の突然の視線に思わず姿勢を正す。
「深星が悪い! やっぱり、何も言わずに逃げるお前が一番酷いだろ!」
結論が出たのかはっきり、と告げる樹に深星は微かに苦笑する。反論もせずただ苦笑を浮かべる深星に樹は微かに唇を尖らせたまま、近づいてくる。
「ねぇ、やり直させてよ! 好きだと言ってから触れたに訂正してよ!」
言葉と同時にふわり、と腕を回され抱きしめられた、胸の中、深星は戸惑いを隠せない顔を上げる。
「・・・・・千草?」
「名前、呼んで。 深星、好きだよ。ずっと、好きだった・・・・・・」
「ちぐっ・・・・・樹・・・・・」
名字を言いかけ睨む樹の目に深星はすぐに訂正した名前を呟く。笑みを浮かべ抱きしめなおす樹の腕の中、深星はそろそろと手を伸ばす。ぎゅうぎゅう、と次第にきつくなる腕の中、回した手でぎゅっとその背を握り締める。
「・・・・俺も、好き・・・・・」
ずっと言えなかった言葉がするり、と口から出るのと樹が顔を寄せてくるのはほとんど同時だった。 そっと重なり合う唇が深くなる中、ずるずると椅子に倒されながらも深星は樹の背を握り締めたまま、その重みを受け止めた。
「同じ空の下にいるんだから、また必ず会える」
空を見上げ樹はいなくなった人への思いを胸にひっそりと抱え込む。 見上げた空は星が瞬く夜空、同じ様に見上げているかもしれないその人を思い、言い聞かせる様に呟き樹は一人歩き出す。夜空に瞬く星達はそんな樹をひっそりと照らしていた。 再会はそれからずっと先になる事に樹は気づきもしなかった。 end
無事終わり。 それにしても短編が書けません。困ったな; 20081008
novel top back
|