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触れた後、見上げる顔が不思議そうな顔から少しづつ戸惑う困った笑みに変わっていく。
それは分かっていた事、決して同じには見ていないって事ぐらい。
友達よりも親よりも近い存在、ただそれだけだって事。信頼されている、それは親よりも話しやすいから、懐くのは自分が決して彼を否定しなかったから、ただそれだけだと。
そこに深い意味など一つも存在していない事ぐらい気づいていたのに、今目の前でそれでも笑みを浮かべる、そんな彼の顔が変わるのにそんなに時間がかからないだろうという事も。
だから逃げたのだ。
いずれもっと深く、もっといけない罪を犯しそうな予感がしたから。
触れるだけで満足できるなら、とっくの昔に終わらす事だって出来たのだから。
触れるだけで無かった事に出来るなら逃げる必要なんて無かったのだから。
鏡に映る俯く小さな頭をそっと視界の隅にいれた京梧は重い溜め息をひっそり、と零した。

見覚えのあるホテルの入り口の前に止まる車から夏と悠里は運転席に座ったままの京梧へとただ頭を下げるとそのまま降りる。昼間の熱気が車の中の冷房に慣らされひんやりと冷えた体にあたり不機嫌な夏の顔を見た悠里はそのまま、まだ座席に座ったままの歩に目を向ける。
「・・・・・河合?」
「ご迷惑おかけしました、京梧さん・・・・・さよなら。」
そっと呼びかける悠里に歩は顔を上げると運転席に座る京梧へと頭を下げ、外で待つ二人の傍へと降りようとする。
「・・・・・歩!・・・・・話す事があるから、ちょっと、待って!!」
足を踏み出すのと同時に呼びかける京梧の声に躊躇う様に顔を上げる歩に暑さに顔を顰めながら帽子を弄っていた夏が声をかける。
「・・・・・河合、俺ら先に行くから・・・・・今日は戻って来いよ!」
歩へと笑みを向けると先に歩き出す夏に悠里は少しだけ手を上げると慌ててその背を追いかける。
「・・・・・伊藤?」
「後は当人同志の問題だろ?・・・・・待ってるなんて野暮な事するのは嫌いなんだよ・・・・・それに暑いし・・・・・」
ホテルの入り口へと歩きながら呟く夏の声に悠里は何も返さずただ笑みを浮かべた。
後ろがそれでも気になり振り向いた悠里の前で車のドアは再び閉まり走り去るエンジン音が響いた。


*****


「楽しめた、のかな?」
空港で僕等を見ると微かに笑みを浮かべ首を傾げる京梧に「ありがとうございました!」と大声で返し悠里達は笑みを返す。
「行きだけでなく、帰りもありがとうございました。」
皆の後ろ、何も返そうとしない歩の変わりに夏が代表の様に頭を下げ京梧へと告げる。
「いや。これぐらいは、しないと・・・・・・」
「・・・・・ありがとう、ございました。」
頭をがしがしと擦り呟く京梧に夏はもう一度呟くと歩の下へと近づいて行く。
「当分会えないんだろ?・・・・・別れの挨拶でもしとけよ!」
「・・・・・ちょっ、伊藤!!」
「じゃあ、俺達先に行ってるから、お世話になりました!」
京梧の目の前へと連れてきた歩の肩を叩き呟くと夏は京梧へと笑みを向けるとそのまま搭乗口へと歩き出した。
戸惑いながらも悠里達も夏の後を追いかけ、歩は困った顔で一人残される。
「・・・・・良い友達がいるじゃん。」
呟く声に歩は俯いていた顔を上げると京梧から搭乗口へと去って行った友人達の背を探す。
「僕、もう二度と無理は言わないから、安心して下さい。・・・・・京梧さんはここで幸せに暮らす相手も出来たって、ちゃんと伝えときます。」
「・・・・・歩?」
「京梧さんには二度と迷惑かけないから、お元気で。・・・・・お世話になりました、さようなら。」
深く頭を下げると歩は笑みを京梧へと向ける。
「もう、行かないと・・・・・」
「・・・・・歩!ちょっと・・・・・待てっ!!」
少しづつ後ろへと下がりながら呟く歩の手を引き京梧は告げるのと同時に歩を抱きしめる。
「・・・・・京梧、さん?」
「二度と会わないみたいな言い方するなよ・・・・・今度は俺が行くから、だから待ってろよ。」
不思議そうに見上げる顔ごと京梧は更に深く胸の中へと抱きしめたままそっと耳元へと呟く。
行き交う人の通り、ざわめく周りの音、聞こえる館内の放送すらも歩の耳から一瞬全てが消え去る。
「・・・・・京梧さん?」
「もう、逃げないから、歩も覚悟しとけよ。・・・・・次に会うその時には、俺は二度と逃げないから。」
腕を離し背を押しながら、告げる京梧の言葉に歩は呆然とした顔のまま搭乗口へと歩き出す。
その背を見送る京梧は笑みを更に深くすると見えなくなるその背を真っ直ぐに見つめていた。

「河合、ここで解散なんだけど、お前、平気?」
問いかける夏の声にこくこく頷きふらふらと歩き出すその背を見送り夏の横に立つ悠里は首を傾げる。
「何か、あったのかな?」
「・・・・・さぁ・・・・・でも、沈んでるっつーよりは・・・・・」
「心、ここにあらず?」
「だよな?」
首を傾げ互いの顔を見つめる夏と悠里の噂話も知らないまま歩は浮き足だつ足を懸命に前へと出す。
別れ際の言葉がずっと耳の奥で響いている。
立ち止まり、歩は顔を上げると更に上を見上げる。
雲ひとつない青い空は遠くの地にまでずっと繋がっている。
もう夕闇に近い空を見上げた歩はゆっくりと顔に笑みを浮かべる。
「待ってるよ、京梧さん!」
呟くと歩は再び歩きだす。
しっかりと前を向き、懐かしい我が家へと向かう為に。


*****


「あーーっ!!・・・・・忘れてきた・・・・・・」
旅行鞄を開きがさがさと漁っていた悠里の突然の叫びに泰隆は出された土産を眺めていた目を悠里へと向ける。
「・・・・・悠里?」
「ごめん、なさい・・・・・星の砂、忘れてた・・・・・・ごめんなさい!!」
床へと頭を擦りつけそうなほど深く謝る悠里の前、泰隆は笑みを浮かべる。
「・・・・・別にいいよ。旅行、楽しかった?」
「それはもう!海は綺麗だし空気は美味しいし、凄い綺麗な景色はあったし・・・・・泰隆さんにも見せたかった。」
顔を上げると全開の笑みで話しながら悠里は床をずるずると泰隆の元へと這ってくる。
「悠里?」
「・・・・・今度は一緒が良い!」
「それは、次の機会に、な。」
頭を膝へと擦りつけてくるまだ床へと座ったままの悠里へと泰隆は手を伸ばした。
顔を上げさせると体を近づけそっとキスをする。
「お帰り、悠里。お土産よりも欲しいのがあるんだけど・・・・・」
唇を離し呟く泰隆に悠里はキスで閉じていた瞳を少しだけ開くと笑みを浮かべる。
「俺も欲しい、泰隆さんが、欲しい。」
膝へと手を付き身を乗り上げてくる悠里の体へと腕をまわし泰隆は軽々とソファーへと押し倒す。
「泰隆さん?」
「・・・・・早く、触れたくて、もう我慢できない!」
告げると同時に首元へとキスをしてくる泰隆の頭を悠里は笑みを浮かべたままそっと抱きしめた。


夏休み編、長かったですね。でもここで終わりです。次回からは新学期編に突入するかと思われますが・・・・・ここで切ってすいません;

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