happy days 後編

「・・・・・理央?」
急に立ち止まったのが不思議だったのか近づきながら名前を呼んでくる要から理央は逃げる様に歩き出す。
「ちょっ・・・・・待てって、まだ話が・・・・・」
「俺には無いです!・・・・・あの日で全部終わってるじゃないですか!」
腕を掴み引き止める要を睨みつけた理央は眉を顰め、嫌そうに吐き出し、腕を振るけれど、捕まれる力が強まるだけだった。
「終わってる?・・・・・それは、お前の中で、だろ。俺は別れた元彼以外の何者でも無いって?」
「・・・・・実際にそうじゃないですか。俺達はあの日、あの場所で終わったんです。何の障害もなく円満に別れました!」
ぎりぎり、と掴む腕に力をこめてくるから眉を顰めながらも告げる理央に要は唇の端を微かに持ち上げる。
「円満?・・・・・どこが?・・・・・何も言い返さなかったのはそっちだろ?」
「だから、特に反論も無かったから言わなかった、それだけです。俺にあげれるのは気持ちだけです。それしか無いのに、それを否定されて何を言えって言うんですか?・・・・・俺達はあの日終わりました。もう、何もありません。」
段々と声を荒げてくる要に人の視線が集まってくる。だからこそ、その視線に気づいた理央は深く息を吸い込むと笑みを浮かべ淡々と告げる。周りにいる人の注目を集めたくなかったし、ホモの痴話喧嘩と興味津々に見られるのも避けたかった。
「それが、俺への答え?」
呆然と告げる要の低い呟きに理央はただ頷く。突き放される様に放された腕、まだ立ち尽くしたままの理央に要は何も言わずに背を向けると駅へと戻りだす。歩き出す背がどことなく寂しい気持ちを誘うから思わず目を逸らした理央は駅に背を向けると反対方向へと歩き出す。自分には何もできない、と分かっているから。だって、引き止めたって変わらない。また同じ事を繰り返すだけで、言葉は堂々巡りだと分かっている。「のんけ」の男とまともな恋愛なんて出来ないと分かっている。

顔を上げた瞬間、またしてもクリスマスツリーが目に入り、理央はまたも足を止める。去年も一昨年も、いつからなんて知らない、理央がこの街に住み始めた時には常にクリスマスが近くなるとツリーが飾られていたから。恋人同士の待ち合わせの場所に使われる、この時期になると、やけに人の多い駅へと変わるこの場所。
『来年こそ、ツリーを買おうよ、大きなツリーが良いかな。・・・・・そしたら、少しでもクリスマス気分になれるだろ?』
男の一人暮らしにクリスマスツリーなんて必要ないから、と買わなかったツリー。なのに、駅を通る度に見かけるツリーの下で仲良く歩くカップルが羨ましく覚えたある日、何気なく告げた言葉だった。
大手を振ってイベントに嵌れないから、少しでもクリスマス気分を二人きりで味わいたくてつい口にしたあの言葉。「好き」な人と二人きり、それだけで満足していたけれど、普通の恋愛じゃないから気分だけでも盛り上げたくて、少しでも長く傍にいたかったあの頃の自分。
背を向けたはずの駅へと顔を向けるけれど、当然、要の姿はもうどこにも見えなかった。このまま、自宅へと戻る道を進み、もう二度と会う事の無い人だと言い聞かせるのが正しいのだと分かっていた。「形」には何一つできない自分よりも、もっと「形」を残せる人に会える方が要にとっての「幸せ」なのだと分かっている。だから、何も反論しなかった。自分の願いだけで要の道を塞ぎたくない。もっと言えば、好きな人、ただそれだけの気持ちしか無い自分には、真っ当に歩ける人生の道から逸れた責任を負えなかったから。「のんけ」だから、自分は「ゲイ」だから、そんな理由じゃなくて、本当は怖かったから。自分だけで精一杯なのに、「好き」だから、それだけで何もかも巧くいく世の中じゃないと知っているから、偏見の世界に浸かっている自分はともかく、まだ真っ当な世界に戻れるはずの要の人生の責任まで背負い込むなんて無理、ただそれだけだった。溜息を吐いた理央は頭を振ると、ツリーから目を背け歩き出す。駅に後ろ髪を引かれている様で足取りも重い。自分の答えは間違っていない、選択は誤っていない、言い聞かせるのに一歩が重い。背けたはずの駅へともう一度顔を向けた理央は両手を握り締めると、踵を返し、出てきたはずの駅へと走り出した。


*****


駅に入った理央は改札口に乱暴に定期を押し込み出てきた定期を引っ張る様に掴むと階段を危なげに降りると、肩で荒い息をしながらホームに立つ人へと視線を巡らせた。深夜に近い今の時間なのが幸いしたのか、ある場所で視線を止めた理央は思わず大きく息を吸い込む。深く帽子を被りコートのポケットに両手を突っ込み立つ姿。
離れた場所から見れば、どんな格好をしていたとしてもすぐに要だと気づくのに、どうして、ぶつかった時には気づかなかったのか理央には分からない。ゆっくり、と近づく理央に要はまだ気づかず、俯いた顔は深く被った帽子で表情すら分からない。
手を伸ばせばすぐに触れられる所まで近づいたその時、到着する電車の放送が入り顔を上げた要は理央に気づき、慌ててポケットにしまっていた片手を取り出し帽子を取る。
「・・・・・何で・・・・・見送り、とか?」
「そうして欲しいなら、しますけど。」
「もう、話す事は無いって言わなかった?」
問いかける要の前、手に持つ帽子のつばに皺が広がるのを目に映し、顔を上げた理央は無言で苦笑にも似た笑みを浮かべる。
「・・・・・どこかで見かけても二度と話しかけない・・・・・それで正解だろ?」
何も言わない理央に笑みを返しながら呟く要の声の後、タイミングを計ったかの様に電車がホームに滑りこんでくる。目の前に止まった電車のドアが開き、理央から目を電車へと向けた要は手に持つ帽子をもう一度被りなおす。
「さよなら、とりあえず元気で。」
背を向けながら告げる要に理央は伸ばしかけた手を握り締めると、その背へと声をかけ深く頭を下げる。
「先輩!愛してました、俺にはそれしか無かったけど・・・・・今度は「形」のある愛を見つけるのを心から祈ってます!」
発車のベルの音、扉の閉まる音、走り出す電車の音。たくさんの音に囲まれたまま頭を下げたままの理央は遠ざかる電車の咆哮を聞いてやっと顔を上げかけ、違和感に勢いをつけて腰を伸ばす。
「・・・・・。」
無言で見つめる理央の前に立つのは今走り去ったはずの電車に乗ったはずの要だった。驚きで瞬きを繰り返したまま、呆然とする理央の前、要はただ笑みを浮かべる。

「愛さえあれば何もいらない、なんて嘘でも言えない。分かるだろう、このままじゃダメだって事ぐらい・・・・・」
唐突に呟いた要の言葉に理央はそれが、あの日の別れの言葉だと気づくけれど、何も答えられずに目の前を見つめる。
「・・・・・形のある愛が欲しくて言ったんじゃなかったんだけど、そう聞こえたんだ。」
「・・・・・先輩?」
眉を顰め呟く擦れた理央の声に要は困った様に帽子の中に手を突っ込み頭をかく。
「俺が欲しかったのは、理央の思ってる形とは違うものだよ。愛されてる自覚はあったけど、それだけじゃなくて、たまには言葉が欲しい時だってあるだろ?」
言いながら近づいてくる要を良く分からない状況に戸惑いながら理央は見上げる。そんな理央に苦笑を返した要はそのまま手を伸ばすと腕の中へと抱き寄せる。いきなり腕の中に囲われ温もりに震える理央を抱き寄せたまま要は耳元へと唇を寄せてきた。
「・・・・・気づいてる?理央からの愛の告白は、これが二度目なんだって・・・・・最初に好きだと言われた時以来、俺は一度も好きだと言われてないんだって事。」
「・・・・・そう、でしたか?」
「そうなんですよ!・・・・・俺が何度言っても、「俺も」だけで終わるんだよ、お前。俺が欲しいのは、別に形のある愛じゃなくて、たまにで良いから、態度じゃなくて言葉で愛を現して欲しいだけだったのに・・・・・何で簡単に諦める。」
「・・・・・俺より、相応しい相手が先輩にはすぐにできそうだから、俺なんかと居ても悪い事ばかりだし、それなら、その・・・・・」
強く抱きしめられているから、声が篭る理央は小さく呟く。少しだけ息苦しいけれど、それでもじっとする理央の肩に頭を置いた要の微かな溜息が耳に触れびくり、と震える体を更にきつく抱きしめられる。
「なんかって何?・・・・・それ、止めろって言わなかった?・・・・・男しか好きになれない理央で俺は良かったよ。とりあえず、男に警戒してれば良いだけだろ?」
少しだけ腕の力を緩めた要はそのまま理央に顔を近づけると目の前で笑みを浮かべる。
「えっと、あの・・・・・」
「そこは頷いとけ。・・・・・ねぇ、俺は理央が好きだってちゃんと言ったよな?・・・・・確かに男を好きになったのは初めてだけど、俺なりに努力したんですけど、そこんとこ理解してくれてる?」
「・・・・・先輩・・・・・っき、好きです・・・・・」
「うん、だから、簡単に放さないでよ・・・・・今度は引き止めないよ、俺。」
本当に小さな呟きでしか言わない理央に苦笑したまま要は腕を伸ばし縋りついてくる腕の中の彼をもう一度きつく抱きしめる。寒空の下、人が誰もいなくなった駅のホームでただ二人、暫くだきしめあっていた。


*****


「・・・・・ここは、まずいんじゃないのかな?」
「部屋まで持つなら止めるけど、誰も来ねーよ、駅のトイレなんて。」
でも、ここ綺麗だね、言外にぼそり、と呟く要の声に「最近、改装したから」と答える理央はそっと溜息を漏らした。
駅のホームで抱き合い、冬の星空の下、ムードに唇を近づけてきた要の前で盛大にくしゃみをしたのは確かに理央だけれど、だからといって、このまま真っ直ぐ、自宅に帰る選択だってあるのに、連れ込まれたのは駅のトイレの中だった。
男子トイレの個室に鍵をかけ、便座の蓋を閉め座りこむ理央の前に要は立ったまま暫く周りへと顔を向ける。
「さすがに、便座の蓋の上はまずいだろ・・・・・壊れたら、困るし。」
「・・・・・ちょっ、本当にここは嫌だって・・・・・だって、俺、毎朝ここ通るんだけど・・・・・」
「だから?・・・・・毎朝、駅のトイレで用、足すのかよ?」
「しないけど・・・・・」
「なら、いいじゃん。ほら、立って。こっち、おいで。」
壁に寄りかかり、手を伸ばしてくる要に眉を顰めた理央はそれでもふらふらと立ち上がる。腕の中納まる理央に要はすぐに顔を近づけてきた。そっと触れるだけのキスはすぐにどちらからともなく舌を絡め合う深いキスへと変わる。首へと腕を回し、しがみつく理央の体を服の上から撫でながらも、要は唇を放さない。狭い個室に唇と唇の触れ合う、濡れた音が響き渡る頃には、理央の服はほとんど脱がされかかっていた。
と、いっても全てが中途半端で、上着は床に落とされているけれど、シャツは辛うじて着ているけれどボタンは全て外されているし、ズボンも下着も脱がされてはいるけれど、それらは全て膝よりすぐ下で引っかかっているだけで微妙な感じだ。一方、要の方はほとんど服は乱れていない。上着こそ脱いでいるけれど、シャツのボタンは半分程はついているし、下は辛うじてズボンのベルトが外され前が開いているそれだけ。全裸に近い自分に羞恥を感じ、微かに頬を赤く染める理央だけれど、すぐに記憶の片隅へとそれは消えていった。

「・・・・・っん、あっ・・・・・んんっ!」
「・・・・・っ!・・・・・きっつ・・・・・」
ほぼ一年振りに受け入れる形に唇を噛み締める理央の額に浮き出た汗、張り付いた髪を掻き分けてくれながら要も眉を顰め呻く。それでも強引に腰を振り、奥へと分け入ってくる異物を必死に受け入れようとする理央は回した腕に力を篭める。
「・・・・・理央・・・・・くっ、んっ、やば、い・・・・・」
「あぅ、やっ・・・・・・まっ、だ・・・・・ぁ・・・・・」
中に入り、大きく主張する要自身が更に膨れ上がるのに、理央はますます唇を噛み締める。堪えきれない喘ぎが唇の端から零れるけれど、口を開けば更に大きな声が出そうで、必死に唇を噛み締める。ぐちゅり、と更に入り込む音が個室に響く。要が苦痛に眉を顰めながらもさらに腰を進めてから、ぴたり、と止まるから、理央は縋りついたままやっと微かに息を吐いた。
「・・・・・もう、平気?」
暫くじっとしたままの要の声に理央は無言のまま頷く。ゆっくり、と動き出した要は顔を近づけてくると、噛み締めている理央の唇をべろり、と舐めた後、すぐに触れてくる。ぴったり、と閉じた歯列を舌が割り、奥に縮こまった舌へと絡みついてくる。上も下も繋がり、喘ぎすらも封じられ、理央はただ縋りついた首に回した手に更に力を篭める。
聞こえなかったはずの粘着質な卑猥な音が大きく響きだす。壁に押し付けられ、ほとんど抱きかかえられた格好の理央は下から突き上げる要の首に縋りついたまま、唇を塞がれ声にならない喘ぎを零す。少しづつ、でも確実に速度は上がり、奥を何度も突かれる。二人の間に挟まれた理央のモノは押しつぶされながらも自己主張をし、だらだらと先走りの液まで流しているから、下はぬるぬると滑っている。それでも止まない突きが段々と激しくなってくる。
「んんっ・・・・・・ッん・・・・・」
舌を絡めあいながらも、漏らす理央の声に要は抱える腕に力をこめると更に奥を穿つ。びくびくと腕の中跳ねる体、じんわりと濡れていく下肢。理央の吐き出したもので更に滑る下肢。そして最後の一突きとばかりに要が腰を振る、同時に中に奔流の様に溢れだす飛沫に理央は縋りついたその背へと爪を立てた。それから、久々の行為でぐったり、と力尽きた理央の後始末までしてくれた要が差し出した手を受け取った理央はふらふらと立ち上がる。二人手を繋いだまま人気の無い駅から外へと出ると、人気のない広場にやっぱりまだ煌々とライトアップされたクリスマスツリーへとほぼ同時に目を向ける。
「・・・・・そういえば、クリスマスツリー買った?」
「買わないよ・・・・・あれは、ちょっと口にしただけで、って覚えてるの?」
「そりゃ、ね。」
ぼそり、と呟く要に理央は隣りを見上げると笑みを浮かべ呟く。要は頷きながら、繋いだ手を更に強く握ってくる。
「来年の為に買っとく?・・・・・今なら安売りしてそうじゃない?」
「・・・・・良いよ。それに、俺プレゼントは貰ったし。」
首を傾げる要の手を握り返した理央は笑みを深くすると顔を近づける。
「見られても、困んない?」
「俺はね・・・・・でも、ほら・・・・・大丈夫そうだよ。」
そっと呟く理央に要は笑みを浮かべ答えつつも思わず上を見上げ呟く。頭上から白いものがちらちらと落ちてくる。
手を繋いだまま二人は互いの顔を見つめ直すと笑みを交わしあいそのまま顔を近づける。色鮮やかなクリスマスツリーが照らす寒空の下、繋いだ手を離す事なく重なった二人の上には白い雪がふわり、ふわり、と落ちてきていた。

I wish your Merry X'mas


クリスマス話終了です。相変わらずクリスマスじゃなくても良い話で申し訳ない。
来年は切羽詰まってない話を考えます。(来年まであるのか、うちのサイト;) 20081223

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