さくら

後編

目を合わす事ができなくてつい瞳を伏せたらもう既に目の中に溢れだしていた涙がぼろぼろと、零れ落ちてきた。
「南?」
「・・・ボクは忘れるはずだったのに、全部過去にするはずだったのに・・・戻っても良い事無いのに・・・彼女、どうするんだよ・・・」
「・・・南は忘れられる?」
問いかける声に南は何も言えずに本格的に泣き出した。
言葉に出さなくてもその涙が南の答えを雄弁に語っていたから薊はそんな南を苦笑を浮かべたまま優しく胸元へと引き寄せ抱きしめる。

どの位そのままでいたのか分からない位、二人は薄暗い玄関先でいつのまにか座り込んでいた。
そして南はその間薊の胸元から離れる事なくひたすら泣き続けていた。
その間薊は何かを言うでもなくただ背中をぽんぽんと優しく叩いてくれていた。
懐かしい変わらない匂いと温もりに包まれたままの南がやっと顔を上げると薊は再会して初めて優しい笑みを返してくれた。
「・・・ごめん、なさい。」
「こっちこそ、悪かった・・・待たせて、ごめん。」
頭を振り南は思い出したように口を開く。
「彼女は、どうするの?」
「・・・あぁー話すから、とりあえず場所変えない?・・・いいかげん、ここ寒いんだけど・・・」
薊のその言葉に南はずっと玄関に居たことを今更思い出し立ち上がる。
「あがって。コーヒーでも入れてくるから・・・」
慌てて台所へと向かう南に苦笑すると薊は出て行く前までいた部屋へと向かう。






「あのさ、記憶を失っていた間にオレ、『夢』を良く見たんだよね。」
「夢?」
熱いコーヒに口を付けながら話す薊の声をぼんやり、と南は聞く。
「桜の散る駅で好きな人と別れる夢。」
「・・・それって。」
「うん。あの日の夢・・・でもさ、好きな人の顔が分かんないんだよ。何か霞がかかってるっていうか霧がかかってるっていうか。」
好きな人だって分かるのにその人の顔が分からない、そんな夢を薊は記憶を失くした間ずっと見ていたと言う。
「桜の季節にこっちに来れば思い出しそうな気もしたんだけど、失恋の映像かと思うとなかなか来れなくて、ね。」
苦笑する薊に南はただ笑みを返し先を促した。
「思い出したのは・・・あの日。ほら、夜、公園の桜の下で会ったじゃん。あの日、桜が吹雪くみたいな風が出て南その後逃げただろ。それで・・・思い出した。」
「何、それ・・・そんな、簡単に思い出せるものなのかよ。だって、桜だったらどこでも咲いてるじゃんか。」
「桜は咲いてるけど・・・南が居なかったじゃん。」
あっさり、返す薊に南はただ呆然とした。
「オレだってこんな簡単に思い出すなんて思わなかったし、会いに来たらただの顔見知り扱いだし傷ついたんだけど。」
「・・・ごめん。でも、彼女・・・どうするの?・・・結婚相手だろ?」
「違うから、平気。後で教えるから、とりあえず、お願い!」
戸惑うよう問いかける南にあっさり答えると薊は南を引き寄せる。
耳元で問いかけるそのお願いに南は顔を赤く染めたまま、でも、こくり、と頷いた。
薊は南を抱きしめると顔を近づけてきたから南はゆっくりと瞳を閉じる。
柔らかなものが唇へとそっと触れ離れると今度は強く押し付けられた。
キスをしながら薊は南を床へとゆっくり、と押し倒した。


「・・・誰かと抱き合うの・・・久々なんだけど・・・」
だから寝室に行きたいと言う南に薊は何も言わずにキスを繰り返しながら南の着ている服を寛げていく。
「・・・薊っ!」
髪を引っ張り抗議する南を無視したまま薊は首筋から胸元へと順々にキスを降ろしていく。
ちゅぷ、と胸の突起を吸われ南はぴくり、と体を震わせた。
「・・・っ、んんっ。」
「オレだって、久々だよ。・・・触れたくて溜まらなかった。」
乳首へと舌を絡めながら話す薊に南はかかる息に反応して何か言いたくても言葉にならななくてただ甘い吐息を漏らした。
「・・・南!」
抱きしめてくる薊に南は諦めた様に頭を撫で先を促すかの様に少し体を動かした。
いったん顔を上げキスしてくる薊に答え首へと腕を回すと少しだけ反応してきた下肢へと手を伸ばされた。
「薊!」
「触ってよ、オレのも・・・一緒に気持ちよくなろう?」
キスの合間に話す薊に南はおずおずと下肢へと手を伸ばした。
少し熱をもった肉の塊は自分にもついてる同じものなのになぜか物凄く照れるのはどうしてなんだろう。
目元を赤く染めたまま少しは自力で勃ちあがるそれを扱く南に合わせる様に薊も南自身を扱いてくる。
キスを繰り返ししながら互いのものを扱くのがたまらなく卑猥に感じて南は薊の手の中にあまり間を置かずに白濁を吐き出した。
「・・・南?」
「ごめん、本当にごめんなさい!・・・何か拭くもの・・・」
慌てて起き上がろうとする南を薊は片腕で抑えるとキスをしてくる。
「平気だから・・・ねぇ、続きして良い?」
濡れた手を下肢へと絡ませながら笑みを浮かべたまま話す薊に南は何も言えないまま頷いた。


深くゆっくりと挿入してくる指より太くそして意思を持つかの様な熱い塊に南は眉を顰める。
「・・・平気?」
少しだけ擦れた薊の心配そうな問いかけに南はただ笑みを浮かべた。
この温もりが忘れられなくて痛みすら愛しかった。
忘れられると思っていたのが嘘みたいでいざ初めてしまったら無理だと思い知らされて南は薊を引き寄せる為に腕を伸ばした。
「・・・薊、好き」
微かにでもはっきりと言う南に薊は笑みを返すとゆっくり、と腰を動かしだした。
「・・・んっ・・んっ・・ふぁっ・・」
静かな部屋に南の声と互いの息遣いだけが聞こえていた。






「紹介するよ。これ、三崎由香。オレの妹。」
「ちょっとーーっ!!これって何よ!これって!!」
薊の横で彼女、由香は紹介の仕方が不満なのか膨れる。
驚き立ち尽くす南に顔を向けると笑みを浮かべてくれる由香に南は薊へと顔を向ける。
「由香は・・・親父に引き取られてるから名字違うけど実の妹だから、間違ってもこれはオレの彼女じゃないし、分かってくれた?」
「私だって薊はごめんだよ。記憶を失くしても失恋した彼女の事思ってるへたれだし。」
「・・・失恋じゃねーって言ってるだろうが!へたれって何だよ!」
「へたれじゃん!黙って立ってれば見た目だけは良いのに。そう、思いません?」
必死に弁解する薊の横反論する由香との会話はまるで漫才みたいで南は思わず笑い出した。
その笑い声に薊と由香は顔を向け合うと笑みを浮かべた。


「ごめん、何かあいつうるさすぎ。」
由香と何とか別れ薊は溜息を漏らしながら呟くから南は笑みを返した。
「仲、良いよね。」
「そうか?・・・でも、離れてるブランクは感じなかったかも。記憶なかったからかな?」
「良い事?」
「・・・微妙。おかげで南の事は忘れてたし。・・・なぁ、約束覚えてる?」
歩きながら目的の桜の側まで来ると薊は南へと顔を向ける。
「・・・戻ってきたら・・・」
「・・・一緒に暮らそう。二人で楽しく暮らそう。」
最後まで言わない南に薊は笑顔で先を続ける。
「もう、二度と離れないから。」
「・・・二度と?」
「離れないよ。・・・だから、離れるなよ。」
南を引き寄せると抱きしめながら話す薊の腕の中南はこくり、と頷いた。
「見ごろ・・・終わり、だね?」
「・・・だな。来年は花見の盛りに見に来よう。」
薊の胸元で呟く南を少し強く抱きしめると言葉を返してくるから頷いた南は薊の胸元から散りゆく桜を見つめていた。
二人の姿を桜が少しでも隠してくれる事を祈りながら両手を薊の背へと回し抱きつく。
温もりに包まれたまま来年もその先も同じ温もりがある事を密やかに願いながら。






「見晴らしはまぁ、普通だけどさ・・・周り新婚家庭めちゃ多いよな。」
窓から外を眺めながらにやけた顔で呟く薊に南は溜息を漏らす。
「オレらも新婚みたいだし・・・夜が楽しみだよなーー。」
箱の中の物を整理している南は聞いてないフリをする。
「薊ーっ!手伝えよ!!」
「・・・先は長いし今じゃなくていいじゃん。オレは今は新居に、まったりしたい!」
言っても無駄だと悟り薊を無視して部屋の中を整理しだした南に薊は手を伸ばした。
「もう、邪魔!」
「こっち、来いって。」
抱き寄せると胸元に顔を埋めてくる薊に南は溜息を漏らした。
「・・・部屋の片付けは?」
「後でいいよ。・・・ゆっくり、しよう。時間はあるし、な?」
抱きしめたまま顔を上げる薊に南は眉を顰めると口を開く。
「昼から、手伝いに来てくれるんだよ。由香ちゃんとおばさん。」
「そしたらやるから、少しだけ、ね。」
笑みを浮かべる薊に南は苦笑すると薊の頭を撫でる。
顔を近づけてくる薊に南はゆっくり、とただ瞳を閉じた。


すいません・・・何も申せません。20070416

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