「よろしく・・・おねがいします、本居真紀です。−−−−薫、さん?」
あの日からきっと始まった。 目線を合わせる為に座りこんだ薫に母親のスカートにしがみつきながらもぎこちない笑みを向けてくれた真紀を突然抱きしめたい衝動に駆られたあの日から自分はきっと恋をしていた。
父親が再婚したいと言い出したのは遡る事一ヶ月前。 「真面目」「堅実」「潔癖」そんな言葉が似合う、父親は仕事人間でほとんど家にいなかった。 それに愛想がつきたのか、元々お見合い結婚だったせいか、薫が5歳になる頃母親は見切りをつけたのか離婚届を置き逃げる様に家を去った。 当然置いていかれた薫と仕事一筋だった父は最初こそ日常に戸惑いはしたけれど、何とかどうにか生活はしていた。 料理の「り」の字も知らない父親との二人暮らしで必然的に覚えた料理然り家事全般一通りこなせるようになった中学一年のある日、突然の父親の言葉に薫は暫く思考が停止していた。
「・・・・・やっぱり、ダメかな?」
おずおずと伺う父親のどこがエリート商社マンなのか分からない程情けない顔を見て薫は我に返った。
「別にオレは良いよ。・・・・・好きにすれば。」
中学一年のくせして家事全般任せきりだったせいか大人びた返答に父はやっと笑みを浮かべる。 それから堰を切った様に話しだした父によると再婚相手は仕事の関係で知り合った人で、旦那さんは子供が生まれてすぐに亡くなりそれからは女手一つで子供を育てている事、何度も会う内に気になり父からアプローチした事などをべらべらと照れながらも話しだした。 薫は再婚云々よりも、普段は寡黙でひたすら仕事一筋だと思っていた父の以外な一面にただ、ただ驚いていた。そして、再婚相手がどんな人なのか、かなり興味があり、反対するなんて事も思いつかなかった。 それに顔も覚えていない実の母親に当然未練すら抱きもしなかった。
それから一ヶ月後の初めての出会いの日、薫は再婚相手を見て驚いた。 エリート商社マンでも仮にももう中学生の息子がいる父はそこそこの年代にも関わらず射止めたのは、「本当に父で良いのか?」と問いたくなる若い人だった。 そして彼女の背後に隠れるようにしていた少年と目が合い薫は戸惑う様に少年を見る。 まじまじと見つめられて流石に照れたのかスカートへと顔を押し付けるその仕草に薫はゆっくり、と少年の目線に合わせる為に座りこんだ。 小さな手でしっかり、と握り締められたスカートに少しだけ皺が寄り困った様に再婚相手は促すように少年の背を押してそっと耳元へと小さな声で呟く。 小さな声で挨拶の言葉をつたなく話す真紀に高鳴る胸の音が重なる。 体温が一度や二度は確実に上がっただろう掌にじっとり、と湿った感触を感じながらも薫はにっこり、と微笑んだ。 抱きしめたいそんな衝動と戦いながら、必死に握り締めた掌を仕舞い込み笑みを浮かべる、彼にとっての第一印象がとても良いモノになる為に、今思い出してもあの時の以上な体温の上昇は有りえないと思う。
神からの天啓?ひとめぼれの衝撃の音?今だからこそどうとでも言い換えられるあの時の気持ちを薫は理解できないまま成長した。 義理とはいえ弟に邪な思いを抱く自分、そんな自分を認める事ができないままかなりの遠回りをしたんだと自分のモノにできた今なら言える。 手を一度伸ばし、その体温を感じたら、自分の中の常識が崩れていった。 待ち望んだ瞬間をこの手に入れたその時、二度と放さないと誓った。 際限なく溢れる欲望そのままに押し開いた体を別の誰かに奪われた時の怒りはちょっと言葉にはしたくないけれど、結果二度と離れない気持ちを貰ったからその事はとりあえず置いておく。 もう二度と誰かに奪われないように箱に閉じ込め誰にも見せない衝動と戦いながらも思うのはいつだって一つだけ。 企業戦士だった親父の再婚相手が真紀の母親で良かった事。 どうしてあんなに若く家庭的な女(ひと)を見つけられたのかは今でもとても疑問だけれど、文句は言わない。 おかげさまで最愛の人を手に入れたし、エリートの名に恥じない仕事のおかげでの出世という名の親父の赴任で今は思ってもみなかった愛に満ちた二人暮らしを満喫中だし。 とりあえず、感謝はいつでもしておこうと思う。
「薫さーん!!・・・・・何、してんの?お母さん達、帰ってくるよ!・・・掃除、掃除」
「ああ、ごめん。」
何年経っても、変わらない丸いほっぺを膨らませ、顔を出す真紀に薫は手元に目を移す。 つい、昔のアルバムを見て感慨に耽っていた自分を思い出すと取り出したアルバム達を綺麗に揃え片付けだした。
「真紀!!」
「何?・・・・・僕、忙しいんだけど・・・・・」
「いいから。こっち来て。」
アルバムを整理して立ち去ろうとする真紀を手招きする薫にぶつぶつ呟きながらも近づいて来る。
「っわーー!!・・・・・・薫さん!!」
「いいから、少しだけ。」
腕を引き抱き込む薫に真紀は困った様に笑みを浮かべると腕の中大人しくなる。 顔を上げるとちゅっと軽く唇を触れさせる薫に真紀は腕を掴む手に少しだけ力をこめる。
「・・・・薫さん?」
「真紀、好きだよ!・・・・・今すぐやりたい!!」
「駄目。掃除!!」
「もう一回、キスだけ、ね。」
困った様に逃げようとする真紀を更に深く抱きこむと薫は顔を近づける。 さっきよりも深く長いキスに真紀は顔を赤くして唇を放すと深く息を吐いた。
「しばらく禁欲生活だな〜」
真紀を抱きしめ呟く薫に真紀は笑みを浮かべると呟いた。 その声に薫は思わず顔を上げまじまじと真紀を見つめる。
「・・・・・薫さん、掃除!!」
「・・・・・ああ。・・・・・楽しみにお待ちしてますから。」
にっこり、と微笑む薫は鼻歌を歌いながら部屋を出て行く。 取り残された真紀は溜息を吐くと慌てて後を追った。
『夜になったらいつだって会いに行くよ。僕等恋人同士だし。』
浮かれた薫のテンションは会社が休みだからと帰省してきた両親の前でも変わらず真紀はひっそり、と溜息を漏らしたけれど内心零れてくる笑いは抑えられなかった。 たとえ、両親が同じ屋根の下にいたって、愛し合っている気持ちだけは変わらないし、同じ部屋で寝てたって、服を着てれば全然平気。 だって『兄弟』だもん。 そう考えていた真紀が朝まで薫に喘がされ、必死に声を噛み殺すのに苦労した次の日、なぜか両親の顔を見るのがとても照れくさく、結局禁欲生活を推奨したのに、薫に押し切られ、両親がまたもや仕事先へと帰っていった二人きりの夜がどんなに平和だったのかその後真紀は思い知らされた。
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