伝えたい気持ち

空いっぱいに祈る恋 番外

ハートのチョコに思いをこめて「愛」をプレゼントする、たった一日だけある「愛の日」それがバレンタインデーと言われている、女の子の為のイベント。
「別に女の為だけじゃなくて、愛を伝える日なんだから、男からでも良いんじゃないのか?」
雑誌を捲りながら、ぽつんと呟く独り言に答えてくれる人はどこにもいなくて、薫は思わず頭をぽりぽりと掻く。最近テレビを見ながらの一人突っ込みが増えてきたと自覚はしているけれど、原因も分かっている。
同じ家に暮らしている、恋人である前に義理の弟はあと数週間後の運命の日を迎える為に黙々と勉強をしているのか、自室に篭りっきりだ。
センター試験は終わり、一応私立には何個か受かっているにも関わらず目指すは国立と意気込んではいるけれど、結果が努力に伴わないと、ついこの間も泣きながら愚痴るのをひたすら宥めたのを思い出し、薫はそっと溜息を吐いた。
『・・・・・そうですね、最近は男性から女性にチョコを贈るなんて事も流行だそうですよ!』
『女の子からだけでは無いんですね。』
『男性が気軽に買えるものも発売されていますよ!』
ただ付けっぱなしだったテレビから突然流れてきた声に薫は思わず顔を上げる。
タイムリーな話題に苦笑が隠せないけれど、一度は誰もが聞いた事のある有名なチョコレート店が映る画面の中、人気の商品が次々と紹介されだしたのを見ながら薫は微かに口元に笑みを浮かべた。

鼻歌を歌いながら掻き混ぜる火にかけた鍋の上に浮かべたボールの中身はどろどろのチョコレート。
室内には甘ったるい香りが漂い、普段の薫なら甘い匂いに悪酔いしそうだけれど、浮かれている今は気にもならない。
思い立ったら行動が早い薫は早速本屋で購入してきた本を片手に手当たり次第買い締めた小道具でチョコレートを作り出す。
受験の為の勉強に今日も出かけている可愛い恋人の笑顔を思い出すそれだけで、普段はクールな顔がにやけて止まらない。
気楽な大学生である自分も数年後には就職活動で今の真紀以上に焦るだろうけれど、そんな想像すらしないまま、ぐるぐると掻き混ぜている中身は良い感じに仕上がっている。
これまた購入してきたオーソドックスな型の中に流し込むと茶色の形が綺麗に収まり、薫は買い物袋を漁ると、買ってきた小道具を埋め込んだ。
まだ柔らかいその中に綺麗に納まったその上から、本を片手にトッピングを施すと、丁寧にソレをそっと冷蔵庫へと仕舞いこむ。
男性からの逆バレンタインデーも確かに有りな世の中になっては来たけれど、手作りのチョコを渡す男はかなりの少数派だとも分かってはいるけれど、買ったものよりも手作りだから愛情が篭っていると昔から言われているし、手早く、痕跡を何一つ残さないように片付けをしながら、薫は可愛い顔に見合った無類の甘党でもある真紀の喜ぶ顔をまたしても思い浮かべると止まらない笑みを零した。


*****


「ただいま」
「お帰り、ご苦労様!」
玄関を開けてすぐに帰って来た声に真紀は疲れた顔を上げると微かな笑みを浮かべる。
お風呂に入ったのか、微かに湿った髪が顔にかかり、水も滴る良い男だ、とぼんやり見惚れたままの真紀に薫は笑みを返してくれる。薫だって真紀が思うよりも惚れているから、懐くように抱きついてくる真紀の頭を撫でながら、身を屈めるともう一度今度は耳元にキスと共に「お帰り」と告げる。ぶるり、と微かに身を奮わせた真紀は体感温度が確実に数度は上がった気がしたまま思わず軽く掴んでいた薫の服をぎゅっと握り締めた。
「・・・・・これ、何?」
「うん、開けてみて。頑張ってる真紀に俺からのプレゼントだよ。」
テーブルの上に綺麗にラッピングされている箱を眺め、呟く声にその先を想像して緩みそうな顔を抑えながらも告げる薫に真紀はちょこんと椅子に座ると、包みを丁寧に外し始める。
包む紙を取り除いたら出てきた箱に眉を顰めながらもゆっくり、と開いた真紀は目の前にある物体を眺めすぐに薫へと顔を向ける。
「・・・・・・どうしたの、これ・・・・・・」
「ほら、今日はバレンタインデーだろ? それに疲れている時は甘いものが欲しくなるだろ?」
甘いのは苦手だと、普段から公言している薫の口から出てくる以外な言葉に真紀は箱の中、その存在を主張しているモノへとそろそろと手を伸ばした。
一口サイズの小さいハート型の一つを口に入れ、口の中に広がる濃厚な甘味に真紀は思わず目を細める。
無類の甘党だと逆に公言して憚らない真紀はまだ食事前だというのに、そのまま二個目を口の中へと放りこむ。
がり、と咬んだ瞬間口を押さえた真紀の前、薫は笑みを崩さない。
不思議な違和感に真紀は口の中、異物を転がす。
「真紀?」
「・・・・・甘くて、美味しいけど・・・・・なんか、入って、る?」
問いかけに、チョコの美味しさを告げながらも、舌先に乗せた異物を手の中へと転がした真紀は、ころころ、と転がり止ったソレを見てまたしても薫へと目を向ける。
「・・・・・何?」
「あの、このチョコ・・・・・手作り?」
「何で?」
「・・・・・だって、だって・・・・・これ・・・・・」
片手しか必要ないのに、うやうやしく両手で包みこみながら、見せるモノ。驚いた顔のまま、何度も瞬きを繰り返す真紀に薫は想像通りの姿に零れる笑みを今度は隠さなかった。

「愛を伝えるなら、定番じゃない?」
「・・・・・だって、これは・・・・・」
「嵌めても違和感ない形にしてみたんだけど、駄目?」
首を傾げ、逆に問いかける薫の前、真紀はぶるぶると頭を左右へと振る。
「これ、貰っても、良いの?」
「あげるために買ったんだよ・・・・・嵌める?」
両手で捧げ持ったままの真紀の手の中、ちんまり、とそれでも確実に存在を主張しているモノを躊躇いもせずに薫は手に取る。
「こういうのは、定番みたいで嫌だったんだけどね・・・・・・ほら、俺のモノって主張できるのは良いだろ?」
なにげに凄い事を言いながらも薫が片手を取り、ゆっくり、と薬指に嵌めていく指輪を眺めた真紀は鼻がツーンと痛み目の奥が熱くなるのを感じていた。今にも泣き出しそうな顔で見あげる真紀に薫は笑みを返すと、テーブルから身を乗り出し顔を近づけてくる。だから、真紀はそっと瞳を閉じた。温もりが唇に降りるのと同時に瞼の奥、溢れ出した透明な液体が耐えきれずにすっと頬をつたった。

*****


ちゅっと触れ合うたびにする軽いキスが少しづつ深くなるのはお約束。
食卓テーブルからベッドまで移動する時間よりもソファーの方が近かったから、軽々と持ち上げられた真紀はゆっくり、とキスをされながらソファーへ押し倒される。
その間にも、絶えず降ってくる甘いキスに照れくさそうに目を閉じた真紀は薫にされるがままだ。
腕を回し、しがみついた薫の温もりに顔を押し付ける真紀の背をゆっくり、と撫でながらも開いている手で手早く着ている服を脱がしていく。一枚、また一枚と剥がされる度に口づけが落とされる。
肌にソファーの皮の冷たさがひんやり、と感じたのも一瞬の事で、すぐに体はその冷たさを心地良いものへと変えていった。肌に直に手が触れる、撫でる、キスも唇や顔だけではなくどんどん下へと降りていく。この先を何度も経験しているから、繰り返される愛撫にどんどん熱くなっていく体を持て余しながらも真紀は掲げた手に嵌められた指輪を視界に入れ目を細める。心臓に最も近い場所が薬指だと昔、どこかで聞いた言葉をふと思い出す。
熱くなる体に比例して、どんどんと温かくなる心の中にしっかり、と根付いた気持ちが抑えきれなくて触れ合うその行為にだから人は溺れる。触れて確かめて、与えて与える。
ゆっくり、と沈み込んできた薫の熱を感じ、腕を伸ばす真紀をそのまま抱き寄せる。薫の腕の中、その背へと回した手に力をこめる真紀は、自分の中に入り込んだ熱がきつく締め付ける中で動き出すのを感じていた。
口を開けば零れそうになる喘ぎを必死に堪える真紀に薫は顔を近づけると悲鳴をかき消してくれるのか、すぐに塞いでくれる。
「・・・・・んんっ、んっ・・・・・」
だけど、唇を塞がれても、零れる声は止まらない。口の中を肉厚な舌が掻き回してくるほどの深いキスを与えられるから、口の隙間から零れる唾液すら止められない。
縋りつくように抱きついた薫の腕の中、最初はゆっくり、と伺う様に動いていたモノが少しづつ、深く奥を探り、速さをもあげてくるから、真紀は塞がれた口を放し、大きな息を吐き出す。
「・・・・・真紀・・・・・」
「あんっ、んっ・・・・・ああっ・・・・・そこ、そこイイッ・・・・・・っん・・・・・・」
擦れた声で名を呼びながらも、動く速度を上げてくる薫に真紀は我慢できない声を上げる。適度な室温で不断なら快適な部屋の温度も軽く一度や二度は上がっていそうだ。互いの声と熱の篭った声、そして、繋がった場所から響く音だけが聞こえる部屋の中。最初は小さかった交接音も、くちゅくちゅというだけのそれがぐちゅぐちゅと濡れた音を零し始める。汗で滑る手をそれでもしっかり、と薫の背へと回した真紀は、今にも溢れだしそうな程中で存在を更に強く主張しだしたソレに一番奥を突かれ、自身の先から、滑ったモノが零れ出てくるのを感じる。
少しづつ、頭の奥が霞んでいく中、最後の瞬間感じたソレは体の奥深くに吐き出された薫の熱だった。

「・・・・・平気?」
ぴちゃぴちゃとお湯をかけられ、こくり、とただ頭を揺らす真紀を薫は背後からぎゅっと抱きしめる。
ソファーでぐちゃぐちゃになった体をてっとり早くすっきりさせる為だとかで、すんなりと横抱きにされ、お風呂に放り込まれてから、真紀の頭はゆっくり、と思考を取り戻してくる。
背後から、抱きついたまま、ただ触れるだけのキスをする薫をそっと見上げると、やっぱり触れるだけの軽いキスを唇へも落としてくる。
「・・・・・平気だから、それに、気を失う事はもう無いし・・・・・」
「知ってる。でも、心配になるから・・・・・」
ぼんやり、としていただけなのに、終わった後、思考力が落ちるほどの快楽を与えた男が背後から更に抱きしめる力を強くするから、真紀はそっと笑みを浮かべる。
「もうすぐ、受験も終わるから。」
「・・・・・うん?」
「そしたら、我慢もしないで、俺も頑張るし、ね?」
顔を上げると浮かべた笑顔のまま告げてくる真紀の言葉の意味に気づいた薫は左手に嵌めたままの指輪に気づく。そっと手を持ち上げて指輪へとキスする薫に真紀は胸元へと顔を押し付け俯く。
心臓に一番近い場所だから、ドクンと更に跳ね上がった胸元をそっと抑えた真紀は薫へと顔を寄せるために上を向く。
ぽたん、と水道から湯船へと落ちる水の音、お風呂の湯気で白く染まった浴槽の中、ただ触れるそれだけのキスをそれから何度も繰り返した。


とりあえずバレンタインデーに間に合いました(というか当日?);
ラブラブな二人には受験は関係ありません!という訳でそろそろ卒業させてあげます、次こそ! 20090214

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