「好きだよ、お前の事。・・・でも、俺たちはそんな関係じゃないだろ。それにお前の好きは好きでも違うだろ?」
彼の淡々と告げる言葉が千尋の胸に突き刺さる。
なにが違うと言い切れるのか千尋には分からないからただ頷く。
「そうですよね。・・・言われたらそんな気がしてきました。忘れて下さい。僕どうかしてました。・・・さようなら、先生。」
心に思いもしない言葉を告げると千尋は立ち上がる。
一分、一秒でも早くこの場から立ち去りたくて、彼に軽く頭を下げると部屋を出る。 ドアの閉まる音に絶望を感じるのは千尋の気のせいだと思いたかった。
恋じゃない。
------------------------これは違う!!!
泣くのをこらえて歩き出すと千尋は何度も自分に言い聞かす。
そうしないと彼は歩けなかった。
中学三年の冬。
彼、永瀬千尋は失恋を経験した。
恋だと認めてもくれなかった相手は千尋より六つ上の男の人でその人とは千尋の家庭教師の先生として出会った。
千尋は志望高に合格できた報告という口実で時間をもらったその日からずっと告白の練習もした。
前日彼は緊張と興奮でなかなか眠れなかった。
それなのにあの人は千尋の告白を恋だとも認めてもくれなかった。
好きだと気づいた日から無謀な恋だと諦めてはいたし、告白だって叶わないとわかってもいたけど否定や軽蔑より千尋にとっては残酷な現実だった。
-------結局泣かずには帰れなかった。
声を出して泣くのではなかったけど涙が溢れて止まらなかった。
-------------------初めての失恋、そしてそれが千尋の初恋だった。
場違いだな〜と千尋は溜息を漏らす。
頭数合わせで連れて来られた合コンは特定の場所を除きみんなノリが悪い。
女の子をほぼ一人締めしてる男が一人いて平凡な人はただのおまけみたいで壁の花よろしく黙々と飲み続ける事しか出来なかった。
彼女が欲しくて来たんじゃないから千尋は一人黙々と食べ飲んでいた。
「・・・飲んでるか〜〜?」
疲れた声と態度で近寄って来たのは遠山。
高校の時からの友達で合コンに千尋を誘った人でもある。
「遠山、お疲れ?・・・僕はしっかり飲んでるし、食べてるよ。」
飲んでる杯を掲げ言う千尋の前遠山はでかい溜息を漏らす。
「・・・なんか詐欺だよな。別府がいるなんてありえなくない?」
「呼んだからだろ。別府大人気だよな。」
「フリーだからだって。・・・あいつが女と切れてるなんて珍しくない?」
「そうなの?・・・僕あんまり知らないからな。」
「・・・なのよ!あ〜最悪。来るんじゃなかった。」
本気で悔しがる遠山に笑みを返しトイレ、と立ち上がり場を抜ける。
少し飲みすぎた気がして火照った顔に鏡の前水で濡らした手を当て冷やす。
そのままいつまでだろう、とぼんやり考えてた千尋はトイレに入って来た人を見て冷水をかけられたかの様に一気に酔いが覚めるのを感じる。
あの頃より洗練されたのは社会人のせいだろうか?
着慣れたスーツ姿の彼は千尋を見た後別に気にも留めず便器へと向かう。
再会はこんなものだと千尋も思う。
彼が変わった様に千尋も少しは変わっているのだろう。
なにより高校入学と共にかけた黒縁フレームの眼鏡は千尋の印象すら変えてくれた。
眼鏡を押し上げトイレから出ると千尋は安堵の溜息を漏らす。
変に緊張してたみたいだと、少し苦笑すると席へと戻ろうとして腕を捕まれる。
「もしかして千尋!・・・永瀬千尋・・・違う?」
「・・・先生・・・だったんですね。・・・お久しぶりです。」
つかんだのは彼だった。
彼-----椎葉律は千尋をまじまじと見ながら話してくる。
戸惑い気味に告げる千尋に律は笑みを返してきた。
「先生・・・僕行かなくちゃ行けないので・・・離してくれませんか?」
「ああ、悪い。・・・ねぇ、友達と来てるの?少し抜けれない?・・・久々なんだし話たいんだけど。・・・それともう、先生じゃないし。」
ためらいつつ言う千尋に律は謝ると腕を放して笑みを浮かべ以外な事を話し出す。
捕まれた腕が熱くなる気がしながら千尋は首を振る。
「・・・無理です。それとごめんなさい、椎葉さん。」
二人で話すなんて千尋には無理だ。
そして、あの日千尋の告げた言葉はこの人の中では本当に記憶にも残らない些細な出来事なんだと再認識させられる。
「10分・・・5分で良いんだけど・・・ダメかな?」
拒否する千尋に再度話しかけてくる律に渋々彼は「5分だけなら」と頷いた。
「本当久しぶりだ〜5年振りだっけ?・・・今は?・・・大学生なのかな。・・・で、眼鏡はいつから?目・・・悪かったっけ・・・?」
「・・・高校入って視力落ちたんで・・・」
「そうなんだ。コンタクトとかにはしないの?」
「・・・興味ないですから。」
問いかける律に千尋は頷くか一言、二言答えるくらいしか出来なかった。
話し方はあんまり変わってないと思う。
相変わらず耳に良く透る声だとぼんやり思う。
「ねぇ。俺とは会いたくなかった?」
「椎葉さん?」
「千尋あんま話してくれないし、俺に気づいてたのに声もかけてくれないし・・・俺千尋に嫌われる事したかな?」
眉を顰め聞いてくる律に千尋は笑みを浮かべ否定した。
「気のせいですよ。椎葉さんに声かけられる迄分かりませんでしたし、特に何をお話したら良いのか分からないだけですよ。・・・僕もう行きます。椎葉さんもお元気でお仕事頑張って下さい。失礼します。」
頭を下げ律に笑みを浮かべ千尋は席へと振り返りもせずに足早に戻る。
席に戻ってから不自然じゃなかったよな?とさっきの自分を何度も千尋は反芻する。
ちゃんと笑顔を作れてたのか不自然じゃなかったのか------不安で落ち着かなかった。
本当は二度と会いたくなかった。
あの日-----恋を認めてもらえず独り泣きながら帰った惨めな自分を思い出すから。
平然と話される度に認めてもらえなかった「恋」が律の中では日常の出来事にも入らない些細な事だと認識させるから、だから会いたくなかった。
そろそろお開きな飲み会をぼんやり眺めながら千尋は重い溜息を漏らした。
二度とここには来ない事を心に誓う事も忘れなかった。
一度再会してみれば今まで会わなかったのが嘘みたいに頻繁に彼をみかけて千尋は目の合わない内に逃げる事を選んでいた。
いつか故意に避けてるのに気づかれたとしても会いたくなかったから。
あの飲み会の再会から一ヶ月。
あれだけ会わなかったのに今日もみかけた。
入ろうと思った本屋に彼が居て千尋は反射的に逆を向く。
レポートで必要な資料が欲しかったのに、と恨めしく思いながらしばらく躊躇い図書室を探そうと足を向ける。
「・・・千尋?最近良く会うよね。」
律の声に内心遅かった、と思いつつ千尋は頭を下げる。
「家この近く?・・・この前はデパートで会ったよね。」
「・・・ええ。僕の家は駅裏です、学校に近いですし・・・椎葉さんもこの近くなんですか?」
「最近越してきてんだ。仕事場が変わったから。・・・せっかくだし夕飯奢るよ。一緒にどう?」
「・・・また今度で。これから、友達と会いますので失礼します。」
内心では早く行かないと、と思いながら千尋は笑みを浮かべ「失礼します」とその場を去る。
我ながら名演技と思いながら千尋は溜息を漏らす。
引っ越したいと切に願うが仕送り生活の千尋では引越しなんて無理なのはわかってる。
今度誘われたら断る理由がみつからない。
どうしよう、と千尋は深い溜息を漏らす事しか出来なかった。
「やっぱり、俺の事嫌ってない。」
「何・・・の事ですか?」
「避けてるじゃん。・・・やっと乗ってくれましたけど、本屋でもデパートでも・・・俺に会いたくなかったんじゃないのか?」
「・・・何で・・・」
何度目かの再会でやっと折れた千尋を律は居酒屋へと誘った。
沈黙を破ったのは律で問いかけに千尋は笑う事で場をごまかそうとする。
「ねぇ・・・俺は千尋に何かした?そこまで避けられる程の事を何かしたのかな?」
必死に問いかける律に千尋は無理だ、と思う。
「何もしてないですよ。・・・ただ、僕が椎葉さんにお会いしたくないだけです。」
「・・・・・千尋?」
「高校に合格したと告げたあの日僕はあなたに告白しました。・・・でも取り合ってもらえなかった。・・・恋じゃないと否定されました。・・・・覚えてますか?」
「・・・・・・。」
呆然とする律に構わず千尋は淡々と続ける。
「覚えてない程些細な出来事が僕には大きい出来事だった。・・・そしてそれは僕の中で立派な嫌な思い出になりました。椎葉さんにお会いするとバカで愚かなあの日の自分を思い出します。だからお会いしたくないんです。わかっていただけましたか?・・・二度と話かけないで下さい。失礼します。」
千尋は立ち上がると自分の分の代金だ、とテーブルに札を数枚置くと頭を下げる。
「・・・千尋・・・」
「さようなら、先生。」
戸惑う律に千尋は名を呼ばずに「先生」と告げると場を去る。
外の寒さに少しだけ身震いすると千尋は歩き出す。
もう律が近寄る事も無いだろう、と思うと少しだけ寂しく感じた。
「千尋・・・待って!」
だから追いかけてきた律に千尋は呆然と彼を見上げる。
歩こう、と千尋を促し律は何も言わず千尋の隣りを歩き出す。
「・・・・・。」
「本当に気の迷いだと思ってたんだよ。まさか真剣だなんて思わなかった。傷つけたなら謝るから、俺にチャンスをくれないか?」
以外な事を言われ千尋は思わず律を見上げたまま呟く。
「何・・・言ってるんですか?」
「はじめて会った時可愛いと思ったよ。でもそれは弟がいたらこんなだろうかとかそんな感覚だと思ってた。告白された時も千尋は俺じゃなくて恋に恋してるんだって思ってた。」
惑う様言葉を探しながら律は千尋へと話し出す。
「俺は千尋にとって『先生』だったから、だから魅かれたのなら珍しいもの、目新しいものに魅かれる子供の感覚だろ?・・・だから乗れなかった。」
「・・・それは・・・」
「気の迷いなら曖昧な感覚は恋じゃないと気づいたら乗った俺が可哀想じゃん。否定もしなかったから、真剣だと思わなかった。」
「僕は・・・。」
言いかけ様とした千尋を制し笑みを浮かべ律は話を続ける。
「だから今度は躊躇わないから・・・少しでも望みがあるなら、俺と恋愛しよう。・・・それとも、もう気持ちは冷めてるかな?」
律の言葉に千尋は何も言えず押し黙ったまま微かに首を振る。
「ねぇ、ひとつ聞いても良いかな?」
うつむいたままの千尋に律は耳元へと語りかける。
「・・・・!!」
驚いて顔を上げる千尋の耳元にひっそり、と問いかけたそれに彼は顔を赤く染める。
「・・・俺の好きはそれこみなんだけど・・・同じ?」
尚も聞いてくる律に千尋は頷くことしか出来ず、顔だけでなく全身が赤くなる気がしていた。
一言も発しない千尋に律は笑みを浮かべたまま行き先を変更する為彼の腕を引く。
自慢にもならないが、はっきりいえば不名誉な程千尋は初恋が無残に終わりを告げたトラウマから恋愛経験がまったく無きに等しかった。
だから、律の部屋に連れていかれ玄関先でキスされたときから千尋は半分わけがわからなくなっていた。
彼が知ってるのは知識とそこそこの経験のみで、舌まで入れられたキスなんて初めてでその先は全くの未知の世界だった。
疲れ果て眠りの世界に入りかけながら律が経験豊富な大人の男なんだと今更の様に気づく。
「千尋、平気?」
「・・・うん。・・・・・好きです、律さん・・・」
眠りかけながら告げる千尋に律はやさしいキスをくれた。
これが初のBLです;終わらせたのが初なのですが・・・精進します。何か中途半端ですみません。 20070130
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