crazy about you

「愛してる」も「好き」もありきたりで告白としてはかなり陳腐だ。まるで告白といえばこれ、という決まったセオリーみたいな感じであまり好きになれない。そんなありきたりの告白をバカの一つ覚えみたいに繰り返した結果、何人目の女かも覚えていない、とりあえず体の相性だけは今までのどの女よりも良かったはずの女に振られたのはそろそろ、吐く息が白くなってくる10月の事だった。
「あのバカ女、俺よりも好きな相手が出来たって言うんだぜ! 散々俺の事好きだとか言っといて、ありえないだろ?」
少し呂律の回らない梶美晴(かじみはる)の声に目の前に座る友人、野木大地(のぎだいち)は微かな笑みを浮かべながら頷いてくれる。
「あんな尻軽女、別にそんなに好きじゃなかったけど、さ〜」
振られると振るじゃ重さが違う。振られるというのは梶の中では、自分の方がより相手を好きだったと言われている様で面白くない。
碌なデートもしなかった。会えばホテルでSEXするだけで帰る日だってあった。それでも、その分、女の我が儘にも笑顔で答えたはずの自分を思い出し、梶はコップの中身をまた一気に喉に流し込む。
「梶、飲みすぎだって・・・・・すぐに次が見つかるよ、だから、な?」
空になったコップになおも目の前にあるボトルを引き寄せ注ごうとする梶の手を止め、野木は宥める様に笑みを浮かべ告げる。
男にしてはやけに細く長い指先、たおやかな仕草に梶は一瞬息を飲み込むが頭を振ると野木の手を振り払いコップへと酒を注ぎ足す。そんな梶を野木は諦めたのか困った顔で見つめたまま微かに溜息を零した。

がんがんと痛む頭を抑えこみ、ベッドで寝返りを打った梶が慣れない肌触りにぱっちり、と目を開く。視界に入る部屋の中はまるっきり覚えの無い部屋で梶は思わず瞬きを繰り返す。
無機質だと言って良いのか、それなりに値が張りそうな家具がまるでモデルルームの様に配置されているその部屋にいつ来たのかまるで覚えが無かった。勢いをつけて起き上がった梶は、腰から下がかなり怠いのに気づき、眉を顰める。
何度見回しても、部屋に覚えはない。ただ梶の分かる事、それはここが個人の部屋じゃないって事ぐらい。ぐるり、と見回しても生活感なんて感じられない。こんな感じの部屋、ここまで豪華な部屋に泊まった事は未だかつて無いけれど、覚えがあるのはたった一つ。ホテルだ。がんがん、と痛む頭は散々酒を飲んだ後の記憶を梶に教えてはくれない。頭を抱え込み、一人ベッドで呆然とする梶はかちゃり、と開く音に顔を上げた。
「起きたんだ、気分は?」
シャワー後なのか、濡れた頭をがしがしと拭きながら入って来たのは野木。上半身裸のその姿は、細そうに見えて意外に筋肉がついている。首を微かに傾げる野木から梶は思わず目を逸らし慌ててごほっ、と咳払いを繰り返す。
「・・・・・梶?」
「ああ、気分は二日酔いだと思う、けど・・・・・ここ、どこ?」
「ホテル・・・・・ねぇ、梶、まさか覚えてない?」
案の定予想通りの答えが返ってきて、ほっと胸を撫で下ろす梶に近づいて来た野木は顔を覗きこむ様に問いかけて来る。濡れた髪が顔に張り付き、妙に有り得ない想像を膨らませながら梶は擦れた声で「何が?」と呟く。
「ここに来て俺らがした事、本当に覚えてない?」
「・・・・・知らねーよ、だから、何がだよ!」
もったいぶる問いかけについ苛々と返した梶は自分の頭に思わず浮かんだ予想を打ち消す。有り得ない、梶の常識ではそれはあってはならない。腰がだるいのはどこかでぶつけたか何かしたせいだと何度も思う。そんな梶の期待を裏切る様に野木は肩を竦めると口を開く。
「俺達、あんなにベッドで盛り上がったのに、覚えてないなんてショックだな。」
野木のその声に梶は目の前の顔を思わず凝視する。がらがらと崩れて行く常識という名の壁、記憶の無い自分、梶は二度と酒は飲まないと心に硬く誓いながら、笑みを浮かべる野木へと引き攣った笑みを返したまま意識が遠のいていくのを感じていた。


*****


目が覚めたら何もかも悪い夢だった。
そう思えたら良かったのに、相変わらず豪華なホテルのベッドの上、梶は目を開いた。人気の無い部屋の中、未だにずきずきと痛む腰を撫でながら、梶はやっとベッドから起き上がる。
今更だけど、何も着けていない素っ裸で寝ていた自分に気づき、重い溜息を吐きながら梶は歩き出す。
「起きたんだ、えっと・・・・・もう昼だけど、飯食う?」
「・・・・・いらない。」
ベッドルームを出てすぐに掛けられる野木の淡々とした問いかけに首を振り答えた梶はそのままバスルームへと向かう。
姿見の鏡に映る自分は変わらない姿に見えるのに、所々に見られる赤い印が記憶の無い夜を物語っている様で梶は思わず唇を噛み締める。頭から温めのお湯を浴びながら、記憶が無い程酒を飲んだ自分を呪いたくて仕方なかった。
たかが失恋の代償があまりにも大きすぎて、泣きたいのか笑いたいのかも分からないまま、浴槽に溜めた湯の中に浸かった梶はそのまま溺れて消えてしまいたくなりながらも、のそのそとバスタオルで体を拭き、改めて鏡に映る自分を見つめる。
男として生きて20数年、自分の性癖は至ってノーマルだと信じて疑わなかったのに、酔って正気じゃなかったとしても男と寝るなんて未だに信じられない。
「梶ってナルシストな傾向あったっけ?」
まじまじと自分の姿を眺めていた梶は突然の声にびくり、と肩を揺らす。
「・・・・・そんなの、あるわけないだろっ!」
「そう? 何、鏡に映った自分を確認? 男とやってどこか変わったとか・・・・・」
「野木!!」
くすり、と笑みを零し呟く声に梶は思わず声を張り上げる。そんな梶に野木は微かに息を吐くと肩を竦めそのまま近づいてくる。
「・・・・・っな、なんだよ・・・・・・寄るなよっ・・・・・」
「今更、どこ隠すわけ? 知らないとこなんか無いぐらい、深く繋がったのに。」
笑みを浮かべたまま尚も近づきながら告げる声にずるずると後ずさる梶は背中に当たるガラスにびったり、と張り付く。
「逃げるなよ、そんなに俺が怖い?」
「・・・・・別に、怖くねーよ、俺は着替えるから、とりあえずあっちに行けよ! なん・・・・・っん・・・・・」
変わらない笑みを浮かべたまま更に近づく野木から逃げる様に顔を背けながら吐き出す梶の声は中途半端に塞がれる。気づいた時には唇に唇がぎっちり、とくっついていた。キスされている、というよりまるで貪られているかの様に反射的に拒もうと伸ばした梶の手は逆に野木へと捕まれ、隙間から侵入した舌に口内を好き勝手に弄られる。
口の中を這い回る舌が逃げる舌を絡め取る。飲み込み切れない唾液が溜まり、粘着質な音が触れ合う唇から零れ落ちる頃には梶の足腰はがくがくと震えていて、今にも崩れ落ちそうになる。
「・・・・・・っん、も、やっ・・・・・」
「思い出させてやるよ、濃厚で濃密な夜の記憶を。二度と忘れないように。」
唇を離し、腕の中、もがく体を抑えこみ、野木は耳元へと唇を寄せると囁く様に呟く。低く鼓膜を擽るその声に梶はがくり、と崩れ落ちそうな自分の体を最早支える術さえ持たずに微かに熱く濡れた息を吐いた。

「良く見て! 女じゃなくても、お前のここはこんなに濡れてるし、ほらここもこんなだよ?」
ぐちゅぐちゅ、とひっきりなしに響く濡れた音。パウダールームの姿見の鏡の前に両足を広げた姿のまま、梶は野木に寄りかかり、彼の声を聞く。映る自分を直視なんてできないのに、何をされているのか、野木の声だけで、聞こえる音で体中を這い回る熱で見なくても分かる。なのに、顔に回された手は梶の意思に反して、無理に鏡へと向けられる。
開いた両足の前にある自身はきっちり、と野木の手で抑えられているにも関わらず、緩く勃ちあがり、だらだらと先走りの液を零し床を濡らし、開いた両足の奥に見え隠れするのは、抜き差しされる野木のモノ。それが動く度にぐちゅぐちゅと濡れた音が響く。挿れているのは本来そんな用途で使う場所では無いと信じていた場所。何度も摘まれたせいなのか、ぷっくり、と膨らむ赤い粒は尚も背後から空いた手で野木に弄られている。
「・・・・・あっ、んっ・・・・・っや・・・・・・ああっ・・・・・」
喘ぎしか漏れない自分の顔に思わず視線を向けた梶はぶるり、と身を震わせる。だらだらと唇の端から零れる飲み込みきれない唾液、何度噛み締めても漏れる声。赤く火照った顔、潤む瞳。何度逸らしても耳に響く音が現実だった。
羞恥で顔を赤く染めた梶はぎゅっと目を硬く閉じるから、野木はそんな梶を床に押し倒すと、腰を抱え抜き差しの速度を速めてくる。がんがん、と奥を突かれ、そのたびに響く濡れた音はいっそう大きく響き、床に突っ伏した梶は堪えきれない喘ぎを大きく零す。
「はっ、あぁっ・・・・・ふぁ、っく・・・・・んんっ・・・・・」
「良い、よ・・・・・もっと、感じて・・・・・っん、くっ・・・・・」
床にべったり、とついた梶の手を野木は上から握り締めたまま腰を動かすのを止めない。ぐちゅぐちゅ、と響く水音にぱん、ぱんと肌がぶつかる音さえも響き出す。狭いパウダールームに篭る濃厚な熱気、はぁはぁ、と互いの息遣いさえも熱が篭る。何度も打ち付けられた腰の動きがやっと止まり、体の奥に熱い奔流が流れ出すのと同時に梶はいつの間にか手を外された自身からも溢れるほどの熱を吐き出していた。


*****


とりあえず体の相性だけは良かったと思っていた女とのSEXの記憶が薄れる程、濃厚で濃密、まさに言葉通りの行為を行った野木とはあの日からちょっとだけ関係が変わった。
「いい加減、認めろよ・・・・・男に抱かれて喘ぐ淫乱になったって。」
「・・・・・っん、やっ・・・・・あんっ・・・・・」
「っ、本当に頑固で頭、固いヤツ!」
頭を振る梶に呆れた声で呟きながらも野木は腰を動かし更に奥を突きあげる。ぐちゅり、と動かすたびに濡れた音が響き、ぎしり、と二人分の体重でベッドが軋む。
結局、あれから何度も体を重ねた。一度じゃ終わらず、今では、ほとんど毎日の様に梶は野木に抱かれている。何度もキスをして、何度もSEXをしているのに、好きだとも嫌いだとも言わない梶に野木は本当に自分を刻み付ける気なのか、毎度毎度、濃厚なSEXをする。終わった後はぐったり、と身動きできない程、疲れた梶の体の後始末をして同じベッドに潜りこみ梶を抱きしめ眠るのが、野木の日課になりつつある。
「美晴、美晴・・・・・好きだよ・・・・・」
浅い眠りの上から耳元に囁く声が聞こえてくる。ぼんやり、とした意識の中、響くその低い声は梶の耳を甘く擽る。普段は名字しか呼ばないくせに野木が名前を呼ぶ所なんか見た事ないのに、夢か現かはっきりしない、それは毎夜繰り返される。
好きとも嫌いとも言わない梶に野木だって何も言わない。起きている時に言われたら何か変わるのかもしれないけれど、その時まで、梶はきっと何も言わない。ただ、どんどん溺れていくのを感じる。
すーすーっと規則的な寝息が背中から聞こえてきて、梶はぱちり、と目を開く。身動ぎそっと抱えている腕を離しベッドの上起き上がる。薄暗い部屋の中で隣りに眠る野木の姿はぼんやりとしか見えないけれど梶は気づかれない様にそっと顔を近づける。
そっと起こさない様に顔に手を伸ばしゆっくり、と触れてみる。男のくせに長い睫毛がぴくり、と動くのを見て指先を震わすけれど起きない野木に梶はもう一度肌へと触れる。
「・・・・・ねぇ、責任とってくれるよね?」
擦れた小さな呟きは起こさない様にとの配慮のせいかかなり小さい。呟く梶にさえ自分の声は巧く聞き取れない。それでも息を吸い込み梶は口を開く。
「たぶん、きっと・・・・・き、だよ・・・・・」
更に小さな声で呟く梶の声に微かに野木の唇がぴくり、と動くけれど梶は気づかない。また布団へと潜りこみ、横になる梶は突然腕を引かれびくり、と肩を震わす。腕の中、抱きしめられ、梶は顔を上げる。相変わらず閉じた瞼、規則正しい寝息、寝ている野木に梶は微かに口元を緩めると胸元へと顔を押し付けた。規則正しい心音はすぐに梶を眠りへと誘いこむ。

朝の眩しい陽射を受け重い瞼を押し開く梶の目の前、閉じられていたカーテンを開けた人は笑みを向ける。
「おはよう、美晴! 安心しろよ、責任なら一生取ってやるよ。」
にっこり、と笑みを浮かべながら告げるその声に梶はベッドの中、野木を呆然と見上げる。
「・・・・・な、な・・・・・なんっ・・・・・」
すぐに顔を近づけてくる野木のキスに梶は戸惑いながらも、すぐに答える。舌まで絡める濃厚なキスだけじゃ終わらなくてベッドに体を押さえつけられ、すぐに首筋、胸元へと吸い付く野木に梶は戸惑いを消せないのに体は正直に答え出す。
「あっ・・・・・まっ・・・・・んぁ・・・・・」
「待てないよ・・・・・今すぐ欲しい・・・・・」
囁きながらもキスをしてくる野木に梶はもう喘ぎしか零せない。すぐに秘孔を解されずぶずぶ、と挿入される異物に梶は思わず野木へと回した手に力をこめる。
ぎしぎしと軋むベッドの上で擦れた声を更に枯れさせるほど喘がされ、ぐったりと疲れた梶を野木は迷わずバスルームへと連れ込んだ。
「もぉ、無理・・・・・だよ・・・・・」
「・・・・・しないけど、いい加減認めてくれた?」
「何、を?」
「愛してるって事。 責任取るし、俺で満足してよ。」
浴槽の中、抱え込み呟く野木の声に梶は微かに笑みを浮かべるとそっと息を吐く。
「・・・・・好きだよ、大地」
根負けの様に眉を顰め呟く梶に野木は笑みを浮かべると更にきつく抱きしめてくる。苦しくて思わずもがく梶の耳元、野木は何度も愛を囁くから梶は微かに笑みを浮かべた。

ノーマルだと思ってた。今でも思ってる。だけど、愛されて愛してる相手が元は友人でも、同性でもまぁいいか、と思えてしまったその時から梶は堕ちてしまったのだ。
野木大地という男に。
これから先ももっと堕ちていくだろう事を予感しながら、梶は野木のキスを受け止めていた。


何か良い感じの終わりになっている気がするのでこの辺りで。
のんけの男を落とすには体からの野木はこれから先も濃厚なSEXを続けるでしょう。彼らに穏やかなのは無い気がする。
20091119 UP

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