Key

〜ヒトメボレ 番外〜

「現実は小説より奇なり」その言葉の通り、本当にいきなり降って湧いてきた「恋」を知ったのは三宮浅葱(さんのみやあさぎ)15歳の春の事。
だけど残念ながら告白なんて思いもつかなかった。
浅葱が「恋」をしたのは同性、しかも友達として長年連れ添っていた相手だから、彼の名を蔵重慎二(くらしげしんじ)という。慎二は浅葱の目から見なくても、完璧男、そして、専門の用語を用いるなら、どう見ても「のんけ」と呼ばれる部類の人間だったのだから。
仲間内で当然話題になる猥談を流して聞いていた浅葱は慎二の好みを聞いているだけで奈落の底へと何度も落とされた。だからこそ叶わない、そう信じていたし、慎二とどうにかなりたいともなれるとも、もちろん思わなかった。浅葱が自分の性癖に気づいたのは、それが「恋」だと知るより前、仲間内で盛り上がりひっそりと見たAVがきっかけだった。
どう見てもやっているだけの三流映画よりも酷いAVで興奮する仲間達の手前、必死で隠しとおしたけれど、あの時、AVにはまるっきり興味を持てなかった自分。
それよりも、少ししか映さない男優の何気ない仕草に目を奪われたのはあの時から永遠の秘密になったけれど、それから同性を見る目が変わった。

だけど、本当にその先の未知の世界が浅葱には分からなかった。
どうすれば良いのか、人より奥手、猥談だって聞き流し、精通すら遅かった幼い自分。
だから、「恋」に気づくのも遅れた。
まさか自分が同性に「恋」をするなんて考えてもいなかった。
それでも携帯で検索したその手の言葉、意味どうすればいいのか学習した自分の向かった先にたむろする同類。
同性しか愛せない、そんな人達と関わり少しづつ、奥手な自分を開かれた数年間。
良いな、と思う人だって、情の通った人だっていたのに、何故か最後に思い出すのはいつでも慎二の顔だった。
「恋」だと認めてしまえばきっと楽になれる、だけど自分はもう友人ではいられなくなる、そんなジレンマが長く浅葱を苦しめていた。


*****


「早いよな、もうすぐ卒業なんて。」
感慨深そうに呟く友人に目を向けた浅葱は笑みを浮かべて机にへばりついたままの友人をただ眺める。
「・・・・・そういや、慎二は?」
別の友人の何とはない軽い言葉が頭上から降ってきて浅葱は机に噛り付いた友人へともう一度目を向ける。
「慎二なら、アレ。・・・・・さっき可愛い後輩から呼び出し受けてたぜ。」
「へーっ。・・・・・彼女と別れたばっかなのに、さすが。」
「・・・・・羨ましいご身分で。」
なぁ、と相槌を求めてくる友人達に浅葱はやっぱり笑みを浮かべる。
そんな浅葱の胸ポケットで振動を立てる異物に気づいた彼は席を立つと友人達に適当な言い訳をすると足早に教室を出て行く。

取り出した携帯に届いたメールは最近良く行く場所で知り合った同胞。
一度関係を持った自分に何度も誘いをかける、そんな彼からの誘いのメールで溜息を吐いた浅葱は歩きながら断りのメールを手早く送った。こんなメールはさすがに友人達に知られるわけにはいかなかった。
年上の彼女がいるんだと思われているから尚更、きっかけは首筋につけられた赤い痣、それはしっかり目ざとい友人にみつかり適当な「彼女」を浅葱はでっち上げた。
「年上」「社会人」それだけでどこぞのOLかと盛り上がる友人達に真実は口が裂けても言えなかった。
実は「同性」だなんてノーマル思考しか持ち合わせていない友人達から避けられるのはきっと目に見えているから。
浅葱は携帯を仕舞うと何気なく外へと視線を移しそのまま足を止めた。
友人が「呼び出された」そう言っていた本人、慎二がそこにはいた。
目の前にいるのが、上からじゃ俯いているからか顔も見えない後輩だろうと思った浅葱は見ない振りをして立ち去るべきだと思うのに足は教室とは別方向へと向かっていた。

「どうしても駄目ですか?・・・・・今は彼女いないって聞いてます。」
急に届いてきた必死に縋りつく高い声は今にも泣きそうな搾り出す声だった。
浅葱はそっと茂みの影に隠れると見つからない様に気をつけながら覗き見る。
浅葱の今いる場所からは慎二は丁度背後から眺める、だから見えない。だけど俯いていた目の前に立つ彼女の顔はばっちり見えた。幼い顔を真っ赤に染めて、聞こえた声と態度が同じだと思えるほど必死なその目元は潤んでいた。
「一応、進学の為に家出るし、こっちにはほとんど帰って来ない予定だから。彼女はいないけど、今はいらないし。」
淡々と断る慎二の声に彼女の泣き声が混ざる。
「本当にごめん、気持ちは嬉しかったけど、ごめんな。」
謝る声に一段と泣き声は大きくなり慎二は暫く立ち尽くしたままでいたけれどそのまま立ち去ろうとする。
「待ってください!!・・・・・彼女じゃなくても一度だけでもいいから、お願いします。先輩を私に下さい。」
ぼろぼろと涙を零しながらも真剣な声で叫ぶ彼女に慎二は足を止める。
繋ぎ止める為ならなりふり構わない彼女の言葉にはたで見ている浅葱の鼓動が跳ねる。
どんな意味なのか浅葱にも分かるのに慎二に分からない訳が無いのに、慎二は彼女の前へと再び立つとそっと彼女の方を抱き寄せる。
「一度だけ・・・・・思い出を私にください。」
「・・・・・それで、君は良いの?」
「はい。」
腕の中、しっかり頷く彼女の頭が見え、浅葱はひっそり、と溜息を吐いた。
思い出にすら出来ない、吐き出す事すら出来ない自分の「恋」がとても惨めに感じた浅葱はその場へと思わず蹲る。


*****


伸ばした彼女の手を受け入れた慎二のその後を知りたくなくて浅葱はぎゅっと自分を抱きしめたままでいた。
そして今頃だけど、やっとだけど、この「恋」に別れを告げる絶好の機会だと思う。
自分が彼女ならその手はきっと受け入れられたかもしれないのに、残念ながら浅葱は産まれた時から慎二と同じ性を持つ身でそれを変えたいとも思わなかった。
諦めるべきそう思う、それなのに、未だに胸がじくじくと痛み浅葱はそっと胸に当てた手をぎゅっと握り締める。
いつか消えてしまうその時まで、慎二を平然と見れるその時まで、誰にも知られてはならないこの「恋心」を胸の奥にしまいこみ、鍵をかける。
何重にも鍵をかけ、胸の奥底、いつかこの「恋」が消えてしまうその時まで。
強く、強く胸に手を当て、暫くその場に座りこんでいた浅葱は二人の気配がいつのまにか消えたのに気づくとゆっくりと立ち上がる。
大丈夫、「恋」は箱に仕舞った。
何度も内心に言い聞かせながら浅葱はとぼとぼと歩き出した。

忘れるより先に胸の奥底から「恋心」がほじくりかえされるのは、それから二年は先の話だった。
叶わないはずの「恋心」が認められ、慎二の隣りに立てる自分がいるとはもちろんこの頃の浅葱には想像すらしていない出来事だった。


「ヒトメボレ」番外。浅葱視点の恋心の話です。色々端折りましたが、これが「ヒトメボレ」に続きますです。お読み頂きありがとうございました。  20080418

top