雪こそ降ってはいないけど、今にも降りそうな程にどんより曇った空を見上げ大和は改めて自分の選択の甘さを悔いていた。大げさに溜息を零す彼の周りにいるのはやかましいくらいに話している女の子の群れ。 大和が今、立っている場所は「V.D」という彼には別に嬉しくもないイベントのおかげで大盛況のチョコレート専門店その名も「ショコラ」と笑える程単純な名前を持つお店の前だった。 時期を誤ったとか色々渦巻く思いはあるけれど、期間限定、しかも数量限定のチョコレートを手に入れる為なら恥をかいても並んでやるさ、と息巻いた自分に今更大和は後悔していた。
そもそもの発端はテレビの特集だった。 腕の中にずっと閉じ込めておきたいくらいラブ進行中の恋人柚希と見ていたテレビの番組の特集の一つ。 あのタイミングで見ていたのを運が悪いと今更呪っても仕方がないけれど・・・・・・そう、「チョコレート特集」さえ見なければ、女性の群れの中一人立つ事も無かった。
「ユズ〜テーブル片付けて!飯にしようや。」
「・・・・・うん!」
和やかに夕飯の準備を進めていたあの時。 テレビのボリュームを落とそうとした柚希がリモコンに手を伸ばしたまさにその時だった。
『もうすぐ、バレンタインデーですね。そんなわけで今回はチョコレート特集です!』
張り切った女性アナウンサーの声に柚希はリモコンを持ったままテレビへと視線を向けた。 まさかそれがこんな事になるきっかけになるなんてもちろん思いもしなかったはずなのに。
『最近の注目は何と言ってもチョコレート専門店が出来ていることかと思いますが、今回は○○市××にやってきました。』
「うちの近所じゃん、何、チョコレート専門店なんてあったんだ。」
「・・・・・・」
何気なく流した大和に答えないまま柚希はただテレビの画面を見つめたままで、そんな事もちろん気にも止めないまま大和は出来上がった夕飯を運ぶのにリビングとキッチンを行き来していた。
『今回の目玉は一日個数限定のこの商品!!しかもバレンタインデーのこの期間限定です!』
興奮したアナウンサーの前に映し出されたのは大和から見ればただのチョコレート以外のなにものでも無かったのだけれど柚希は食い入るようにテレビの画面を見つめたままでそこで大和はやっとさっきから黙ったままの柚希の異変に気づいた。
「ユズ?・・・・・どうかした?」
「僕も食べたい!数量、期間限定だなんて、『ショコラ』には一度行ってみたかったのに、これじゃますます行けないよ。」
大和の声も聞こえてないのか、情けない声でひたすら呟く柚希に大和は瞬きを繰り返す。
「・・・・・ユズ、知ってるのこのお店。」
「開店当初から大入り満員御礼のお店だよ!限定品僕も食べたい!!」
テレビに向かったまま嘆く柚希に大和は呆然としたまま何も返せなかった。 それから事ある毎に「チョコが食べたい」と呟きだした柚希に触発された友人にも「買ってやれ!」と散々催促され買い言葉に売り言葉で今、ここに至る。
華やかというよりもやかましい声に現実を思い出した大和は目に映る重い扉を見つめる。 限定品に飛びつく人の群れに自分もいるのだと思うと情けなくなるけれど、恋人として付き合うまでに散々泣かせた恋人を喜ばせる為だと渡した時の笑顔を想像して逃げ出したくなる足を辛うじて踏みとどめる。
*****
「ただいま〜」
「お帰り、何か疲れてない?」
ドアが開くと同時に返る答えにただ乾いた笑みを浮かべた大和は手に掲げていた紙袋を無言で突き出した。 反射的に受け取った柚希はその途端に座りこむ大和に慌てて近寄る。
「大和!今日バイトじゃないよね?・・・・・・どうしたの?」
「・・・・・何か、俺もうだ・・め・・・・・」
そのまま倒れこむように横になる大和に柚希は受け取った紙袋を慌てて玄関にある棚の上に置くと彼を何とか部屋まで連れて行く。よっぽど疲れたのかそのまま眠りこむ大和に首を傾げながら柚希は貰った紙袋を置いてきた事に気づき玄関まで引き返した。何気なく手に取ろうとして紙袋に書かれているロゴが視界に入った瞬間、柚希は堪えても零れてくる笑みを隠しきれないままそっと大切そうに腕の中、紙袋を抱きしめた。
「朝ですよ〜起きようよ、大和!」
「んぁ・・・・・朝?」
「うん、チューしとく?」
薄っすらと開いた視界いっぱいに広がる笑顔の柚希の言葉に大和は反射的にんーと唇を突き出した。 ちゅっと音を出し軽く触れ合う唇、温もりがすぐ消えたから腕を伸ばそうとして大和はがばり、と起き上がる。
「うわぁ、いきなり起きないでよ!驚くじゃん!」
「悪い、俺、昨日、あの・・・・・」
「チョコレート、嬉しかった。だから、これはお礼。」
もう一度今度は頬にキスを送る柚希を大和は迷わずベッドへと引きづりこみ押し倒す。
「あのさ、頼むから今度はましなのにして。」
「え?」
「チョコは勘弁して!・・・・・甘ったるくて吐きそうだった!!」
ぎゅっと柚希を抱きしめ情けない声で呟く大和に柚希はただ笑みを浮かべると首へと腕を回す。
「ご苦労様でした。・・・・・大和、ありがとう。」
「お礼・・・・・もっと、頂戴・・・・・」
耳元に囁くと同時に唇を深く塞ぎ奪う大和に回していた腕に柚希は肯定の意味もこめて力をいれる。 ぎしり、と軋むベッドの音を聞きながら、貰ったチョコレートよりも甘い甘い世界へと向かうために柚希は大和の体をぎゅっと更に強く抱きしめた。
だから、どこがバレンタインデーなのか分からない話ですいません。 この二人は勝手にやってろなカップルであります。
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