幸せに、なればいい

見上げた空は天気予報を裏切り目に痛い快晴。真っ青な空にうんざりしたくなるほど、腐っている気分とは正反対の空があまりに皮肉で思わず笑みを浮かべた。
「ああ、いた!・・・・・ここにいたんだ。」
近づいて来る足音と共に掛けられる声に振り向いた、琴平誓(ことひらちかい)は友人小谷真澄(こたにますみ)に微かな笑みを向ける。だけど、彼の手にしていたものが目に入り思わず眉を顰めた。
「止めたって言ってなかったか、ソレ」
誓が指をさすモノに真澄も同じく目を向けると苦笑を浮かべる。
「無理だったわ。・・・・・それに、今日は吸わずにはいられなくて、ね。」
手に持つ煙草を掲げ、呟く真澄に誓は僅かに眉を顰めるけど、何も言わずに目的の場所へと歩き出す。

「Smorking Room」と名づけられた喫煙室の扉を開く誓の後に入った真澄は煙草を銜えると火を点ける。
白い息を吐き出し始めた真澄の横、誓も胸ポケットから同じく煙草を取り出した。
「目出度い日々らしいよ、今日は。」
「らしいね・・・・・まぁ、俺らには関係ない、よな?」
「はは、そう、だね。」
会話はすげなく途切れ、二人はただ煙草を吸い込む。重い空気の流れる空間に耐えきれず誓は口を開いた。
「・・・・・花嫁さん、見た?」
「あ?・・・・・ああ、前に何度も会ってるから。」
呟く真澄に思わず黙り込む誓に一気に煙草を吸い込むと、さっさと灰皿に投げ込んだ真澄が立ち上がる。
「大丈夫、平気だよ。俺は笑って見送るし、これから先も平気だから。」
笑みを浮かべるとそのまま扉を開き出て行く後姿をぼんやり眺めた誓は苦笑を浮かべる事しかできなかった。

今日は目出度い結婚式、同僚が結婚する。そして同僚はほんの少し前までは誓の記憶が正しければ、真澄の「恋人」だったはずだ。同性同志だったのに、彼らは確かに愛し合っていたと誓は思っていたのに、何がどうしてこの式に辿り着いたのか誓には良く分からなかった。

*****


円滑に円満に、セオリー通りに進む式の合間に誓はそっと横へと目を向ける。気にもしていないのか、本当にもう他人事なのか、別の同僚と楽しげに語る真澄は笑みさえ浮かべている。そこに特に暗さがあるわけでもなく、心からこの式を祝っている、そんな印象しか受けなかった。
「・・・・・何?」
「ああ、ごめん。何か、良いのかな?と・・・・・」
「・・・・・良いに決まってるだろ。俺らは同意の上で終わってるし、疚しい事は何も無いよ。」
誓の問いかけに真澄は眉を顰めると苦笑を浮かべたまま淡々と呟く。確かにその声には何の感傷も見受けられなかった。
人が出会い、別れ・・・・・それは何度も繰り返す事だと誓だって、良い年した男だから知っている。恋をする分別れがあり、出会いがある。だけど、いつだって、たとえそれがどんな理由だってやはり別れは辛いと思う。今の恋人を頭に思い浮かべた誓は自分もいつかあの人と別れたらきっと寂しいだろうと思う。
「寂しい、とかも思わない?」
「・・・・・そりゃ、一人身にはきつい現実だと思うけど、縁が無かった・・・・・それだけだよ。それに・・・・・」
不毛なだけだろ、小さく呟くその声に誓は思わず真澄へと顔を向ける。相変わらず何の感情も見受けられない表情、なのにちくり、と胸が痛んだ。触れてはいけない場所に触れた、多分そんな感じに似ている痛みに思わず胸を抑える。

見るつもりは無かった。ただ声がしたから気になった、本当にそれだけだったのに、目にした光景に腰が抜けそうな程驚いたのは今から三年前のある日。
「・・・・・ごめん、なさい・・・・・今すぐ去るんで・・・・・」
床に思わず落としていた書類をあたふたと拾い始める誓のすぐ傍に影が落ちる。
「いいよ、別に。こんなとこでやってる俺らが悪いんだから、それより大丈夫か?」
「・・・・・いまどきキスぐらいで腰抜かすヤツも初めてだけど、な。」
「そこ、突っ立ってないでお前も拾え!・・・・・本当にごめんな。」
二人がかりで散らばった書類を拾ってくれた彼らが、真澄と件の彼氏、友永康平(ともながこうへい)との出会いだった。別にキスシーンごときで腰が抜けたんではなくて、彼らが同性だってのに驚いただけなのに、肝心な事が何一つ言えないまま、誓はその出来事を忘れようとしていたのに、運命は誓に優しくはなかった。
「・・・・・まじで同期なんだな、見えねー、よろしく。今日付けでこちらに移動になりました小谷真澄です!」
出会った時と変わらない笑みを向けてきた真澄に誓はただぺこり、と頭を下げる。同じ部署になったからなのか、真澄は誓と仲良くなりたいと積極的にアピールしてきた。食事に誘われ、休日も遊ぼうと誘いの電話がかかってくる。当然食事や飲みにはたまに、康平も一緒になり、少しづつ誓は二人と仲良くなっていった。
そして、二ヶ月前、突然の話だった。康平の結婚が決まったと真澄が告げたのは。お祝いをしてやろう、と同期のメンバーで開かれた飲み会では、真澄はただの一度も康平とは話さなかった。
いつのまに別れていたのか、何一つ分からないまま、誓はこの場にいた。

一気に思い出した過去の出来事に頭が少しだけくらくらしながら隣りへと目を向けた誓はいつのまにか真澄がいなくなっている事に今更気づき慌てて立ち上がる。
会場を出る前に中を見渡すと、たくさんの祝福を受けた花嫁さんの上気した笑顔がやけに目に付いた。
そして隣りに座っているはずの花婿である康平の姿はどこにも見当たらなかった。


*****


会場を出ても行き先に検討なんてつかなかった。初めて来た場所だし、下手に動いても探せない気がしたから向かうのは喫煙室だった。会場内は全面禁煙らしく、煙草が吸いたければここまで行くしかない、と席に着いた時に同僚が言っていたのを思い出したからだ。喫煙室に見覚えのある後姿を見た誓は予感が当たった事に微かに息を吐くと足早にそちらへと歩き出した。
「ここに、いたんだ。誘ってくれれば良いのに。」
「・・・・・ああ、ごめん。何か考え事しているみたいだったから、何、彼女との結婚への夢とか?」
煙草を銜えたまま笑みを浮かべる真澄に笑みを返した誓は無言で隣りへと座る。
「僕は結婚しないよ、法的な意味では絶対に出来ない相手だから。」
「・・・・・はい?・・・・・って、それ、不倫とか?」
「違うよ。・・・・・僕の恋人、同性だから。・・・・・僕は真性のゲイだから。」
「・・・・・ゲ・・・・・って、一言も聞いてないんですけど・・・・・」
銜えた煙草を思わず落としそうになり慌てて手に持ち変えながら呟く真澄に誓は笑みを浮かべる。
「言い触らさないよ。けど、知ってる人は結構いるけど。・・・・・同期の油谷とか熊野は知ってるかな。大学同じだし・・・・・言わなかったんじゃなくて、聞かれなかったから答えなかっただけ。それに、真澄はほとんどノンケに近いだろ?」
困った様に笑みを向け答える誓の前、真澄は呆然としている。
「男同士の付き合いに寛容なのに、キスシーンで腰抜かすのか?」
「・・・・・他人のはあんまり見ないだろ。それにあの場所で、とは・・・・・」
苦笑する誓に息を吐いた真澄は煙草を投げ捨て笑みを浮かべると顔を向ける。
「彼氏と付き合い長いのか?」
「うん、高校の時からだから、もう8年近くになるかな?」
「何、してるヤツ?」
「・・・・・うん、と小説家?・・・・・デビューしたのは大学の時だったかな?」
「小説家って、凄くないか?」
「・・・・・多分、真澄の想像とは全く違うと思うよ。売れてるかどうかも知らないし。」
「彼氏の本ぐらい読もうよ。読んだ事ないのか?」
淡々と告げる誓に真澄は呆れた様に呟く。その問いには答えずに誓は顔を上げる。
「一生に一度、あるか無いかの恋をしました。だから、俺と恋愛して下さい・・・・・そう言われたんだよね、俺。同類は同類を感じるとは言うけど、言われた場所がトイレの中だよ。何か、もっとムードとかあるじゃん!」
「何それ、変なヤツ・・・・・芸術家ってやっぱり変?」
笑い転げる真澄に誓は恋人のダメっぷりをあげていく。トイレには本が山の様に積んであるとか、原稿に詰まると必ず泣きついてくるとか、そんな日常の些細な話に真澄はひたすら笑い転げていた。
「いつか、会わせてよ、会ってみたい・・・・・ダメかな?」
「・・・・・良いよ。あっちにも話したら、実は会ってみたいって。・・・・・でも、俺、カムしてなかったから、なかなか言えなくてさ。」
そうしてやっと笑顔を向けた誓に真澄はただ笑みを返した。

胸ポケットへと手をやりやっと煙草を取り出した誓の横で真澄は二本目の煙草へと火を点ける。
深く一息吸うと吐き出した白い煙を見つめながら誓が煙草に火を点けた瞬間真澄は「あのさ」と口を開いた。
「最初は好きとか嫌いとか、そんな感情は無かったんだよ。・・・・・ただ傍にいるのが心地良くて・・・・・もっと近づきたかった。」
昔を思い出しているのか、少しだけ目を細めた真澄は大きく息を吸い込むと誓へと笑みを向ける。
「それだけから俺達は始まったんだよ。・・・・・本当にたまたま、酔ったら寝ちゃいました、それだけ。大事な人が互いに出来なくて、それでも人恋しい時にいたのが俺であって、あいつだったから。だから、結婚するって言われた時に、やっぱりそれだけだったんだ、って思った。」
煙草を銜えたまま真剣な顔で見ている誓にちょっと苦笑を漏らした真澄は俯くと手に持つ煙草を弄ぶ。
「男同士なんていつまでもおかしいだろ、って、そう言われた。俺との関係なんか消したいって目が言ってた。だから、俺はヤツの思う通りの答えを返したよ。そうだね、って。」
「真澄?!」
向けてくるのは確かに笑顔なのに、泣いているみたいな真澄に誓は思わず声をかける。
「好きだなんて今更言えなかった。俺だけなんてバカみたいじゃんか。・・・・・だから、式にも笑って出てやるし、引き合わせたいって言うなら彼女にも会ってやるよ。でも、もう友達になんか俺は戻れない。だから、俺はあいつを誘わないし、何も言わない。」
「・・・・・それで、良いの?」
「良いよ。・・・・・これで良いんだよ、常識が大事な奴としてたのは恋愛じゃなくてただのフリだから。俺はあいつを好きだなんて、絶対に言わないし、そんな事言われたくも無いだろうし・・・・・」
本当に浮かべているのは笑顔だけなのに、またちくり、と傷む胸を抑えた誓は不安そうに真澄を見つめる。そんな誓に笑みを浮かべたまま真澄は手にしていた煙草を口へと銜え、顔を上げる。息を吸うのも忘れた様に顔色を変え瞳を見開く真澄に誓は彼の視線の先を追った。
立っていたのは今回の式の主役の一人であり、真澄の話に出てきた友永康平その人だった。
喫煙室内での会話は聞こえていないはずだと思う誓の前、康平は乱暴に扉を開くと真澄の腕を引く。
「何、すんだよ・・・・・放せよ!」
「話があるって言っただろ、早く立てよ!!」
「嫌だ!・・・・・話す事なんてもう無いって言ってるだろ、いい加減うざいよ、お前。」
うんざりした声で冷たく告げる真澄の腕を掴み半ば強引に立たせた康平は引きづる様に連れて行く。
呆然と見送った誓はぼんやり、と式、どうなるのかな?と的外れな事を考えていた。


*****


「おかえりー。結婚式、楽しかった?」
出迎え笑顔を向けてくる恋人の前、誓は思わず眉を顰める。
「・・・・・ん?・・・・・何、どうしたの?」
「うん、それが・・・・・式、途中で中止になった。」
困った様な笑みを浮かべ呟く誓に恋人は不思議そうに首を傾げてくる。そんな恋人に腕を伸ばしその胸の中へと潜りこみ頭を摺り寄せながら誓は口を開いた。
「・・・・・あのさ、花婿がいなくなっちゃったんだよね。」
「花婿?・・・・・式の途中で、何で、急用とか?」
「愛の逃避行かな?」
「・・・・・はぁーー?」
腕の中の誓の頭を撫でながら恋人は驚いた顔で瞬きを繰り返した。相変わらず睫毛長いなーとどうでも良い事を思いながら、誓は恋人の腕の中、一人おかしそうに笑いだした。
選んだのがどっちかなんて誓は知らない。このまま式だけあげて、後から離婚すればなんて、第三者の誓は冷静に考えるのに二人には無理だったのだろう。
地位も名誉も親、兄弟さえ捨てて彼らが何を選んだのか誓には分からない。
「ああ、そういえば・・・・・友達に合わせるって約束したのに、無理になった・・・・・ごめんね。」
「・・・・・ああ、例の?油谷や熊野とも知り合いなんだろ?」
「うん。・・・・・でも、もう会社に来ないかもしれないし・・・・・また、いつか何処かで会えると良いな。」
「誓?」
本当に訳が分からないままの恋人を置き去りに誓は腕の中の温もりに包まれ瞳をゆっくり、と閉じる。

どうか、どうか君が幸せであるというなら、それで良いから。いつかまた会いましょう。

後日、誓の下に絵葉書が届いた。青い、どこまでも碧い空の写真の裏にはたった一言だけ。
「Am I happy or do you :?」
どこにも送り主の名前がないその絵葉書に誓はただ笑みを浮かべる。
答える言葉は一つだけ。
「Of course, it is happy. You only have to become happy so.」
そう答えると誓は笑みを浮かべ絵葉書を見せる為に恋人の下へとかけていく。

- end -

2008-12-07


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迷う恋人達を第三者の視点から書いて見ましたが、私ギリギリで逃げるの好きだよな;

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