ならば
愛されない現在がきっと


終わりの近い恋だと気づいているのにそれでもしがみついていたかったのは結城海斗(ゆうきかいと)が単に恋人である堂島穂積(どうしまほずみ)を好きでいたから。単純にそれだけだった。

出来ることは何でもしてきたはずなのに最近穂積の態度はよそよそしい。
付き合ってもう五年目、お互い社会人になってから会える時間の都合を合わせるのも一苦労だと分かっているけれどそれにしてもどこかよそよそしく感じるのはきっと気のせいじゃないはずだと考えれば考えるほど悪い方向にしか向かない海斗は自分に虚しくなるけれど、元々ポジティブというよりネガティブなんだからしょうがない。
だからずるずると坩堝にはまり、一言だって穂積に確かめる事ができないまま悶々とした日々を送るその繰り返しだった。

「久しぶりだよな。仕事…どう?」
「いつもと同じ。変わらず、かな。…そっちは?」
「変わらないかな。相変わらず忙しいよ。特に今は結構イベント続いているからさ。」
疲れた声でぼやく穂積に笑みを返し口を開きかけた時、ピピッ、ピピッと断続的な機械音が聞こえる。
「…ごめん、俺だ!誰だろ、こんな時間に。」
慌てて携帯を取り出し中身を確認した彼の顔が少し変化する。
「…仕事の用事?」
「え、ああ…そう。ちょっとごめん、電話してくるわ。」
問いかける海斗に曖昧な笑みを浮かべ立ち上がりながら告げると彼は足早に出口へと歩いていく。
その背をぼんやり眺めた海斗は溜め息を零しメールを見たとき一瞬変わった穂積の顔を思い出す。
海斗といる時は全く見せなくなった優しく愛しさのこもった瞳、完全に限界だった。ずっと躊躇って決心がつかないままの自分が惨めで情けなかった。明細を持ち立ち上がった海斗はそのままレジへと向かい会計を済ますと店員の声に見送られ店を出た。

誰かと付き合えばその年数だけ情が沸く。愛情なんて当の昔になくなっていたとしても、その情だけで一緒にいる、穂積にとっての海斗はまさにそれだったのかもしれない。
五年、「も」?「しか」?・・・・・だけど人の心が変わるのに長いも短いも無いのだろう。
歩きながら携帯を取り出し、時間を確認する。
店を出てからそんなに時間は経っていないけれど流石に電話はもう終わっただろうか。
いないことに気づかないまま、まだ電話をしているのだろうか。
判断はつかないけれどいずれ気づくだろうとメールを作成する。今更会う気はないから、会った所で意味はないからそれでも送信のボタンを押すのだけはバカみたいに躊躇い、送信画面を確認すると携帯を閉じポケットへとまたしまいこむ。


*****


「…お帰り。」
自宅のドアに寄りかかる影に気づき顔を上げる海斗の前、影は柔らかで低い声を零した。
「どうして、ここに…?」
戸惑いながら呟く海斗へ影はゆっくり近づいてきた。
逃げるように去り別れのメールを送った恋人の姿に呆然と立つ海斗の目の前まで来ると穂積は携帯を取り出した。
「これ、どういう事?」
突き出された携帯の画面には海斗が送った別れの言葉が携帯のライトに照らされ写されていた。
「・・・・・どう、って・・・・・そのまま言葉通り、だけど・・・・・・」
真っ直ぐに見つめてくる穂積の視線から顔を逸らしたまま呟く海斗の耳にパキッ、と異音が響く。
思わず顔を上げる海斗の目の前に立つ穂積は折りたたんだ携帯を握り締めていた。
「・・・・・穂積?」
「俺と別れる?・・・・・何で?」
「それは、穂積が一番分かってるだろ?・・・・・俺達、もう・・・・・っ!!」
がちゃん、と目の前から消える携帯が堅い石の床に落ちる音と同時に海斗はドアへと押さえつけられていた。
「俺は認めない・・・・・別れるなんてありえない・・・・」
そう告げると頭を振り逃れようとする海斗の肩を更に強く握り締めたまま穂積は顔を近づけてくる。
息さえ飲み込まれそうな激しいキスをされ海斗は思わず離れようと穂積へと手を伸ばす。
寸前で肩を掴んでいた手の片方に捕まれ抵抗は完全に抑え込まれる。
「・・・・・んんっ・・・・・んっ、く・・・・・やっ・・・・・」
必死に唯一抵抗できる頭を振るけれど、海斗の呻きすらもすぐに覆われる唇に隠され、深くねっとりと舌で口内まで犯されずるずるみっともなく床へと座りこむ海斗を穂高は冷たく見下ろした。
「俺から離れる?・・・・・キスだけでこんな、なのに?」
冷笑と共に呟く穂積に何も言えないままただ海斗は俯いた。

長い沈黙と同時にここが外だと分かる冷たい風が肌を撫で思わず海斗は身を震わせる。
「・・・・・穂積は俺と別れるべき、だよ・・・・・」
長い沈黙を破りやっと漏らした声に穂高は眉を顰める。
「まだ言ってるのか・・・・・俺は別れないって言ってるだろ?・・・・・何が不満なんだ?」
「何も、不満なんて無いよ!・・・・・だけど、俺と付き合うなんて意味が無いだろ?俺なんかより、穂積には・・・・・」
「そんなに、犯されたい?・・・・・言葉じゃダメなら体に訴えるしか無いんだけど・・・・・」
座りこんだままの海斗の前に屈みこむと睨みつけ低い声で穂積は呟く。びくり、と揺れる体を床へとついた手で必死に堪え、海斗は目の前の男を見つめる。
「・・・・・体だけ流されても、俺の意思は変わらないから・・・・・別れた方がお互いの為にも良いと思うから・・・・・」
怯えてはいるけれど、一向に変わらない答えしか告げない海斗に溜息を吐いた穂積は頭を掻き毟る。
「互いの為って何?・・・・・不満があるなら言えよ、無いなんて嘘だろ?・・・・・俺と別れたい理由は何?」
「・・・・・理由なんて・・・・・」
「理由があるから別れたいんだろ?・・・・・男と付き合うのは面倒になった?好きなヤツが出来たとか、あるだろ?・・・・・はっきり言えよ!」
黙り込んだまま俯く海斗へと少しづつ穂積は顔を近づける。
ここが、どこか?なんて当然頭に無かった。隣り近所が来るかも、なんてそんな常識をいつもなら頭の隅に置いているはずなのに、何一つ考えられなかった。

海斗の抵抗を力で押さえつると、壁に押し付け穂積は貪るようなキスを仕掛けてくる。息をも飲み込まれそうなほど強く激しく押し付けられた唇の隙間から強引に入り込んできた舌が海斗の口の中を好き勝手に動き出す。
必死でもがき穂積の肩を掴み引き離そうと試みる海斗の抵抗に動じる事なくキスというよりもまるで喰われていると言うべきそれは止まらない。足をばたつかせ、それでも逃げようとする海斗は襲う痛みにびくり、と体を揺らす。
舌を絡めとられ、そのまま強く吸われ、外だというのに穂積の手は下肢にまで伸びてきた。
「・・・・・っく、止め・・・・・ここ・・・・・」
必死に頭を振り、唇を離し搾り出した声もすぐに追ってくる唇に塞がれ、海斗は目元が熱くなってくるのを感じる。
「・・・・・泣くほど嫌?・・・・・そんなに俺と別れたい?」
ぼろぼろと堪えきれなかった涙を零しだした海斗に穂積はやっと唇を解放し、呟きながら立ち上がる。
その低く沈んだ声に思わず顔を上げる海斗の目の前に立ち尽くしたまま穂積は唇を噛み締めている。
「・・・・・別れたいのは俺じゃなくて、本当は穂積の方だろ?」
「だから、何でそうなる?」
ぼそり、と呟く海斗に間髪入れずに問いかえす穂積は本気で分からないそんな顔で見つめてくる。
「忙しいのに無理して会わなくて良いって言ってるんだ!・・・・・わざわざ無理に時間を割いてまで会いに来るなんて無駄だろ?」
「・・・・・どういう意味だよ・・・・・」
「だから、そういう意味だよ。無理して会うくらいなら・・・・・別れた方が楽になれる!」
「そんな風に思ってたわけ?」
更に沈む声に穂積を見上げていた海斗は思わず顔を伏せる。言った事が間違ったなんて思って無いはずなのに、未練があるからなのか、まだ必要とされているなんて思いたくなる。
「分かったよ。・・・・・お前の言い分は、だけど俺は別れないから。」
俯いたまま、何も答えようとしない海斗の頭を見つめたまま告げる穂積の声にびくり、と体が揺れる。
「別に無理に時間を割いてないし、無理して会ってなんていない。・・・・・別れたい理由がソレなら俺は認めない。」
「・・・・・穂積?」
屈みこみ、顔を覗き込むとはっきり告げてくる穂積に海斗は戸惑った顔で見つめてくる。
「別れないよ、俺以外のヤツを俺は認めないから。」
顔を近づけ囁く穂積は海斗の肩を掴み押さえ込むとそっと唇を頬へと寄せてくる。
何も言えないままぼろぼろと涙を零しだした海斗の涙を舌で舐めとり、唇へと唇を触れさせる。
「・・・・・後悔、するよ・・・・・」
「しないよ。・・・・・海斗を放す方が俺は後悔する。」
そのまま抱きこみ唇を今度は強く押し付けてくる穂積に海斗は涙で濡れた瞳をそっと伏せた。


*****


行為の後、そのまま寝てしまったせいか、中途半端に目が覚めた海斗は喉の渇きを覚え、隣りで寝息をたてる穂積を起こさないようにそっと起き上がる。
台所へと向かい、冷蔵庫から取り出した飲み物をグラスに注いでいる時、耳に異音が届いた。
防音なんて立派なものがついてない、しょぼい海斗のアパートは下手したら何件か先に住む夫婦の喧嘩の音まで聞こえてくるけれど、その音はすぐ近くで鳴っていた。
玄関の扉をそっと開くその先に鳴り響く携帯電話が落ちていた。
壊れたものだと思っていた、というより存在そのものを海斗はもちろん、持ち主の穂積さえ忘れているのだろうその電話を手に取るその瞬間音は途切れる。
それでも拾い上げ部屋に持ち帰った海斗は開いたままの電話を暫く眺めている。
恋人とはいえ他人。他人の物を盗み見る行為はいけない事だと分かっていても見ないではいられなくて、暗闇の中、海斗は震える手でキー操作をする。
『今日は会えて嬉しかった♥』
『楽しかったね。明日も楽しい事があるといいね。』
次から次へと読み進め、それがラブメールだと気づいた海斗は暗闇の中、寝室へとそっと移動する。
愛し合う、その意味を間違えたくないから、別れを選ぼうとしたのに、阻止した相手は何も知らずに夢の中にいる。
海斗は未だに何も知らないまま眠りについている穂積へと近づくと、体重をかけないようにそっと体を跨ぐ。
手にまだ持ったままの携帯を眠る穂積の横に置き、そのまま海斗はその手をそっと首筋へと伸ばす。

「・・・・・俺を殺したい程、憎かった?それとも殺したい程、愛してる?」
眠っていると思っていた穂積の突然の問いかけにびくり、と体を揺らした海斗は体勢を崩し、彼の上、ただ座りこむ。
「・・・・・何で・・・・・」
「ちょっと前に・・・・・ああ、これ、見たんだ。」
戸惑う海斗の声に、穂積は顔はそのままに目だけ動かし目線に端に写った自分の携帯を眺め口元に薄っすらと笑みまで浮かべ呟く。
「何がおかしい?」
「・・・・・何も聞かないで、俺を殺したいのは俺が憎いから、嘘をついていたから、とか?」
「嘘、ついてたんだ。」
「嫌。海斗を好きな事は嘘じゃないよ。・・・・・俺を殺したいなら殺せばいいと思ってるよ。それが愛の為なら、もちろん、海斗も隣りで死んでくれるつもりだったよね?」
「・・・・・何、言って・・・・・」
「俺だけ殺して、逃げる気だったとか?・・・・・言葉で伝わらないなら態度で示そうか?」
未だに座りこんだまま呆然としている海斗の腕を引いた穂積は迷う暇さえ見せずにあっという間に海斗を組み敷く。
「・・・・・穂積?」
「浮気していた俺に何か言う事はある?別れたい以外なら聞いてあげるよ。」
言いながらも、体を触りだす穂積に海斗は躊躇いを隠せないまま彼をただ見つめる。
そんな海斗の戸惑いを気にする事なく、着ている服を手際良く脱がせだした穂積は曝け出した素肌へと唇を押し付けてくる。
「何を!・・・・・俺は話を・・・・・」
「早く話せよ。・・・・・何が言いたい?・・・・・肝心な事は一つも言わないまま、別れだけを告げるなら俺は聞かないって言ってる。」
「・・・・・浮気、したのに?・・・・・俺に触れて楽しい?」
「言いたい事はそれだけ?・・・・・もちろん、好きなヤツに触れるのは別だろ?」
顔を上げにやりと笑みを浮かべる穂積に海斗は、腕を勢い良く伸ばす。

「海斗?」
「・・・・・俺と別れて!・・・・・浮気する相手とは一緒にいたくない。・・・・・もう、終わりにしよう。」
ベッドから逃げ出し、床へと座りこみ呟く海斗の後ろ、穂積はゆっくりと起き上がる。
「・・・・・別れの言葉は聞かないって言わなかった?」
「でも、俺はもう付き合いたくないんだよ。・・・・・惰性で付き合っても楽しくないし、お互い不幸になるだけだろ?」
吐き出す様に告げる海斗に穂積は眉を顰める。
「・・・・・惰性?・・・・・まるで俺が義理で海斗と付き合ってるみたいな言い方だね。」
「それ以外の何だって?・・・・・仕事優先で俺は二の次、下手すれば三の次だろ?・・・・・穂積の都合に合わせるのはもううんざりなんだよ!」
頭を振り呟き俯いた海斗に穂積はただその頭を呆然と見つめてくる。静まり返った部屋に妙な居心地の悪さを感じながらも刺さる視線を感じ、俯いた顔を上げることも出来ず海斗は唇を噛み締める。
「初めて、だよね。そんな事言ったの・・・・・仕事だと言えばすぐに「良いよ」と言っていたのに、そんな事考えてたんだ。」
呟く声に海斗は思わず顔を上げる。いつのまに来ていたのか穂積はすぐ目の前で座りこんでいた。思わず後ずさろうとする海斗の腕をすぐに掴むと、そのまま穂積は強引に引き寄せる。
「止め、放せよ!」
「嫌だよ、放したら逃げるだろ。俺達には話し合いが必要だと思うんだけど、それもかなり長い。」
「・・・・・俺には無い!」
離れようとする海斗の腕を掴んだまま体を引き寄せ穂積は顔を近づける。息が触れ合う程近くで見つめられ、思わず目を伏せる海斗に穂積はその耳元へと呟く。
「海斗!このまま、俺と別れて良いの?・・・・・どうせなら言いたい事全部言っとけよ。」
捕まれた腕が熱くそしてじんじんと痛み、耳元に吹きかけられる息に海斗はびくびくと体を奮わせた。


*****


長い沈黙が続き息詰まる部屋のあまりの居心地の悪さに俯いたまま、それでも無言の海斗に穂積は微かな溜息を吐いた。
「言わないの?・・・・・何か、言おうよ。あるだろ、言いたい事。」
「・・・・・別れて、もう穂積といたくない・・・・・」
「だから、それは聞かないって言っただろ?・・・・・ねぇ、俺と別れて本当に良いの? 海斗の体をこんなにも愛してあげられるのは、俺だけだろ?」
ふるふると力無く首を振り、それでも告げる言葉の変わらない海斗に穂積は手を伸ばしてくる。薄いシャツごしにではなく直にひんやりと冷たい手が胸の突起をするり、と撫でる。びくびく、と体を震わせ海斗は逃れようと身を捩じるけれどすぐに穂積の手が腰へと回され逆に引き寄せられる。
「肝心な事は何ひとつ言わないまま、浮気したから、それだけで海斗は俺と別れるんだ。」
「・・・・・穂積には簡単かもしれない、けど、俺には・・・・・」
頭を振り穂積の言葉を否定する海斗はすぐに口を噤む。俯く顔を上げようともしない海斗に穂積はそっと溜息を吐くと強引にその顔を上げるとじっと顔を覗きこむ。
「だから、そこで切るなよ! 言いたい事があるなら最後まで言えよ。 海斗はいつもそうじゃん、言ってくれないと俺だって分かんないんだよ!」
「・・・・・っ、もう、俺は・・・・・」
「だから! 切るなって言ってる! 浮気する俺を攻める事もしないで別れる選択しか海斗には無いのかよ! 浮気したらそれで全部終わり?」
「そうだよ! いらないから、何も言う事なんてない。分かってくれたなら今すぐここから去ってくれ!」
「・・・・・海斗・・・・・」
呆然と力なく呟く穂積から海斗は緩んだ手の隙を狙いするり、と抜け出すと立ち上がる。
「帰ってくれ! 二度と姿を見たくないし、声も聞きたくない!」
玄関を指差し尚も告げる海斗を見上げた穂積は微かに笑みを浮かべると、そのままゆっくり、と立ち上がる。
「どこで間違ったんだろう? ただ愛されてる実感が欲しかっただけなのに、会いたいとも言われない形だけの恋人から抜け出したかっただけなのに、ごめん、それと・・・・・さよなら、海斗。」
呟く穂積に海斗は微かに眉を顰めるけれどすぐに顔を背ける。そんな海斗に手を伸ばしかけ穂積は頭を振ると歩き出す。

重い扉の閉まる音で海斗は俯いた顔を上げるとずるずると座りこむ。
もう会いたくない、そう思っていたはずなのに、去ってしまった温もりが途端に恋しくなる。
だけど海斗は無理なのだ。
自分に触れた手が他人に触れ、愛を囁く声が他人にも告げている、そんな事実が分かってしまった相手とまた元通りなんて切り替えはきかない。
だから、選択は一つしか無かった。
胸が締め付けられる痛みもいつか晴れるだろう、だから。
ごんごん、と無意識に壁に頭を押し付けながら、海斗は深く息を吸い込んだ。

- end -

2009-09-12


続きそうな話です; 何か、やばい方向に転がりそうなのを必死に修正かけたらこんなんなりました。
なので浮気男の視点も書きます、書かせて下さい!
続きはハピエンで、また今度;

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