重なる唇

甘い空気が室内を覆う。性急に体を繋げたから、唇を触れ合わすだけのキスはこれが初めてだと気づき目を見合わせた瞬間二人笑いだす。ベッドの中、まだ繋がったままの体に振動が伝わり、笑い声はすぐに新しいキスによって塞がれる。
めくるめく官能への旅路が再び始まったけれど、それは互いの意思に沿っての事だった。
付き合って一ヶ月、キスだけなら何度もしたけれど初めて体を繋げたその日はキスよりも早く一つになる事だけを急ぎすぎて、その日初めてのキスをしたのは、体を繋げた後だった。
「・・・・・大丈夫、成橋?」
ただでさえ白い顔をぐったり、と枕に押し付けた穣の顔は常より幾分青褪めている。それでも微かに口元に笑みを浮かべると心配そうに覗き込んでくる翼に小さな声で「平気」と呟く。少し擦れたその声が先ほどまでの喘ぎ声を思い出し、こっそりと赤くなる翼に穣は気づかない。
「俺、シャワー浴びるけど、どうする? 手伝おうか?」
「・・・・・俺はもう少し、休んでからで良いよ。 無理なら、手伝って・・・・・」
「うん、分かった。」
頷くと翼はぐったりした穣の背中を軽く擦るとその上に薄手の布団を掛けそのままバスルームへと向かう。
逞しい背中をぼんやり見送った穣は恋人が着痩せするのを初めて知った。もう少し痩せてひょろっと背が高いと思われていた翼は「脱げば凄い」を地で行く様に適度な肉付きの良い体の持ち主で包まれる感触がそれはもう素晴らしくて、思い出し、顔を赤く染めた穣は枕へと顔を押し付ける。ばたばたと嬉しさで暴れそうになって体に残る妙なだるさとありえない場所の痛みに形の良い眉を歪める。幸せに包まれた空間で幸せな思いを胸にいっぱい溢れさせ、今にも零れ落ちそうな幸せに身を委ねて、このまま眠りたいけれど、べたべたした体はやはりすっきりさせたくて、穣は眠さで朦朧とする意識を必死に保とうとする。
シャワーの音が止み、飛ぶように現れた翼が勝てない眠気に負けた穣の幸せそうな寝顔に笑みを浮かべ、彼の体を起こさないようにそっと体を綺麗にしてくれたのに気づいたのは、窓から日が差し込む朝だった。
何もつけていない体は行為の後のべたべた感はなくなっていて、抱え込むように自分の隣りで眠る翼に穣は顔を赤くしながらも、そっと寄り添いまた瞼を閉じる。規則正しい重なる音がすぐに穣を眠りの世界へと誘った。

体を繋げる事を覚えてからは、二人で会えば必ずその行為は伴った。でも、それは幸せに上せきっている二人には別に嫌悪する事ではなくむしろ歓迎するべき事だった。互いの肌の温もりを十分に満喫できるその行為に朝も昼も夜もなく二人は浸った。
盛りのついた犬や猫みたいだと、顔を見合わせ笑うけれどそれでも幸せな時間。まだ10代を少し過ぎた所でも、欲望に忠実なのだ、が言い訳の様に二人は肌を深く重ねた。激しい行為ももちろん好きだけれど、穣は包まれて眠る時が一番気持ち良い。柔らかなキスを送られ、送り返し、まどろみながら眠る。心地良い規則正しい翼の鼓動に包まれるそんな日々。傍から見れば単なるバカップルに見えるだろうけど、本人達は真剣により永くこの幸せが続く事を互いに心の底から願っていた。


*****


「少し、熱い?」
おでこにそっと自分の額を押し付け、呟く翼の声に穣は大丈夫、だと何度も繰り返す。そんな穣に翼は首を振ると優しく頭を撫でる。
「だめだよ、風邪はひきはじめが肝心なんだから。 成橋の好きそうなもの何か買ってくるから、動くなよ!」
「平気だよ。 久々に出かけるはずだったのに・・・・・」
唇を尖らせる穣に翼は額にキスをするとすぐに来た時と同様の身支度を済ませる。
「出かけるのはいつでも出来るだろ? 俺は成橋の体の方が心配だよ。 行ってくるから良い子で寝ててね。」
まるで小さな子供を諭す様に言い聞かせた翼は身軽に部屋を出て行く。ばたん、と締まる音を聞いて穣はベッドの上、大きな溜息を零した。風邪をひいたかも、と思ったのは昨日の夜だった。一応部屋にあった風邪薬を飲んで寝たけれど、今日、起きたら喉が痛くて体がだるかった。この部屋には体温計が無いから熱を測る術はない。それでも、無理をしてでも穣は起き上がりたかったのに、だるい体はいう事を聞いてはくれなかった。
久々の遠出だったのに、と唇を尖らせた穣は自分の自己管理の甘さに嫌悪する。ずっと互いの部屋を行き来のデートしかしてない恋人との久々の遠出の予定が崩れた事が一番面白くない。こっちではとっくに終わった桜は向こうでは今が見ごろなのだと勧める翼の嬉々とした声と熱く語る上気した顔に負けず穣も当然浮かれてた。桜の降る夜空を眺めながら、二人きり、遠い町でゆっくり過ごせるはずだったのに、体の不調よりもそれが残念でならない。二人きりの旅行なんて付き合って初めてだから、穣はかなりはりきっていた。旅行鞄も新調したし、持って行く服だって何着か新しく購入したのに、何より、二人きり、がポイントだったのだ。普段もどろどろに溶かされてはいるけれど、見知らぬ街では気持ちが更に向上するだろう激しい夜を想像するだけで嬉しかったのに、痛む喉を押さえながら穣はべッドの上歯痒い自分に大きな溜息を漏らした。

風邪をひいて潰れた連休に悔やんだのは最初の一日だけで、甲斐甲斐しく世話をしてくれる翼に穣の機嫌はすぐに良くなった。気が早いけれど、次は夏の休みの旅行の話を二人楽しく計画して、二人きり、甘い空気の流れる部屋の中、せっせといつも以上に世話をしてくれる翼に甘えまくりの連休はあっという間に幕を閉じた。
おかげで連休が終わる少し前には風邪はすっかり良くなり、近場のデートは楽しめた。
連休最終日は部屋から出ることなく、ずっとベッドの中、何度も体を繋いでキスを何度もした甘い、甘い記憶。

「起きて! 日曜なのに、無駄に寝すぎだって!」
「・・・・・昨日、バイトで遅かったんだよ・・・・・」
「いいから、ほら、起きろって、成橋!」
眠そうに布団に潜りこもうとする穣の上から布団を剥ぎ取ると翼は嬉しそうに穣を抱き起こす。
「・・・・・何?」
「いいから、いいから。 ほら、起きて!」
眠そうな声で問いかける穣に、翼は答える事なく洗面所へと穣を追い立てる。翼が急かすから、穣は眠いながらも顔を洗い、歯も磨く。それでもやっぱり眠くて、動きが常より鈍い穣の着替えを翼は浮き浮きと手伝うと急かす様に手を引き外へと飛び出す。
「・・・・・歩くの早いって!」
「いいから、ほら、こっち!」
手を引かれるまま歩き出した先に見えるのは一面、黄色の塊で目を見開く穣の横で翼は「びっくりした?」と顔を覗き込んでくる。
「これ、って・・・・・たんぽぽ?」
「うん。・・・・・これだけたくさん咲いてるのはちょっと見たら壮観じゃない?」
「・・・・・凄い・・・・・」
「桜の変わりにはならない、けど・・・・・一応、花だし、ね。」
まさか穣の部屋からそう離れていない場所でこんなに当たり一面タンポポなんて場所があるとは思わなくてただただ感嘆の溜息と同時に呟く穣の横で翼はぽつり、と呟いた。
「・・・・・翼?」
「今度は絶対桜も見に行こう。 俺の地元に成橋を呼ぶの楽しみにしてたんだよ。」
「うん、俺も楽しみにしてた。」
俯き、告げる翼に穣は頷くと笑みを浮かべる。黄色と薄紅色では色じたいも違うけれど、二人で見れるというのに色も花の種類も穣には関係なかった。だから上手く言葉に出来ない変わりに穣はそっと翼へと手を伸ばす。
「このたんぽぽも十分春って感じがするし、凄いよ。良く見つけたよな。 ありがとう。」
肩を叩き告げる穣に翼は顔を向けるとすぐに笑みを浮かべる。道の端っこにちょっとだけ咲いているタンポポの数倍も豪華でここまでたくさん咲いていると結構圧巻だ。ここに暮らしてもう三年目になろうとしているのに、穣は今の今までこんな場所知らなかった。
「・・・・・なんでも良いから、成橋と二人で何か見たくてさ、ここに気づいた時から成橋連れてこようって思ってた。」
「ありがとう。」
呟く穣に翼は笑顔を向けるとそのまま顔を近づけてくる。どこまでも続く黄色い世界で二人はそっと唇を重ねた。


「絡む指」より前、過去編というか、ラブラブな時、です。翼は結構尽くす人、大型犬イメージで・・・・・見えてるかな?
ラブラブに見えているのかも疑問ですが、まぁこの雰囲気を醸し出せる様に現在編も頑張ろうっと。 20090529

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