我が儘で自分勝手。狂楽に勤しむだけが能の最低な男。SEXにしか興味のないその男の名を麻木睦(あさきむつみ)という。もう三年も付き合っている朝長晴喜(ともながはるき)の恋人だ。デートもろくにしない、すっぽかすのは当たり前、男だろうと女だろうと気にいれば誰とでも寝る男。そんな男の恋人になって三年。どうして三年も付き合っているのか晴喜にも分からない。ただ、意志薄弱な晴喜は付き合えと言えば頷くけれど断る事はできない男だった。男のくせに軟弱だと良く評された。気弱な晴喜と唯我独尊を地でいく睦の性格や趣味何一つ重なるところは無いのに、周りが不思議がるほど、彼らの付き合いは波風一つ立たない穏やかな付き合いだった。恋人ができた三年前、晴喜がいるのだから、手当たり次第来るもの拒まずの性格は直るのかと言われた睦は恋人ができても変わらなかった。相変わらず女や男に誘われれば誰とでも寝る、そんな睦に晴喜は一言だって何かを言おうとはしなかった。例え、呼び出され部屋に行った先で睦が誰かと寝ていたとしても、晴喜は顔色一つ変えなかった。デートの約束をすっぽかされても、目の前で見知らぬ誰かといちゃつかれてもだ。そうして気づけば三年、晴喜はまだ睦の恋人の座にいた。干渉しない、束縛も不満も言わない晴喜は睦にとって都合の良い相手でもあった。
「別れて下さい! 僕が麻木さんの一番になりたいんです!!」
白昼堂々と呼び止められ、いきなり言われた言葉に晴喜は目の前の男をまじまじと見つめた。言われた言葉が頭の中をぐるぐると回るけれど理解が出来なくてつい眉を顰める晴喜に男は再び口を開いた。
「恋人なんですよね? 麻木さんの恋人の座を僕に下さい! 特に興味も無いなら誰かにあげても良いでしょ?」
唇を微かに緩め笑みの形を作り告げる男の言葉に晴喜は瞬きを一度してから口を開く。
「睦が良いというなら俺は良いよ。 君の欲しい恋人の座をすぐにでも明け渡すよ」
淡々と紡ぐ晴喜が表情一つ変えないまま告げるその言葉に男は笑みを浮かべると言いたい事はそれだけだったのか、すぐに背を向け走り出す。 遠ざかる後姿をぼんやり眺めていた晴喜はそうして何事も無かった様に再び歩き出した。 感情が無い、と良く言われる。恋人である睦だけではなく、その他、晴喜を知る全ての人に。 睦の浮気相手に冷たい目で見られ、冷たく言われた事もあった。 自分では良く分からないけれど、晴喜は誰かに何かを期待する事はしない。ただそれだけだ。 ただ目の前にある日常を淡々と過ごす、それが晴喜の生き方で、それを変えようなんて思わなかった。 それに、三年も恋人と呼ばれる睦の隣りを位置する場所にいると言われているけれど、晴喜は睦にとって暇なときに傍にいる都合の良い相手、ただ、それだけの存在としか思ってないだろう事も知っている。 丁度体が空いた時にだけ相手する存在、それが晴喜だ。 だから、睦が何をしようと晴喜は何も言わない、言う理由も無いから。 晴喜にとって睦は周りが思っているよりもずっと遠い人だった。
「ねぇ、俺と別れたいの?」
呼び出されて訪れた部屋に入った瞬間飛び込んできた問いかけに晴喜は顔を上げる。 ソファーの上から見上げてくる睦と目が合い、晴喜は微かに首を傾げる。 「別れたい?」
「そうだよ、晴喜の許可は貰ったから恋人にして下さい、って来たヤツがいたから・・・許可したの?」
オウム返しの様に呟く晴喜に睦は少し口調を荒くして言葉を続ける。 そんな睦に晴喜は最近面と向かって言われた事を思い出す。
「ああ、あれ? 許可というか、睦が良いなら良いと言っただけだよ」
「俺が良いって言ったら、晴喜は俺と別れるの?」
頷き呟く晴喜に睦は同じ言葉を再度繰り返す。
「そう、だね。 新しい恋人が出来たなら俺はいらないだろ? 用がそれだけなら帰って良い?」
頷き答える晴喜は微かに笑みを浮かべると頼まれた買い物袋を目の前にあるサイドボードの上に置くとくるり、と玄関へと向かう。
「ちょっと待てよ! 聞きたかったんだけど、俺たち付き合ってるんじゃないのか?」
「新しい恋人が出来たなら、俺たちは別れたんだよ。 俺はもうここに来ないから、新しい人とどうぞ仲良くして下さい、さよなら」
問いかける声に晴喜は変わらない笑みを浮かべたまま淡々と答えると軽く頭を下げ部屋を出て行く。 三年の縁が切れた、ばたん、と締まるドアの音を聞いて晴喜はそう思った。 長いのか短いのか判断はつかない。けれど、これで睦が自分を呼び出す事は二度と無いのだろうと思うと少しだけ胸の奥がすーすーと音を立てている気がした。緩く頭を振り、晴喜は来た道を戻る。
*****
来るもの拒まず去る者追わず、それが信条だと付き合い始めた頃ベッドで話していたのは睦だった。 ばたり、と締まったドアと共に縁が切れたはずなのに、晴喜は見慣れた自分の部屋の前に座り込んでいる人を見て微かに首を傾げる。
「俺、何か忘れてる?」
呟く晴喜の声に座り込んでいた睦は顔を上げるとすくっ、と立ち上がり近づいてくる。
見慣れたその姿なのに背筋がぞくり、とするのを晴喜は感じる。
自分の勘が優れているなんて今まで思った事もない晴喜はその悪寒に疑問を持ったその瞬間、すぐ側まで近づいていたのか睦に凄い勢いで壁へと押し付けられる。 「痛いよ、何して…」
壁へと押し付けられた途端に打ち付けた背が、ぎりぎり、と肩を掴む手が痛くて小さく抗議の声を上げる晴喜へと睦は顔を近づけてくる。
「何で部屋から出て行ったの? 最後まで話は聞くべきじゃない?」
問いかける声がいつもの睦の声より低くて、晴喜はぶるり、と身を震わせる。
「用が無いから帰っただけだよ、あれ以上何を話すの?」
息が掛かるほど近づく睦から顔を逸らし、晴喜は必死に言葉を紡ぐ。見慣れない雰囲気を醸し出す睦に息苦しさを覚え身を捩る晴喜の肩を掴む手が更に強くなる。 「話なんかしてないだろ! 一方的に解釈して勝手に帰ったのはお前だろ?」
「・・・・・何を話たいの?」
肩に食い込むほど強く掴む手が痛くて、晴喜は微かに眉を顰め呟く。
「何をって、俺とお前の今後の事だよ、晴喜は俺とどうなりたいの?」
睦の問いかけに晴喜はただ眉を顰める。別れたはずなのに、晴喜の中では、ドアが閉まったあの日に全て終わっているはずなのに、今更蒸し返されるのはあまり良い気分はしなかった。
「その事なら、俺と睦は別れた、で話は終わっているはずだよ」
「だから! いつ、俺が別れるなんて言ったよ?」
淡々と答える晴喜の肩をますます強く掴み問いかけを繰り返す睦の声は少しだけ苛立ちが混じっている。掴まれた肩に指が食い込んで痛いな、とか思いながら晴喜は面倒そうに溜息を吐く。
「晴喜!」
その態度に怒鳴り名を呼ぶ睦から避けていた目線を晴喜は少しだけ上げる。
「なら、改めて俺と別れて。 睦なら次の候補が山の様にいるだろ?」
肩を竦め、食い込む指を何とか和らげようと試みながら告げる晴喜の声に睦の手がびくり、と震える。
「俺と別れる?」
「・・・・・そう、だから、離してくれないかな?」
暗く低い声に晴喜は少しだけ戸惑うけれど、こくり、と自由になる頭を縦に振ると口を開く。 来るもの拒まず去る者追わず、が信条だとあんなに豪語していたのに、睦がここにいる事が自分の告げた終わりを理解していなかっただけと、判断して晴喜は未だに肩から手を離そうとしない睦の顔へと目を向ける。
「俺と、別れる?」
もう一度同じ事を呟いた睦は怖々とその顔を覗き込む晴喜の目の前で唇の両端を持ち上げる。それは笑みの形を作ってはいるのに、背筋に悪寒が走るほど寒々しく冷たい笑みで本能的に晴喜は肩に食い込む手を振り切ってでも逃げようともがく。
「俺から離れるなんて、俺は許可してないよ」
低い声で呟いた睦の声に晴喜は抵抗を一瞬止める。以外な言葉を吐き出された気がして動きを止めたその隙を睦は逃す事なくいつの間に手にしていたのか晴喜の部屋の鍵を開けると、引きづる様に部屋の中へと晴喜を押しこめる。 玄関へと乱暴に押し倒され、睦は上へと圧し掛かる。
「・・・・・っ! 何を?」
背を打ち付けた痛みと、圧し掛かる重みに呻く晴喜に答えないまま睦は服へと手を伸ばす。
「やっ、何する、止めろよ!!」
些細な抵抗はすぐ払いのけられ、シャツを引き裂く様に乱暴にはぎ取った睦はベルトへとすぐに手をかけてくる。ただでさえ、上に圧し掛かられる重みに、息さえまともに出来ない晴喜の抵抗は弱すぎて意味を持たない。玄関先で全裸にほぼ近い格好にされた晴喜は否定の言葉を吐きながら睦の頭を必死に押しのけようとする。
「別れるなんて俺は認めない! 俺から離れるなんて許さない!!」
もう一度低く押し殺すように叫んだ睦は慣らしもしていない場所へと自身を押し付けてくる。自ら潤む事のないその場所は堅く閉ざされたままだと分かっているはずなのに、冷静さを失った睦は腰を強引に進める。
「・・・・・止めろよ、止め・・・・・っぐ!!」
腰を動かされるその度に下半身から腰にかけて強烈な痛みが走る。内臓に灼熱の棒を入れられぐちゃぐちゃに掻きまわされる異物感、生臭い匂いが睦が動く度に下半身から広がり気持ち悪さに喉の奥立ち上る嘔吐感、押し広げられた下半身がどうなっているのか想像するのも嫌で晴喜は早く終わるのだけを待ち望み、せめてもの抵抗として零れそうになる悲鳴を押し殺す為に唇を噛みしめる事しか出来なかった。 奥へと吐き出される睦の欲望の証、それでも一向に勢いの衰えないその証を深々と奥に押し込んだまま、睦は晴喜へと顔を向ける。 痛みに眉を顰め、目元を潤ませ、噛みしめた唇には血が滲むそんな晴喜に睦は顔を近づけると血で滲む唇へと舌を伸ばす。 べろり、と舐められ、びくり、と肩を震わす晴喜は見下ろす睦の顔を脅えとか怒りとかがごちゃまぜになった潤む瞳で見上げる。
「ねぇ、晴喜 俺と別れるなんて俺は認めないよ」
ぽつり、と呟いて睦は微かに笑みを浮かべると固く閉ざされた唇へと自分のそれを押し付ける。
*****
我儘で自分勝手、狂楽に勤しむ愚かな男。その日の相手が毎日違うのは当たり前、男も女も来るもの拒まず誘われたら否とは言わないそんな男の名を麻木睦という。非常に不本意だけど、そんな男と付き合うのが朝長晴喜、誰もが認める睦の恋人。一夜限りではなく、その座に着きたいと思う相手が多いのに、それでも三年、晴喜以外の男を睦は恋人とは認めない。 玄関先で犯された後、ベッドに引きづりこまれ散々繰り返された行為の中、「別れない」と言わせられた晴喜は今も睦の恋人だ。あの日から睦の態度が変わったのに晴喜は他人の話でそういえば、と気づいた。 来るもの拒まず去る者追わず、そう言っていた睦は最近はどんな誘いも断っているらしい。夜は必ず晴喜の隣りで寝るのがここの所の睦の日課だ。
「あの、最近遊んでないね?」
呟く晴喜に睦は顔を上げるとその形の良い眉を盛大に顰めると微かに溜息を吐く。
「あのさ、今俺が何してるのか分かって聞いてる?」
「え? あっ、ちょっ・・・・・待って!」
ベッドの上、半身を起していた晴喜の両足を持ち上げころり、と寝かせた睦はそのまま覆い被さってくる。
「遊ばないよ、余裕がないほど埋め尽くさないと離れていくし・・・」
顔を近づけ耳元に息を吹きかけ囁く睦に晴喜はぶるり、と体を震わせる。言葉の意味が分からず問いかける視線を無言で向ける晴喜に肩を竦めた睦は何も言わないまま唇を近づけてくる。ちゅっ、と触れるだけのキスを何度か繰り返し続けたあと、睦が舌で唇を舐めてくるから、晴喜は唇を開く。すぐに入り込んできた舌が口の中をぐるり、と巡り縮こまる晴喜の舌へと絡んでくる。 くちゅくちゅ、と絡み合う舌から漏れ出す水音、頭を抱え込んでくる睦に晴喜はそっと腕を伸ばす。 零れ落ちる唾液を舐めとりつつも、キスを繰り返す睦に晴喜は背へと伸ばした手をぎゅっ、と握りしめる。 「好き」も「愛してる」も無いけれど、睦の態度は変わった。二人で出かける事は稀だけど、一緒に居る時間は増えた。 夜、眠るとき、朝起きればすぐに睦が傍にいる日常がその内きっと当たり前の風景に変われば晴喜の意識はほんの少しは変化するのかもしれない。 それまでは、変わらない日常を送ればいい。
「晴喜、俺の晴喜!」
耳元に囁く低い声に微かに体を震わせた晴喜は甘く蕩ける快感という名の欲望の海へと自ら望んで落ちていく。一人では到達できない、二人でしか見えない場所へと向かう為に。
- end -
20111026
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