気が遠のく様な束縛

毎日、毎日僕の行動は見張られている。
どうして、こんな事になったのか、その理由は至って簡単、至極些細な出来事だった。
あの日、あいつと出会わなければ、僕は・・・・・・。


学食、ざわざわと人の話し声が飛び交う中、一人もくもくと昼食を食べていた僕は、ふと影が落ちたのに気づき何とはなしに顔を上げた。
携帯片手にぼそぼそと話している男がすぐ目の前に立っていて、いつのまにか、学食内はかなり混雑していたのに今更気づいた僕は、ゆっくり食べていた食事のペースを早めだした。
席に座りたくてうろついている一人が微妙な空間に気づいてやって来たのだと僕はそう思ったから。
「だから、何?聞こえないから、後でかけるって言っているだろ?・・・・・だから〜」
うんざりした口調が聞かずとも聞こえてきて、必死にご飯を口の中に頬張った僕は、急に急いで詰め込んだからこそ、派手にその場でごほごほと咽混んだ。
当然口の中の物は周囲にぶちまけられ、視線が冷たく当たる中、慌てて片付けを始める。
「何、あいつ、きたなーい!」
「嫌だ、私、あの席には行きたくないよ〜」
ぶつぶつと呟かれる声と突き刺さる視線に居心地悪くなりながらも必死に片付ける僕のすぐ傍で携帯片手に話していた男と少しだけ上げた視線がばっちりぶつかる。

「・・・・・すぐに、片付けますから・・・・・」
小さな体をもっと小さくして、縮こまるその姿に俺は頭の中でハムスターを描く。
派手に撒き散らされたご飯の残骸ははっきりいって一番近くにいたのに、微々たる被害も無かった俺は会話をしていたのも忘れ携帯の電源をぶつり、と切ると、周囲にやたら謝りながら、焦った様に後片付けをしている彼を自然に手伝い始めた。慈善事業もボランティアも死ぬほど嫌いで、誰かに尽くすなんてもっての他だった俺様性格だと良く言われる見た目を裏切らない性格の俺がついつい手伝いたくなるほど、目の前の彼は実は俺のストライクゾーンだった。
そろそろ潮時だと思う電話の相手との苛つく会話よりもよっぽどこっちの方が俺的には有意義な時間を持てそうなそんな気がしていた。
「俺は月島穂高(つきしまほだか)。・・・・・君は?」
「・・・・・伊井奏(いいかなで)です。あの、本当に助かりました、ありがとうございました。」
深々と頭を下げるその姿に妙な嗜虐心がこみ上げてくる気がしながらも、この機会を逃したくない俺は礼を尽くし、立ち去ろうとする彼の腕を咄嗟に掴んだ。
「・・・・・あの?」
戸惑いを顔に浮かべる彼にとっておきの微笑みを浮かべた俺はそのまま口を開く。
「これも何かの縁だから、良かったら、別の場所でお茶しない?」
いまどきのナンパじゃはっきりいって誰も使わないだろう、死語を告げた俺に彼は躊躇いながらもこくり、と頷く。
その様子が妙に可愛いと思えるのは絶対俺だけじゃないだろ、と内心思いながらも理由のつけられない衝動のまま彼の腕を引くと、学食から別の場所へと俺は歩き出した。

どうしてこんな事になっているのか、理由も分からないまま連れて来られたカフェコーナーの一角。
今日初めて会う人と、初めて話した人と二人きりで飲み物を飲んでいるなんて、もちろん普段の僕にはありえない光景だ。
ただ目が合ったそれだけで、はた迷惑な僕の仕出かした後始末を手伝ってもらった彼はさっきから、このカフェにいる女の子の視線を集めているほど、男の僕から見ても格好いいと思う人だった。
きっと付き合う相手に不自由する事もなく恵まれた人なのだと内心思う。
そんな彼は周りの視線を全く気にせずに目の前にいる僕の顔を見てはにこにこと笑みを浮かべている。まるで品定めをされている様で少しだけ居心地が悪くて身動ぎを微かに繰り返す僕と目が合うとやっぱり彼は微笑んでくる。
「そういえば、奏は何年なの?俺は二年なんだけどさ、2−Aだよ。」
「・・・・・僕も同じです。クラスは2−Eですけど。」
「一階か・・・・なら、会わないはずだよな。」
呟きまた笑みを浮かべる彼に釣られた様に笑みを返した僕はとても同じ年には思え無い程落ち着き払った彼の態度に人は日々の生活環境一つで大きく変わるんだな、とどうでもいい事を考えながら目の前のカップへと手を伸ばした。

同じ年にはまるで見えない幼い姿、けれど同学年の彼と今まで一度も会わなかった事にクラスが離れていたせいだと結論付けた俺は目の前で小首を傾げるその顔に笑顔を返しながらこくこくと目の前でカップを飲む喉モトや小さな手をつい見入る。
本当に可愛い、仕草もだけれど、俺の腕にすっぽり入りそうな小柄な体、力を籠めれば折れそうな掴んだ腕の細さも思い出す。
可愛いものには自慢じゃないが目のない俺はすっかり目の前の人物にもっと近づきたい欲望が心の奥底から湧き出てくるのを止める事は出来そうも無くて、少しだけ考える。
目の前の彼を自分のモノに完全に出きる方法を、思い立ったソレは我ながらいい案で内心、決して彼には向けられない笑みを浮かべた俺は言葉巧みに彼と下校する話まで持っていった。
「そしたら、帰りに迎えに行くから、教室で待っといてね。」
今の所彼専用に浮かべた笑みを向け頷くのを確認した俺は、戸惑う彼に少し未練を抱きながらも鐘の音を聞きながら自分の教室へと戻っていった。


*****


どうして、どうして?
ぐるぐると同じ疑問ばかりが頭の中を駆け巡る。
いつもとは少しだけ違う帰り道、隣りを歩く人が今まで自分にいたのか問いかけてもいないだろ、という当たり前の答えしか返らない。
頭一つ分高い身長、手足も長い、顔も良い。カフェの比じゃないくらいの視線が隣りを歩く彼に集中しているのに、彼はやっぱり僕を見て他の視線を完全に無視している。
強引とも思える誘いに戸惑う僕を巧く誘導した彼はやがて聳え立つ、見るからに庶民の住む場所とは到底思えない高級感溢れるマンションへの中へと躊躇うことなく足を進める。
ただ付いていくだけの僕はこんな高級感溢れるマンションに入るのだけでもびくびくしているのに、環境が違うと思った僕の印象は間違いでは無いのだと内心確信した。
通された部屋はまるでテレビに映る豪邸の様な高級家具っぽいものが並ぶ広々とした部屋できょろきょろとつい辺りを立ち尽し眺めていた僕に彼はただ笑みを浮かべると「部屋はこっちだから」ともっと奥へと進んで行く。

「適当に座ってて。今、飲み物を持ってくるから。」
自室へと連れ込むと、まだぼんやりとしている幼い顔に苦笑を浮かべた俺は部屋を出て行く。
ここは俺のテリトリーで彼のじゃない。
だからきっと巧くいくはずだと、当初の目的を思い浮かべると緩む口元をもう一度引きとめながら飲み物を用意した俺は目に付いたあるものをそっと彼のコップの中へとぽとり、と落とした。
マドラーでぐるぐると掻き回し、何の代わり映えもしない同じ飲み物に見える事を確認した俺は盆を探すとそっと二つのコップを並べ部屋へと向かう。
未だかつて、一度も失敗した事のない、目的を果たせなかったことなど一度もない自分を俺は知っている。今度も必ず俺は欲しいモノを手に入れるだろう、失敗は何故か一度も思いつかなかった。

話している最中にそれは来た。
ぐらぐらと歪む視界、頭の中に靄がかかった様で巧く彼の声が聞こえない。
手も足も体全体に広がる重苦しい倦怠感が僕を襲う。
彼が何かを言っているのに、ただの音としてしか分からないまま強烈な眠気に襲われ僕の意識はどんどん引きづられるように眠りの世界へと堕ちていった。

くたり、とした姿を見て俺は思わず笑みを浮かべた。奏のジュースに混ぜたのは、即効性の睡眠薬ではもちろんなかったけれど、丁度目の前にあった父親の秘蔵のウィスキーを数滴垂らしただけだったのに、ここまで酒に弱いとは、流石に予想外だった。
かなりアルコール度数の高い酒だから、多少酔うくらいだろう、そう思っていたのに、意識の無い目の前の奏に多少の罪悪感が浮かぶけれど、結果が全て。
万事計画通りだと、意識のない体へと手を伸ばした俺は、その体を抱き起こすとそっとベッドへと降ろすと、目的を果たす為にがちがちに着込んだ制服へと手をかけた。

ぼんやりとやけに重い瞼を押し上げた先に映ったのは見覚えのない天井、何故か痛む頭を抑えながら、気だるい体を起こした僕はそのまま呆然と自分を見つめた。
一糸纏わぬその姿に何が起こったのか分からないまま、ずきずきと更に痛みを増す頭を抑え僕はその場へと半身を起こしたまま呆然とした。
がちゃり、と扉が開き身震いした僕は咄嗟に自分の身を隠そうと手近な毛布を手繰り寄せると思わずそれに包まった。
現れたのは、月島穂高、そしてここが彼の家だと、改めて思い出した僕は穂高を戸惑う様に毛布のスキマから覗いた。
「起きたんだ、おはよう。・・・・・体の調子は?・・・・・ごめんね、少しだけジュースに垂らした香りつけのせいでこんな事になるなんて思わなかったんだ。」
穏やかな声で本当にすまなそうに告げるその声に僕は何も言えないままただ彼を見つめる。
「頭は平気?・・・・・あんなに奏が酒に弱いなんて思わなかったよ。」
にっこり、と笑みを浮かべ告げた彼に僕は呆然と毛布に包まったままその場に座りこんでいた。


*****


あの時笑顔を浮かべる穂高に僕は何を言えただろう。何も言えなかったんだ。だって、その笑顔は確かに笑顔だったんだけど、なぜか僕の背はゾクゾクとして悪寒は消えなかった。
それがきっと全ての始まりだったんだと今なら思う、なのに、今の僕には何 も出来ない。
真実を確かめる事も、彼の真意を聞くことすら、あの時僕は放棄してしまったのだから。

あの日から穂高の視線は傍にいなくても感じる。二人でいる時はねっとりと絡み付く、そして遠くから感じる時はまるで僕を監視するかの様な鋭さを感じる。
なのに、他人にほとんど関心を持たれることのなかった僕にはその鎖の様な視線はとても気分のいいモノだった。
だって、誰もが振り向く男が自分だけを見つめている、これって凄くない?
だから、もっともっと見て欲しい。
もっともっと僕だけしか穂高の視線に入らないように僕はいつもひっそりと願っているんだ。
だけど本人にはそんな事言えない。言えば、きっと穂高の中の僕への関心が薄れてしまいそうで、それが怖いから、きっと穂高が僕から興味を失くしてしまいそうな、その時まで絶対に言わない。
今日も感じる視線に安堵の吐息を吐きながら、もうすぐ傍に来る彼を待つ。
誰の視線にも見向きもせず、ただ真っ直ぐに僕だけを見つめるその視線にきっと僕はとびきりの笑みを返すだろう。

- end -

2008


ぐるぐる感が出したくて、両視点からの話でしたがどうでしたでしょうか?
一人称を使うのは初めてでした、なのに両視点ですか?
是非貴重な感想をお待ちしております。

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