3歩後ろ

「俺と付き合ってくれないか?」
「・・・・・いいよ。」
「付き合う」の言葉の意味も分からないまま安易に頷いた僕の前、彼は拳を握り締めると「おしっ!」と小さな声で呟いた。
それはまだ春真っ盛りの新緑の季節。緑の匂いが周囲を覆っていたある晴れた日の午後の事。
初恋もまだだったそんな僕にいきなり「恋人」が出来たその日から周りの反応は思いだすだけでもうんざりな程、凄まじかった。
恋愛のれの字も知らない僕に突然降ってわいた恋人はかなりの有名人だったからだ。
僕の名は春川日和(はるかわひより)。のんびりしているとかマイペースとか良く言われるけれど一番の親友であるよっちゃんこと添田良人(そえだよしと)が言うには「天然記念物並みの大ボケを平気でかますトロイ男」だそうだ。
かなり貶されているけれど幼馴染でもある彼は僕の一番の理解者でやっぱり親友だと思う。
そんな僕にいきなり告白してきたのは、校内の有名人らしく、隠れFCなんてものもあるくらいの人気人物鈴鳴疾風(すずなりはやて)その時はクラスメートだけど会話の一言すらした事の無い他人だった。
ちなみに彼はもちろん彼なんだから男、僕ももちろん男、なのに「恋愛」関係が成立するのはここが特殊な場所だからだと思う。
全寮制の中高一貫教育の場である学校、しかも男子校では珍しくもない良くある話、だけど、僕の相手である疾風が有名すぎたおかげで校内にその話はすぐに広まっていた。

「日和、今日は平気だった?」
形の良い眉を心持ち下げて、問いかける耳に心地良いバリトンに僕は躊躇う事なく頷いた。
「平気だよ、最近は向こうも諦めたんだろうってよっちゃんが言っていたし、心配しなくても僕は平気。」
笑みを返すと、疾風はほっと息を吐くと僕に向かって笑みを返した。
「クラスが別れたから、日和に会えない時は本当に心配なんだ。」
僕をふわり、と抱きしめて呟く疾風の声に僕は「大丈夫だよ」「心配性だな〜」なんて返す。
一時期、付き合い始めた当初、僕はかなりの「いじめ」を受けていた。
教科書が失くなるとかノートに落書きをされるならまだ可愛い、体操服が失くなった時は流石に青ざめた、だって次の時間は体育だって時だったから。その内に僕の身の回りのものが失くなるだけじゃなくて、僕自身にも被害が出てから僕はやっと気づいた。疾風と付き合いだしてから妙に増えた事だって。
「今更気づくな!」とよっちゃんに怒られ、疾風には心配されクラス変えの時は本気で先生に直談判をしに行くのを必死に止めたのはまだ記憶に鮮やかだ。最近ではもうそんな事はない。僕と疾風は相変わらず一緒にいるし、何をしても無駄だと気づいてくれるなら、わざわざこっちから何かをしたいとも僕は思わない。
「何かあったら絶対にまず俺に言えよ!」
背後から僕をぎゅうぎゅうと抱きしめながら呟く疾風に僕はこくこくとただ頷く。
腕の中が思った以上に気持ち良くてうとうとしだした僕の耳に疾風は何度も呟いた。
重い瞼を必死に堪え頷いていた僕はいつのまにか眠っていたらしく、きっちりベッドへと寝かされていた次の日の朝、鳥のさえずりの声に起こされ、ぼんやりと目を開いた。


*****


「・・・・・気の迷いに決まってるじゃんか!」
「そうだよ!日和なんて変な名前のあいつとなんて、きっとすぐ飽きるよ!!」
「・・・・・でも、先輩は・・・・・。」
タイミングが掴めなくて出るに出られないままトイレの中僕は便器に腰掛けたまま俯く。
陰口なら何を言っても構わない、だけど、聞いてしまうとへこむ自分に今更だけど溜息しか零れない。
女子高生かお前らは、と大声だして蹴散らしたいと思ってもそんな勇気はさらさらない僕は会話が始まったおかげでトイレに篭った自分に失敗したと思う。
「元気出せって!・・・・・絶対に楓(かえで)の方が良いって気づいてくれるよ。」
「大丈夫。鈴鳴先輩だって、楓の可愛さとかの方に靡いてくれるはずだから、諦めるなよ、な!!」
友人二人に慰められている「かえで」君は頷いたのか、やっと出て行く足音に僕はいつのまにか張り詰めていた息を零すと、壁の方へと頭を傾けた。こつん、と当たる頭をそのまま、盛大な溜息を零した僕はやっと重い腰を持ち上げトイレから出る。
もうトイレには当然だけど誰もいなかった。

「ねぇ、僕のどこが良いのかな?」
「・・・・・何?」
「ずっと、気になってはいたんだけどさ、ほら、僕のどこが良かったのかな、と思ってさ。」
昼休み、日当たりが良いからと外での食事に誘われた僕は芝の上に寝転がり、ゆっくり、と流れる気持ちの良い風に吹かれながら疑問を口に出した。食べ終わったパンの袋を片手に同じく隣りで寛いでいた疾風は横になっていた体をいきなり起こすとまだ横になっている僕へと顔を向けてくる。
「どこが、じゃないよ。・・・・・全部、俺には日和が一番良いよ。」
ふわふわと纏まりがつかなくて朝は一番僕に手間をかけさせる猫っ毛の髪を指先でくるくると弄りだしながら笑みを向ける疾風に僕は何も答えられずにただ笑みを返すと身を起こした。背についた芝をすかさず払ってくれる優しい気づかいに「ありがとう」と答えながらも僕は内心溢れ出てくる訳の分からないもやもやがいつまで立っても消えなかった。

訳の分からないもやもやが不安である事に気づくのはそれから暫く経ってから。相変わらずの自分の鈍さについ苦笑を浮かべた僕の目の前に立つ少年達は上気させた顔で睨み付けてくるから僕は慌てて居住まいを正す。
僕等の学校の制服はブレザーで襟に徽章が付いていて、学年ごとにその徽章に埋め込まれている石の色が違う。
僕等二年は赤、一年は青、三年は緑の石が嵌めこまれている。
目の前に立つ彼らの襟の徽章は青でつまり一年生だから年下のはずなのにどうも背が高いからなのか、僕が小さいからなのかとても威圧感を感じこっそりと眉を顰める僕の前で彼らの中の一人が口を開いた。
「余裕ですね。・・・・・自身があるんですね。」
低い呟きに僕はぶるぶると慌てて首を振り目の前に立つ彼らから逸らしていた視線を戻し、まっすぐに見つめる。
疾風と同じ位はあるだろう長身の二人に囲まれたまさに繊細とか可憐とかが似合う美少年だけど確実に僕より背の高い少年は両隣の友人に全てを語らすつもりなのか、さっきから何のアクションも起こさない。
ただ検分するかのように真っ直ぐに僕を見つめているだけ。
長身の二人は並ぶとまるで正反対のタイプ。一方はどう見ても染めているだろう茶色の髪を肩まで伸ばし、制服も気崩している。もう一方は短くも長くもない髪は適度に整え、銀のフレームの眼鏡をかけ制服をきっちり整えている。
一人、一人はバラバラなのに、三人並ぶとしっくりくるそんな感じがしたまま、何も答えない僕に痺れを切らしたのか茶髪の彼が口を開いた。
「あんたさ、一応先輩なんだろうけど、鈴鳴先輩とは不釣合いだとか自分でも考えた事ない?」
いきなりの直球な言葉に思わず苦笑を零す僕に茶髪君は少し瞳を開き、何も言わない当事者の彼はそんな僕を睨み付けてくる。
「一応先輩のあなたより、楓の方が鈴鳴先輩の隣りには相応しいと思いませんか?」
茶髪君が怯んだからか眼鏡君が話してくる。
「・・・・・似合うとか相応しいとか僕には分からないけど、疾風の選んだのはその僕だよ?・・・・・文句ならどうぞ疾風に言って。僕からどうこうするつもりは無いし。」
それなりに免疫だって付いているし、年下なんだと頭の中で言い聞かせながら僕は大きく息を吸い込むと一気に告げる。
反撃に来るとは思わなかったのか眼鏡君も眉を顰めるけれど僕は足に力をこめ、また大きく息を吸い込む。
「恋愛なんて他人は関係ないじゃん!・・・・・当人同志の気持ちが大事なんだから、そんだけ自身があるなら、直接疾風に言えよ!!」
言い切ると僕は背を向け、唖然と僕を見つめる彼らの前から足早に歩き出した。
もやもやが少し軽くなった気がして、歩く足取りさえ軽い気がする。


*****


パチパチ。
いきなり聞こえた音に足を止めると、植え込まれた木の影に疾風がいた。
「何で、いるの?」
「・・・・・呼び出されたって聞いたから。でも、俺、必要なかった?」
彼らの視界に入らない木の下に座りこんだまま顔を覗かせ肩を竦める疾風に僕は笑みを向けると疾風へと近寄る。
まだ立ち尽くしたままの彼らを目の端に捕らえたまま、隣りへと座りこんだ。
「疾風?」
すぐに背を引き寄せ抱きしめてくる疾風の腕の中顔を上げると、顔中にキスが降ってくる。
「・・・・・ちょ、っと・・・・・・まずいって・・・・・」
「大丈夫。ここ、少し離れてるし、気づかれないって。」
そう言いながらもぎゅうぎゅう背後から腕を回し抱きしめ、キスを止めない疾風に僕は溜息を吐くと、胸へと頭を寄せる。
「・・・・・・添田から聞いたんだ。一年に呼び出されたって。」
頬へのキスを最後に落ち着いたのか肩に顔を乗せ呟く疾風は僕を抱きしめる腕を少しだけ緩め覗き込んでくる。
「僕は平気だったよ?」
「うん、聞いてた。飛び出すタイミングが掴めなくてどうしようって迷ってたら、日和が嬉しい事言ってくれたから。」
「え?」
「当人同志の気持ちが大事、って。・・・・・俺の事、好き?」
「僕は・・・・・好きじゃないと疾風といないよ?」
「でも、昼休み迷ってたみたいだったからさ・・・・・ちょっと、ね。」
断言する僕の言葉に肩へと顔を押し付けた疾風は抱きしめる腕を強めて耳元へと呟く。その声に僕は背後にいる疾風の顔を見ようと少しだけ身動ぐ。
「日和?」
「・・・・・疾風の事、ちゃんと好きだよ。・・・・・だから、顔見たい!」
僕の声に改めて顔を覗き込んでくる疾風の腕が緩んだから僕は向きを変えると首筋へと腕を回し顔を近づける。
「・・・・・日和?」
「告白されたのは僕だけど、ちゃんと疾風の事好きだよ。・・・・・だから、是非これからもよろしく。」
「・・・・・こちらこそ、絶対に離してやんないから!」
笑みを浮かべる僕をきつく抱きしめ疾風は呟いてくる。だから腕の中僕はもう一度胸元へと顔を寄せ瞳を閉じた。

告白されて半年、最初は有名だっていうのに、クラスメイトだっていうのに、僕は知らなかった。
話した事もなければ、いつも人に囲まれている有名人は僕には縁の無い人だって思ってたから意識の外に疾風はいた。だから存在すら気づこうともしなかった。
告白されてその存在を知った。最初は気の迷いだって思ってたしすぐに飽きるかも、そんな思いもあった。
だけど、気づいたら疾風を好きになっていた僕がいた。

付き合って半年、お互いの存在を必要だとやっと認められた最近。

そっと手を伸ばす。
やっとここまできた僕は君から三歩後ろ、少しだけ進歩した僕等の距離。
伸ばした手に触れた温もりがそのまま僕の手を包みこんだから、僕は俯いたまま笑みを浮かべる。
今はまだ遠い、だけど、これからは、きっともっとずっと近くなる僕等の距離。
そんな予感がしていた。

- end -

2008-05


CLAPより。何か読み直してもラブくてウブで恥ずかしい話です。200805UPだったかな?

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