リセット

前編

ゲームはやり直しがきくけど現実はそう甘くない。
そう思わせる事が何度も起こったので最近は自分の言葉や態度を改めたぼくだけど心に残ってる事がある。
今更後戻りは出来ないけれどあの日、あの時のぼくがもう少し考える事のできる大人だったらこの痛みは無かったのにと・・・今とは違う未来にいたんじゃないかと考える。
もう─────遅すぎるけれど・・・。

********************

手元に渡された資料をぱらぱら捲りながら恒例となっている退屈な会議をうとうとしつつぼんやりと聞いていた透はある一点を見て目を疑う。
一生会う事はないだろうと思ってたし、一応同姓同名の他人だとも疑ってはみるけれど動悸が早まるのが分かり周りに聞こえてないかが不安になり会議中だという事も忘れかけていた。
「名瀬!・・・大丈夫か?」
「・・・なにがですか?」
「お前・・・顔色悪いぞ。」
「平気ですよ。」
笑みを浮かべ答える透に同僚はそうか?と首を傾げる。
どれだけ動揺してんだよ、と内心突っ込みながら何とか会議が終わり透は部署へと戻る人の群れから外れ喫煙所へと向かう。

煙草に火を点けると手に持っていた資料を開く。
じっくりと見直し名前が見間違いで無い事を改めて確認すると透は胸の中で渦巻いている彼の後悔を思い出す。
「羽澤彰人」
ひっそり、と名前を呟き透は溜息を漏らした。

********************

高校時代の透は良いも悪いもなく、いるかいないか分からない程存在感が薄かった。
友達はそこそこいたし、平凡で単調な日常を送っていた、そう─────あの日までは。
見るつもり無く、もちろんそこに誰かいるなんて思わなかった。
高校3年生の二学期が始まった頃のある日の放課後。
いつもなら、帰宅部の透は早々に帰宅していたのだけど、その日は週番で担任に用事を言いつけられ済んだ時には外は薄暗くなっていて透は教室へと廊下を足早に歩いていた。
だから、あれは偶然だった。
誰かの気配なんて考えてもいなかったし、まさか薄暗い教室に誰かいるなんて事も考えずに透はガラリ、と戸を開け思わずその場に固まる。
そこにいたのは、あられもない姿の若い女教師とクラスでも目立つ存在の男、それが羽澤彰人で、透は最中のもしくは事後か始める所に踏み込んでしまったのだ。
当然、透は戸を閉めなおすと逃げた。
鞄も持たずに帰宅した透に母は怪訝な顔をしたけれど、胸に秘め誰にも漏らさず忘れてしまおうと思っていたのに、羽澤は透を無視しなかったのだ。

「おはよう、名瀬。昨日はごめんな。」
朝、ほとんど寝付けなかった透に彰人は下駄箱に寄りかかったまま笑みを浮かべ挨拶をしてきた。
「・・・・・。」
「鞄、持たないで平気だった?」
のろのろと靴を履き替える透は頷くだけで口は開かなかった。
透の態度を気にもせず彰人はだけど有無も言わせずに透の腕を引き教室とは別の方向へと歩き出す。
「・・・どこに?」
「ちょっとね。・・・話ができる所かな。」
「口止めされなくても、ぼくは言わないし・・・見たことも忘れるよ!」
手近な空き教室へと透を押し込み彰人は中へと入り戸を閉める。
「・・・あの・・・」
「別に口止めするつもりも無いし言っても良いよ。」
「・・・・・?」
「・・・不思議そうな顔してるから、弁解させてよ。名瀬が来てくれて俺は助かったんだって。」
意外な話に透は意味が分からなくてますます首を傾げる。
つまり、話を簡単に訳すと彰人はかなり前から件の女教師に色目を使われとうとう昨日襲われかけたと言うのだ。
不審そうに見上げる透に彰人は溜息を漏らす。
「信じてない?・・・俺は真面目に真実語ってんだけど。」
「別に良いんじゃないの。若いし、美人だし、悪い気はしないよ、ね?」
「・・・好みじゃない。」
「そう。で、なんでわざわざぼくなんかに弁解してるの?」
「知られたから・・・俺の頼みを聞いてもらいたくて。」
質問したことを後悔しても透は遅すぎた。
笑みを浮かべ彰人が告げた言葉はぼくに後々まで引きづる『後悔』を残した言葉だった。
「身代わり?・・・何の?」
「だから、俺の恋人役です!・・・あの人に俺は同性しかダメだって言っちゃったんだよね・・・名瀬が逃げた後。」
「言っちゃった・・・って、ぼく見て考えた?」
「正解!だから、ね。よろしく、名瀬、頼む!」
バカな提案だと思いつつ渋々頷く透に彰人は抱きついてくる。
「・・・ちょっと。・・・苦しい!」
「ありがとう〜名瀬!感謝します。」
嫌がる透に構わず彰人は抱きついたまま感謝を言う。
期間はあの女教師が彰人を諦める迄で、透と彰人は偽装『恋人』となった。

彰人は誰の前でも透を『恋人』扱いしだして一ヶ月経つ頃には二人はクラスが認める恋人同士になっていた。
今、思い出しても男同士のカップルをすんなり受け止めた当時のクラスは変だったのかもしれない。
透の通ってた高校は男子校だったけれど普通は認めないだろう?と思う。
行きも帰りも学校でも行動を共にしだしてから透の平凡な生活は崩れていく。
目立たない、影の薄いはずの透はもともと目立つ彰人の傍に常にいるから自然人目につく様になり最近では休日さえも彰人に連れまわされ、わりと自分の世界が欲しい透だったが彰人といる事は楽しかった。
その後も周りに彰人とは恋人同士だと認識されたまま時はゆっくりと過ぎていった。
どうして始めたのか思い出す事件が起こったのは彰人と過ごす毎日を当たり前に感じだした矢先の文化祭だった。
透の高校は男子校だけに伝統行事などもありその地域では結構有名な高校で文化祭もかなり大規模な宣伝をするイベントで11月の一週間を使い行われた。
その時期生徒達も盛り上がり朝から昼まで文化祭の準備にクラス、部活問わず盛んに行われた。
「透!買出し?」
「うん。何か買ってくる?」
「んーあれ。この間の!」
「ああ、生クリームののってるプリンの事?」
「おお!よろしく!」
「わかった。」
最近プリンにはまってる彰人は笑顔で手を振り透は手を振り返すと校内を買い出し班の皆と一緒に後にする。

買出しから戻ってきた透は彰人のいる班へちらり、と顔を向け彼が居ない事に首を傾げる。
「三橋くん、彰人は?」
「おージュース買いに行ったけど・・・戻ってねーな、あいつ。」
「・・・下じゃ、見かけなかったけど・・・探してみるね。」
「悪い、見つけたら早く戻れって言って。」
「分かった。」
教室を出ると透は自販機へと向かう。
下駄箱の傍の自販機にはいなかったので特別教室の多い反対側の校舎へと向かう。
図書室の前を通りかかり彰人の声がした気がして透は辺りを見回す。
「・・・・・!」
物音がして透はびくり、と肩を揺らしおそる、おそる物音のした場所へと目を向ける。
「・・・準備室?」
図書準備室に用がある人は滅多にいないはずなのに、と内心考える透の前扉が開く。
「・・・・彰人?」
呟く透の声に呼ばれた彼は敏感に反応すると透の腕を掴む。
「・・・めちゃ、うざいから言わせてもらいますけど、こいつが俺の好きな人!ちゃんと、付き合ってるのでいい加減、つきまとうの止めて下さい。」
中に向かって冷たく告げる彰人に透は室内へと目を向ける。
そこにいたのは、あの、女教師だった。
驚く透の体を引き寄せ彰人は彼女に見せ付けるかの様に透にキスしてきた。
いきなり、なので驚いて固まる透に彰人は舌まで差し込んでディープなキスをしてくる。
透の体を抱きしめ濃厚なキスを続ける彰人に彼女はその場へと崩れ落ちるかの様に座り込む。

「ありえない・・・誰が来るかわかんないのに・・・」
「・・・ごめんって。あれが、てっとり早いかと、ね。」
「─────ぼくのファーストキスが・・・」
「あれ、ま。・・・ごちそうさまでした。」
「・・・彰人。」
「本当、ごめん。・・・なぁ、人目のつかない所じゃキスして良いの?」
「なに、言ってんの?」
「いや、ごめん。忘れて。」
苦笑いでごまかす彰人に透はそれ以上は聞かなかった。
聞いたら戻れなくなりそうだったから。

その年の文化祭は結局執り行われなかった。
あの、女教師が学校の屋上からその日の夜飛び降りたからだ。
透はその事実を翌日、学校で知った。

「まさか、自殺するなんて・・・思わないだろう、普通。」
立ち入り禁止のテープや紙がはりつけられてるドアを見ながら呟く彰人に透は何も言えずに黙る。
「・・・俺が悪いのかな?・・・答えれば良かったわけ?」
「悪くないよ。・・・ただ、彼女が弱かっただけだと思うけど、気休め?」
「俺もそう思う。・・・生徒に振られて自殺するなんて・・・」
俯く彰人を透は思わず抱きしめる。
彰人は震えてた。
泣くのをこらえているかの様な彰人を透は抱きしめることしか出来なかった。
「・・・俺さ、告白されたのは単純に嬉しかったよ。」
透に抱きついたまま彰人はぽつり、と呟く。
「でも。・・・俺だって、好きな人がいるんだし、答えられないってすぐ思った。」
「・・・好きな人いるんなら、その人に・・・」
「頼んだじゃん。・・・フリでも良いからって。俺にはそれしか言えなかった。」
「・・・彰人?」
問いかける透に答えずに彰人は透から離れ、階段を降りだす。
「彰人!」
「ゲームはおしまい。・・・ありがとう、俺に付き合ってくれて。バイバイ。」
振り向きもせず彰人は言うと手を振り階段を降りていく。
彼の背中が追うのを拒否している様で透はその場から動けずにいた。

そして卒業を待たずに彰人は姿を消した。
友人にも家族にも行き先を告げずに彼は居なくなった。

********************

「名瀬!・・・灰、落ちるって!」
「うわぁ!・・・ありがと。」
「なに、さっきから・・・考え事?」
「ちょっと、ね。昔を思い出してさ・・・・」
笑みを浮かべる透に同僚は首を傾げる。
短くなった煙草を消すと透は新しい煙草に火を点ける。
あの日、言えなかった言葉を言える日が近く来るだろう事を確信して。

----------------------後編へ続きます。


前編はノーマルだけど重い話を意識してみましたがその雰囲気は出てるでしょうか?
次は微エロある・・・かな?    20070211

novel top next