Dear

忙しい日々に急かされる年末が近い職場の中はまさに戦場だ。
もうすぐクリスマスだって、浮かれていられたのは学生時代が最後で、社会人になったらクリスマスどころか、イベントなんてまともに過ごした事が無い。それでも続いている恋人の顔を思い出しかけ、頭を思い切り振った凪(なぎ)は目の前のPCの画面へと視線をもう一度集中させる。
「メリークリスマス! これ、クリスマスプレゼントです!!」
背後からの声にびくり、と肩を震わせ振り向いた先にはにこにこと笑顔を浮かべた女子社員が二人。小さなかごの中には彼女達が手にしている包装紙に包まれた小さな箱が入っている。
「・・・・・これ、何?」
「毎年恒例のクリスマスプレゼントなんですけど、そういえば、朝霞(あさか)さんは初めてでしたよね。」
「ですよね、今年からここですし、毎年恒例で些細なクリスマスプレゼントを渡してるんですよ、前のとこは無かったですか?」
「無かったよ、イベントなんてうちの職場にはあまり関係ないし。 とりあえずありがとう。」
「いいえ、些細なものなので。」
凪の言葉に笑みを浮かべ答えた彼女達がまだあげてない仲間の元へと歩いて行くその後姿を何となく見送り、掌にのるほどの小さな箱へと視界を映し、思わずぼんやり眺めた凪はその箱を机の上に置くと、仕事を再開させる。

『朝霞君、転勤してみないか? 君ほどの実力の者をあちらさんが望んでてね。』
上司の鼻にかかっただみ声を不意に思い出し凪は眉を思わず顰める。遠距離だと決まった瞬間だった。辞めるには大して実力が伴っていない凪はその話を飲むしかできなかった。
前触れなく出された転勤の話は淡々と凪の思いそっちのけで進み、挨拶もそこそこに新しい職場へと赴任していた。
「転勤する事になったから、来週引っ越す。」
いきなりの凪の言葉に恋人は「そう」と大して気にも止めていないいつもと同じに答えてきた。
遠距離になる前から離れていた恋人の心を取り戻す術すら思いつかないまま、凪が新しい職場に赴任してから、もう半年が経っている。連絡はたまに取る程度、高校入学と同時に知り合った恋人は元は友人。趣味も性格も違うのに、なぜか馬が合いいつの間にか、恋人にまでランクが上がっていた。当然、職種だって違う恋人とは会うのも稀だったのに、転勤してから、電話で声を聞く程度で顔すら見ていない。
クリスマスだと浮かれる周りを見ながら、凪は振られるまでカウントダウン間近だろう自分に微かに溜息を零した。


*****


すっかり殺風景になった薄暗い道を歩きながら凪は首に巻いたマフラーを鼻まで押し上げる。
急な転勤ではじっくり町を散策する間もなく、適当に会社の選んだアパートから、そこそこの立地条件の部屋を選んだはずなのに、夜道が寂しい場所だとは知らなかった。駅から歩いて5分、職場までは一駅分、困る場所じゃない。だけど、例え、自分がか弱い女性じゃないとしても、薄暗い夜道はぞくり、とする程怖い。電灯が隅々まで照らしている場所からいきなり引っ越してきたのだから、慣れるまでかなりの時間がかかりそうだとは思うけれど、ここに来て半年。冬になるとますます薄暗くなる場所に早々に引越しを考えたくなってきた。
すっかり見慣れたアパートに辿り着き、ぎしぎしと音の鳴る階段をゆっくり上った先のぼろくても、やっと休めるはずの我が家の前にぼんやりと人が立っていた。
「誰?」
人影だよな、と思いつつ声を出す凪に人は身動ぎするけれど、生憎の暗さに顔の判別すらできない。
「凪? 遅かったね・・・・・仕事、いつもこんなにかかるのか?」
黒いジャケットに黒いズボン、おまけに黒いマフラーをぐるぐると巻いた、その人はこの半年会わずにいた恋人である咲宮春陽(さきみやはるひ)の姿だった。
「何でここに?」
「失礼な男だな。何でってもうすぐクリスマスだろ? 仕事のしすぎでそんな事も忘れたのかよ?」
くぐもったマフラー越しの低いその声に凪は呆然と目の前に立つ春陽を見る。
「クリスマスだから、って・・・・・・春陽?」
「そうだって、しつこいぞ、凪! 早く入れろよ、立ち話なんて有り得ないだろ、ここ寒すぎ!!」
両手をコートのポケットに突っ込んだまま急かす春陽に呆然としていた凪はのろのろと鞄から鍵を取り出す。やっと開いたドア、室内に家主を押しのけ先に進んだ春陽は勝手に暖房のスイッチを入れるとコートとマフラーを取り、ソファーへとどかり、と座りこむ。
「何してんだよ、温かい飲み物くれるとか、飯作るとかする事あんだろ?」
「えっと・・・・・ああ、うん。」
急かされながら、コートを脱ぎ、ラフな格好に着替えた凪はまだ巧く働かない頭のまま、冷蔵庫を覗く。
適当な食材を取り出し、一応は食べられるものをと思いながら鍋に火をかけた所で、最早、他人の家なのに我がモノ顔で寛ぎテレビを見ている春陽の元へとやっと近づいた。
「春陽、いつまでこっちに居られる? 仕事とか平気なのか?」
問いかけに春陽は近づいてくる凪をソファーの上から見上げるとにやり、と唇に笑みを浮かべる。
「やっと聞いてくれた。 まとまった休みが取れそうだから、会いに来たのに、仕事、そんなに忙しいのか?」
「まとまった休みって、またスランプとか?」
「失礼だな。 違うよ、原稿はちゃんと締め切りに間に合わせたから、次の締め切りまでかなり時間ができたって事だよ。俺はそんなに締め切り破ったりしねーぞ」
春陽は頬を膨らませ、唇を尖らせたまま呟くから、凪はほっと息を吐き、ソファーの隅へとちょこんと座る。
「凪?」
「・・・・・来てくれて嬉しい。 まさか、会いに来てくれるなんて、想像もしてなかった・・・・・」
声が詰まりそうになるのを堪えながら呟く凪に春陽は手を伸ばすとその体をぎゅっと抱きしめる。
恋人だけど、元友人、職種も違えば趣味も違う。到底話も合いそうも無い、なのに、一緒に居るだけで嬉しくなる。そんな気持ちが溢れてくるのを感じながら凪は春陽の腕の中、頭を胸元へと擦りつけた。
自然消滅かと半ば本気で信じていた恋人との実に半年振りの再会なのに、変わらない態度と変わらない温もりを与えられ、不安よりも先に嬉しさばかりが心の奥底から溢れてくるのを凪は認めないわけにはいかなかった。


*****


軋むベッドの上での久しぶりの温もり、流れる汗や匂いを感じる。広くもなければ、狭くもないセミダブルのベッドの上、スプリングが軋むほど、動く上に乗る春陽を眺めた凪は汗で張り付いた前髪を長い指で払われ唇に笑みを浮かべる。同時に中に入り込む異物が更に主張してくるのを感じながらもだるい腕を伸ばし春陽を引き寄せようとする。
動く春陽と同時に繋がる箇所からぐちゅり、と漏れる水音、正気の凪ならそんな音にもいちいち気になってはいたんだろうけれど、今の凪には気にならない。
唇を合わせられ、もっと深くねだる様に舌を伸ばす凪に春陽は一度離した唇を今度は更に深く押し付けてくる。ちゅくちゅく、と絡め合う舌に飲み込みきれない唾液が唇の端に零れ落ちるけれど、それすらも気にならない程、夢中で唇を押し付けてくる凪の背をゆっくり撫でながらも春陽は腰を動かすのを止めない。
ぐちゅぐちゅ、と激しい水音を響かせる下肢、更に強く腰を押し付け最奥をがんがん、と突いてくる春陽に凪は声を噛み殺す意味合いをも持つキスを止めない。
「・・・・・んぁ、だめ・・・・・もっと・・・・・」
「無理、声出せよ、我慢・・・・・すんな・・・・・」
唇を離す春陽に抗議をしながら縋りつく凪の体をきつく抱きしめ、春陽は凪の両足を押し開き、更に奥を突く。
「あっ、んんっ・・・・・だっ、め・・・・・・やっ、んっ・・・・・・」
「・・・・・だから、我慢、すんなって・・・・・」
奥にぐりぐり、と擦り突けてくる春陽に縋りつき凪は緩く頭を振り、唇を噛み締める。頭の奥がくらくらして、ぐちゅぐちゅ、と突かれる音がやけに耳に響く。
「・・・・・っひ、はる、ひっ・・・・・やっ、いっ・・・・・」
汗で滑り落ちそうな背に爪を立て縋りつく凪を抱きしめる腕に力を入れた春陽はぶるり、と震える。どくどく、と弾け溢れ最奥へと流れ出す奔流に凪も遅れてびくびくと身を震わせ欲望を互いの腹の間で解放する。何度か緩く腰を奮わせ、全てを出し切る春陽に縋りついたまま凪は長い息を吐いた。

手足が痺れて身動き一つ取るのも辛い凪の背を春陽がゆっくり、と撫でる。
今すぐ中に出されたモノを掻きだし洗わないと酷い事になると分かっているのに重い体は言う事を聞かない。
「・・・・・凪、ごめん。 俺、プレゼント忘れた・・・・・」
隣りで凪を抱きしめたままの春陽が思い出した様に話しかけるから、凪は重い目を押し開く。
「へ? ああ、いいよ・・・・・・俺もまだ・・・・・」
「買ってない? クリスマスって明日・・・・・明後日じゃなかった?」
「予約はした。 手に入るのがまだ先だってだけで・・・・・」
名誉挽回の為の言い訳を口にする凪に春陽はただ笑みを向ける。
「締め切り上げて、暇が出来たら、凪の顔見たくて・・・・・気づいたら、電車に乗っててさ・・・・・」
「そう・・・・・って、連絡なし?」
慌てて起きあがろうとする凪の横、春陽は「大丈夫だから」と手を引き、そのままベッドへとまた横にさせ抱きついてくる。
春陽は小説家と呼ばれる職業に就いている。担当がいて、勝手にどこかに出かけるなんてもちろん許されない。連絡なしだと失踪扱いにまでされる、一度連絡なしで旅行に行って春陽は担当に怒られたはずなのに、まるで懲りてないそんな春陽に凪はそっと溜息を零す。
「平気だって、メールは送ったし、ここにいる事も教えたんだから。心配する事無いって!」
溜息を聞いたのか、慌てて抱きついたまま告げる春陽に凪は微かに笑みを浮かべるとまだ重くてだるい腕を持ち上げると、春陽へと抱きつく。
「・・・・・・凪?」
「プレゼントなら貰ったから良い。 春陽がいれば、それだけで俺は十分だよ。」
耳元に唇を寄せ呟く凪の声に春陽は抱きしめる腕を更に強くする。

思っても見ない恋人の来訪にお互いの気持ちを再確認できて浮かれた凪の仕事のスピードが上がり、年末決算を例年よりスムーズに終えたのは余談だけれど、クリスマスどころか、正月が明けても帰ろうとしない春陽が凪の居る場所への移住を考えているという、今までのどのプレゼントより衝撃的で嬉しい事実を凪が知るのはそれから半月後の事だった。


ただのラバーズ達の日常編になってますが、クリスマス時期の話なので。
でも、クリスマスを通り越した後も凪の部屋に居続けた春陽の引越し計画にちょっとは気づけよ、と突っ込むのは書き手だけにして下さい; 20091222

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